田中先生とウサミちゃんの新刊「お金にふりまわされず生きようぜ!」が、2021年12月に発売になりました。ジャンル的には、お金について学ぶ児童書にカテゴライズされています。この児童書に魅了される大人が続出しています。その謎に迫ってみました。
「お金にふりまわされず生きようぜ!」に感じた2つの違和感
私もこの児童書にすっかり魅せられた一人です。魅せられた一方で、読み終わった後に2つの違和感を感じました。
(1)これは児童書なのか?
(2)これはお金の本なのか?
この2つの違和感の正体がわからずに悶々としていましたが、ようやく明らかにできました。
「お金にふりまわされず生きようぜ!」は児童書なのか?
この本は児童書を専門に扱う岩崎書店から出版されています。書店でも児童書のコーナーに置かれています。装丁を見ても児童書そのものです。主人公は小学5年生です。漢字にもルビがふられています。どこからどう見ても、児童書の顔をしています。
にも関わらず、「児童書なのか?」という違和感を感じました。それは、書かれている内容が、田中先生が主宰する孫子女子勉強会で学んでいる内容とほぼ同じだったからです。
1章と2章は、お金の基本知識が中心です。
とりわけ違和感を感じ始めるのは、3章からです。3章では、お金をかせぐことと密接に関わる職業について、3つの分類が示されます。職業の説明に「勝負」を使うところが、実に田中先生らしいです。
①運動神経や美ぼうで勝負する
②センスやアイデアで勝負する
③努力とまじめさで勝負する
職業の分類の説明では、それぞれの職業の働ける期間についても言及されています。
①長く働けない
②長く働ける
③定年まで働ける
まだ働き始めてもいない小学生に向けては、働ける期間の情報は不要だと割り切ってもよさそうに思えます。それをあえて記載しているところに強い意思を感じます。
さらに、いずれの職業につくにしても共通して大事なことが3つ挙げられています。
1.健康
2.友達と仲良く
3.ほどほどに勉強
1番目に「健康」が挙げられている点にも、児童書としては違和感を感じるところです。でも、実際に大人になってみると痛いほどわかります。働く前提には健康があることが。生活習慣の蓄積の結果としての健康ですから、もし、小学生だった頃の自分に伝えられるなら、健康が何よりも大事だよと言いたくなる気持ちもわかります。
4章では、貧困問題を抱えた友人のことや、主人公ケントが立てた作戦がうまくいかない現実が描かれています。子ども向けだからと世界の美しい部分だけを描くのではなく、現実におこるリアルな世界を描いています。
つまり、大人向けにも通用する内容をわかりやすい言葉で書かれた本なのです。
大人向けの内容を子どもにも読みやすくするには、平易な言葉を使う以外にも工夫が必要です。そこで、児童書らしい工夫が随所に散りばめられています。
◆章のタイトル
各章のタイトルには、お金との関わり方を表す3文字のキーワードが含まれています。
1章:「まわす」
2章:「えらぶ」
3章:「しこむ」
4章:「はねる」
5章:「ふやす」
大人向けでも通用する内容をわかりやすく伝えるために、章のタイトルは練られた3文字のキーワードで理解できるように工夫されています。
◆キーカラー
各章のタイトルページとページのイラストには、それぞれのキーカラーが使われています。
1章:オレンジ
2章:オレンジ
3章:グリーン
4章:グリーン
5章:ピンク
◆キーイラスト
ページの上下に描かれているイラストは、各章ごとに異なっています。
映像コンテンツの場合は、BGMの演出がそのコンテンツの世界観を表すための重要な役割を果たします。「お金にふりまわされず生きようぜ!」の場合は、キーカラーとキーイラストが、各章の物語の雰囲気を表すのに大きく貢献しています。厳しい現実が描かれた3章と4章も、ポップなキーカラーとキーイラストのおかげで、重苦しくなりすぎずに読みすすめることができます。
◆各章の場面設定が漫画
各章のはじまりの1~2ページは漫画で表現されています。場面設定部分を漫画にすることで、その後につづくシーンがイメージしやすくなっています。
◆会話文
本編の大半は、主人公ケントとウサやんの会話文で構成されています。話し言葉になっているため、難しい内容も軽快なテンポで読みすすめることができます。
◆コラム
本編の合間の随所にコラムが挟まれていて、本編の内容を説明的に補っています。本編に盛り込むと、説明調で間延びしがちな内容をコラムとして切り出すことで、テンポを崩さずに読みすすめることができます。
ようやく、違和感の正体がわかりました。「お金にふりまわされず生きようぜ!」は、大人向けの内容を子ども向けの演出でつくられた作品です。
児童書だからといって、子ども向けの内容にしないと決めてつくったのだと思います。内容で媚びずに演出で工夫する。そういう戦略でつくられた本だと思います。
「お金にふりまわされず生きようぜ!」はお金の本なのか?
まえがきにはこう書かれています。
この本は、「お金の勉強」をする本なんだ。
各章のタイトルはすべて、お金で始まっています。
1章: お金と仲良くするには、上手に「まわす」
2章: お金が旅立つときは、つかい道を「えらぶ」
3章: お金のリンゴが実るよう、ワクワクを「しこむ」
4章: お金がなくても笑顔があれば、いつか「はねる」
5章: お金もちになるひけつは、ありがとうを「ふやす」
ですから、この本は、紛れもなくお金に関して書かれた本です。
にも関わらず、「お金の本なのか?」という違和感を感じました。それは、読み終わった後に、自分の生き方を見つめてみようと感じたからです。自分のお金の稼ぎ方や使い方を見つめようではなく。
3章には、こう書かれています。
健康で、友だちと仲良くして、最低限の勉強をして、ワクワクできる心があれば、それが枝となって、自分という木に『お金の実』がなる
4章には、こう書かれています。
将来の『かせぎ』のために努力するなかで、つらいことがぜったいでてくる。そこから逃げちゃいけない。あえて壁にぶつかって、乗りこえてやるくらいの『めげない心』をもとうぜ。そうすれば、きっと『お金の実』がたくさん手にはいるぞ。
5章には、こう書かれています。
『ありがとう』をたくさん言われる仕事が、長く、楽しく、しかもたくさんお金を『かせぐ』コツだ。
いずれの章にも、お金をかせぐために必要なことが書かれています。でも、そこには、てっとり早くお金をかせぐためのハウツーが書かれているわけではありません。長く楽しく働いた結果としてお金が稼げる。根底にあるのはそういう考え方です。
つまり、一見、お金の稼ぎ方について書いているように見えて、実際には「長い人生を幸せに生きるには」について書かれている本なのです。
同じジャンルに属する「池上彰のはじめてのお金の教科書」にも、こう書かれています。
人が喜ぶことをすると、自分ももうかる
けれども、池上彰さんの本を読むと、お金の本だなという感想をもちます。自分の生き方を見つめてみようという気持ちはおこりません。
なぜなら、本の構成が、一問一答形式で書かれているからです。この構成の場合、お金について色々な角度から知識を得ることはできますが、お金と生き方を関連づけて考えるには至りません。
「お金にふりまわされず生きようぜ!」が、お金と生き方を結びつけて考えられるのは、ストーリー仕立てになっているからです。
もう一つの違和感の正体もわかりました。「お金にふりまわされず生きようぜ!」は、幸せな人生の生き方をお金という切り口のストーリーで仕上げた作品です。
お金を語ることによって、人生の目的はお金をかせぐことではないことを伝えています。「お金にふりまわされず生きようぜ!」のタイトルにこめられた意味にも深くうなづけます。
センスとアイデアで勝負した一冊
2つの違和感の正体がわかったことで、大人が「お金にふりまわされず生きようぜ!」に魅了される謎が解けました。
「お金にふりまわされず生きようぜ!」は、確かに、お金について学ぶ児童書にカテゴライズされる一冊です。けれども、お金の本であってお金の本ではなく、児童書であって児童書ではない本でもあります。
つまり、田中先生とウサミちゃんが、センスとアイデアで勝負した一冊、新しいジャンルを切り開いた一冊だと言えます。
たくさんの発見と学びがある読書体験でした。田中先生、ウサミちゃん、この本を作ってくれて、ありがとう!