ゆえあって4ヶ月ぶりとなる4月16日に開催された孫子女子勉強会のテーマは「ザ・アウフヘーベン」。しかもこの日のキーワードは「大人のアウフヘーベン」。久しぶりの勉強会でいきなりの深遠なテーマに、勉強会後にメモを見返しながら、長い長い思索の時間をさまよいました。
ザ・アウフヘーベン
田中先生は、まるで4ヶ月のブランクなどなかったかのように、こう切り出して、勉強会が始まりました。
「今日のテーマは『ザ・アウフヘーベン』です。バウムクーヘンではありません(笑)。
あらゆるところに応用が効きそうなので、今日はこれをとりあげます」
「あらゆるところに応用が効きそう」
の言葉にこめられた意味を、この時の私はまだ知りませんでした。
アウフヘーベンは「正・反・合」の3つの要素で説明されます。
正: 何らかの主張
反: 反対意見
合: 主張と反対意見の両者が納得できる抽象的解決
「合」にあたるのが、アウフヘーベンです。
二項対立のアウフヘーベンの事例
アウフヘーベンを説明する言葉を聞いても、わかったようなわからないような微妙な感じです。ここで、田中先生による具体的な事例での説明が加わり、一気に理解が進みます。
1つの目の例は、「勝利 vs 平和」の対立の例です。孫子の兵法第一編第一節「始計編」にはこうあります。
「兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道、察せざるべからずなり」
「戦争は国家の重大事であり、国民の生死、国の存亡がかかっている。それゆえ細心な検討を加えなければならない」
の意です。
戦争と言えば勝利をみてしまうものですが、「本当に勝ちだけでよいのか?」とそもそもを疑い、目の前の勝利だけではなく長期的な勝利(=平和)をも考えたのが孫子です。そこで、孫子は、勝利と平和のどちらをも満たすものとして「戦わずに勝つ」ことを唱えました。これこそがアウフヘーベンです。
現在であれば、核が前提にあり、戦争の勝利によって平和が満たされることはほとんどないことは明白です。2500年前に書かれた孫子の兵法が、今なお最強の戦略書として読みつがれている理由をあらためて思い知りました。
2つ目の例は、北極海近くにあるハンス島をめぐるデンマークとカナダの領有権争いの例です。
ハンス島のアウフヘーベン
デンマークとカナダの間でハンス島の領土争いをめぐっての交渉は進みませんが、武力行使が行われることもなく、第3の解決法がとられているそうです。
その解決法とは、領有権主張のために2国が入れ替わりで駐留することです。しかも、一方が島を去る際には、自国産のビールを置き土産として残していくという微笑ましいやり方で。
この第3の解決法こそがまさにアウフヘーベンです。これらの事例によってアウフヘーベンをわかった気になりました。
ところが、これが甘かったと、この後、思い知らされることになります。
大人のアウフヘーベン
「人間はわかりやすい二項対立にもちこみがちです。二項対立を乗り越えるのがアウフヘーベンです」
「はい、しっかり理解しました」と思った心の中を見透かすように、田中先生は続けました。
「ここからは大人のアウフヘーベンについてです」
「大人のアウフヘーベン?」とクエスチョンマークが頭に浮かぶと同時に、「あー、これこそが孫子女子勉強会だー!」と思える瞬間でした。
巷にあふれる「アウフヘーベンとは・・・」の解説にとどまらない、予想だにしない展開があるのが孫子女子勉強会らしさです。
大人のアウフヘーベンについては、具体的な事例による解説がなされました。
「最近、何人かと話していて感じるんですけれどもね、『お金をかせぐ』と『楽しさ』は対立項だと思っているみたいなんですね。ある種の能力をもった人だけが両方を満たせて、自分には無理と思ってるんですね。
多くの人は会社に属して働いていると思うんですが、会社員としてお金を稼げるけれども、労働は苦役であるというカトリックの考えをもっていると思うんですね。
一方で、会社には属さない私のようなフリーランスは、自分の好きなことを仕事にして楽しく働いているけれども、収入を得るのは難しいと思われています」
ここまで聞いて、私の頭の中には、「お金を稼ぐ会社員」vs 「楽しく働くフリーランス」の二項対立の図が浮かびました。田中先生が言った通りに、わかりやすい二項対立にもちこんでしまったわけです(汗)。
「働く」のアウフヘーベン
そして、この二項対立をアウフヘーベンの構図にあてはめると、「楽しく働く会社員」や「お金を稼げるフリーランス」が導き出されます。
それはそれでいいのですが、田中先生の言う大人のアウフヘーベンが何かは全く理解できていませんでした。勉強会後に長い時間をかけてさまよったのは、腹落ちできなかった大人のアウフヘーベンの理解を求めてのことでした。
大人のアウフヘーベンとは何か
大人のアウフヘーベンに関して、田中先生はこんな言葉を残していました。
「人間は、自分の中に無意識の葛藤を抱えています。自分をしばり、自分を傷つけ、自分の可能性をつぶしてしまう自分に対する思い込みがあります。アンコンシャス・バイアスと呼ばれるものです。
このアンコンシャス・バイアスに気づき、思考回路が変わると見方が変わります。これもアウフヘーベンです」
田中先生のこの言葉を手がかりに、大人のアウフヘーベンとは何かを考え続けた結果にたどりついたのがこれです。
大人のアウフヘーベン
2つの事象が対立していると思っているのは、「無意識の思い込み=アンコンシャス・バイアス」があるためです。自分のアンコンシャス・バイアスに気づいて、それから解放されれば、新しいものの見方ができるようになります。この新しいものの見方もまたアウフヘーベンなのです。
「お金を稼ぐ会社員」と「楽しく働くフリーランス」の例を大人のアウフヘーベンにあてはめると、こうなります。
「働く」の大人のアウフヘーベン
会社員とフリーランスが対立していると考えるのは、この2つが雇用形態の違いであるという思い込みによってです。この思い込みから解放されれば、働くことを違った見方で見ることができるようになります。
田中先生が主宰するフリーランス塾のHPには、こう書かれています。
「『フリーランス』とは雇用形態ではなく、『心のあり方』で決まるものだと思っています。
どんな商売であっても『もっと自由に楽しく働きたい』と願う人はフリーランスです。
自営業であっても自分の儲けしか考えない了見の狭い商売人をフリーランスとは認めません」
フリーランスは「心のあり方で決まる」という新しい見方をすれば、二項対立からのアウフヘーベンとは違った解決法が導き出せます。
「働く」の大人のアウフヘーベンの解決法
そうです。会社にいながらフリーランスという全く新しい解決法もありなのです。
これが大人のアウフヘーベンだと理解できたところで、自分の中でも、小さな「大人のアウフヘーベン」を経験していたことに気づきました。
昨年の春に在宅勤務が始まってから、健康維持のために毎朝散歩をするようになりました。毎日散歩をするうちに、自然の美しさに魅了されて、花や景色の写真を撮るのが散歩の楽しみになりました。春、夏、秋と変わりゆく季節に、それぞれの季節らしい美しさを写真におさめました。
春、夏、秋の朝散歩で撮影した写真
冬がやってきた時に、美しく紅葉していた葉が落ちて、色をなくした世界で、写真に撮るものがないと思うようになりました。
けれども、それは私の思い込みに過ぎませんでした。葉が落ちて、あらわになった木の枝の曲線美のなんと美しいこと!思わずカメラを向けずにはいられませんでした。
私は、「色彩が美しい」と思い込んでいたのです。「自分が美しいと感じたものが美しい」のだと見方を変えれば、冬の季節にも、至るところに美しさを見つけることができるようになりました。
しかも、「春夏秋冬すべて美しい」と、具体的な第三の見方ができるようになっただけにとどまりませんでした。「色彩がなくても美しい」と、抽象レベルでの第三の見方ができるようにもなりました。
「美しさ」の大人のアウフヘーベン
そして、ピンクの色彩こそが美しいと思って毎年春に愛でていた桜も、そのシルエットの美しさに気づくようになりました。
「美しさ」の大人のアウフヘーベン後に撮影した写真
ここまで理解できて、ようやく、田中先生が冒頭に言った
「アウフヘーベンは、あらゆるところに応用が効きそう」
の意味するところが理解できました。
大人のアウフヘーベンは、二項対立を超えた具体的な解決法の発見にとどまりません。世の中の見方の変化の影響は広範囲に及びます。これが大人のアウフヘーベンと呼ぶ所以なのだと、腹落ちしました。
これまでに何度も孫子女子勉強会の魅力を様々な言葉で語ってきました。が、今日、またひとつ新しい見方が加わりました。
私たちが孫子女子勉強会で学んでいるのは、新しい知識ではなく、新しい見方です。つまり、孫子女子勉強会はアウフヘーベンがおこる場なのです。