もしもB仕事がなかったら・・・

しばらくぶりに再開した2024年11月の孫子女子勉強会のテーマは「タイパは正しい」でした。孫子女子勉強会ならではの深淵な問いを投げかけられた回でした。

 

 

タイパは正しい?

この日の勉強会は、田中先生のこんな言葉から始まりました。

 

「最近、実はタイパは正しいんじゃないかと思い始めたんです」

 

まさか田中先生の口からこんな言葉を聞くとは思ってもみなかったワタクシは、一瞬、「えっ」と思いました。

 

タイパと聞いて思い浮かぶのが「効率」という言葉です。なんでもかんでも効率と言われることに疑問を感じていたのはワタクシだけではないはず。それはきっと田中先生も同じはず。

 

その田中先生の口から「タイパは正しい」と聞けば、身を乗り出してその続きを聞きたくなったことは言うまでもありません。

 

工業化社会とクリエイティブ社会

タイパについて考える前に、田中先生が提示したのは時代背景です。一昔前は工業化社会でしたが、今はクリエイティブ社会です。社会を見る観点は、売り物・差別化要因・希少資源・評価指標です。

 

工業化社会とクリエイティブ社会

 

工業化社会の売り物は大量生産商品です。 一方、クリエイティブ社会の売り物は高付加価値サービスです。

 

工業化社会では、商品を大量生産するための設備が差別化要因になり、設備資産が最も貴重な資源になります。 評価指標にはROA=Return on Asset)が使われます。

 

クリエイティブ社会では、 売り物が高付加価値サービスになるため、差別化要因は人材になります。そして、アイディアを生む時間が最も貴重な資源になります。評価指標は時間当たりの利益、すなわちROT=Retern on Time)になります。

 

このように、売り物が違えば差別化要因が異なり、差別化要因が違えば希少資源が変わり、希少資源が違ってくれば評価指標も変わります。 こうしてみると、時代を読むことの大切さが身に染みますねえ。。。

 

クリエイティブ社会のタイパのいかし方

さて、時代背景を読んで時間が希少資源であることがわかった次に考えるのは、クリエイティブ社会で私たちは何に時間を作って使っているかです。田中先生から提示されたのは、D仕事、B仕事、余暇の3つです。

 

 

D仕事は義務としてやらなければならない仕事です。仕事をしている人には多かれ少なかれ誰にでもD仕事は必ずあります。

 

好きなことを仕事にしている人にはD仕事はないと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。例えば、メールのチェックだったり、事務手続きだったり、何かしらのD仕事はあるものです。そして、D仕事に必要な時間は少なくないのです。

 

一方のB仕事は、自分がやりたい仕事です。

 

余暇は、言わずもがな、仕事以外に自分の好きなことのために使う時間です。

 

重要なことは、どこでタイパをいかすかです。

 

タイパのいかし方

 

やらなければいけないD仕事に時間をとられてしまうと、

「自分がやりたいB仕事をする時間が足りなーい!」

という状況に陥ってしまいます。

 

ですから、D仕事でタイパをいかし、B仕事の時間を生み出す必要があるのです。

 

そうは言っても、動画の倍速視聴をするのとはわけが違うのだから、どうやってD仕事のタイパをあげればいいのか。

 

その心配はご無用です。今の時代、ワタクシたちには、ITや生成AIという飛躍的にタイパをあげられる武器があるじゃあーりませんか!

 

生成AIにお願いしてD仕事を奪ってもらえばいいのです😊

 

技術を活用して希少な時間を生み出し、その時間をB仕事にあてることで、ナイスなアイデアを生み出そうというわけです。

 

ここで間違えてはいけないのが余暇の扱いです。間違っても余暇を削ってB仕事の時間を生み出そうとしてはいけません。その理由をご説明しましょう。

 

余暇の時間にタイパは使えない

 

田中先生は、優雅な時間を過ごして楽しむのが余暇であると説明しました。

 

リターンとして求めるものが仕事と余暇では違います。仕事のリターンは利益であるのに対し、余暇のリターンは楽しさです。個人的には仕事にも楽しさを求めたいところですが、仕事に求められるのはあくまでも利益です。

 

仕事と余暇では時間の概念が異なります。同じ利益を得るなら仕事の時間は短い方がいいのです。余暇の場合、リターンとして同じ楽しさを得るなら時間が短い方がいいとはなりません。余暇は、そのゆったりと流れる時間そのものも楽しむ対象になるのです。

 

例えば、余暇に映画鑑賞をする場合、早送りで見た方がいいとはならないのです。じっくりと時間を使って映画を楽しむのが余暇の時間の使い方です。田中先生が、あえて「優雅な時間」と書いたはそういうことです。

 

余暇から得られる隠れたリターンは何だと思いますか?

 

それはセンスです。ここが見過ごされがちな最重要ポイントです。

 

イデアの源泉

 

クリエイティブ社会の売り物は高付加価値サービスです。高付加価値サービスのアイデアを生み出すには時間が必要です。

 

しかーし、時間をかけるだけではナイスなアイデアは生み出せません。ナイスなアイデアにはセンスが不可欠なのです。そのセンスを磨くのは、仕事時間ではなく余暇なのです。

 

余暇を削ってB仕事の時間を生み出すことは、ナイスなアイデアを生み出すという意味において、自分で自分の首を絞める行為とも言えるのです。

 

というわけで、時間がないなどと言わずに、堂々と余暇を楽しみましょう~。

 

もしもB仕事がなかったら・・・

勉強会の話はここまでだったのですが、私の中で「ということは・・・」と勝手に思考が巡り始めました。この勝手に思考が動き出す感覚。久しぶりすぎて忘れていましたわ。ワタクシにとっての孫子女子勉強会の醍醐味を。

 

「B仕事の時間を生み出すために、D仕事のタイパをあげるのは正しい」というのが田中先生のお話でした。あー、確かに!ワタクシは深くうなづきました。

 

ということは・・・

D仕事、もっとはっきり言えば、やりたくないけどやらなければいけない仕事のタイパをあげるインセンティブになるのがB仕事と言えるのでは?

 

私の中にこんな仮説が浮かびました。

 

そこで、「もしもB仕事がなかったら・・・」を考えてみました。

 

もしもB仕事がなかったら・・・

 

もしもB仕事がなかったら、D仕事のタイパをあげるインセンティブがなくなります。インセンティブがなくなったら、やりたくないけどやらねばならぬD仕事のパフォーマンスが上がるはずがありません。生産性の向上が叫ばれる昨今、これは由々しき問題です。

 

生産性向上に関してあれこれ対策が打たれていると思いますが、問題の根幹はB仕事がないことだったのではないでしょうか。

 

仕事をする上でB仕事の存在がいかに重要であるかが明らかになりました。が、B仕事の重要性は今現在仕事をしている人だけが対象ではありません。

 

サラリーマンが定年を迎えて仕事をやめると、すべての時間が余暇になります。優雅な時間を過ごして楽しむことがすべてになるのです。夢のような暮らしです。

 

が、果たして本当にそうでしょうか?

 

私はそれはちょっと違うんじゃないかと思っていました。けれども、何がどう違うのかをうまく表す言葉を見つけられずにいました。

 

そんなとき、とある本に出会いました。


今度生まれたら (講談社文庫 う 26-22)

 

あらゆる職種の誰にとっても仕事ほど刺激的なものはそうないのだと思う。時には本気でやめたくもなろうし、理不尽なことに泣かされもしようが、それを含めての刺激は趣味や読書では満たされない。

 

高齢でも、動けるうちは仕事が必要だ。どんな仕事でも、不定期でも、バイトでもいい。

 

仕事の快感って自分が必要とされてること

「今度生まれたら」 より引用

 

この言葉に出会って、そう、そう、その通り!と何度も何度も深く頷きました。忘れないように、この言葉を心に刻んでおこうとも思いました。

 

すべての時間が余暇になったら、それは自分自身が楽しむための時間になります。もちろんそれはそれで楽しい。けれども、誰かに必要とされる仕事の喜びは、趣味では満たされないのです。

 

人生100年時代になって、職場と墓場の距離はぐんと長くなりました。定年後に仕事をやめて、趣味だけで生きるには人生は長すぎるのです。

 

だから、定年になる前にずっと続けられるB仕事を見つけておくのがオススメなのです。

 

B仕事が人生にとってどれほど重要な意味をもつかを思い知った回でした。どんなに思い知っても、日常の生活に流されていくうちに、大切だと思ったことも記憶から薄らいでいってしまいます。人間とはそういうものです。

 

そうなってしまいわないように、折に触れて、自分に問い続けようと思います。

「もしもB仕事がなかったら・・・」

年齢を味方につけるとは

コンサルタントの話題に始まった20244月の孫子女子勉強会。コンサルタントのポジショニングを考察した結果、「年齢を味方につける」が腑に落ちたという不思議な回でした。

 

 

コンサルタントになりたければ

この日の勉強会は、こんな話題から始まりました。

「学生の就職先としてコンサル会社が人気らしいですね」

 

一体ここからどんな展開が待ち受けているのかと予想もできない始まりです。

 

この日とりあげられた「孫子の兵法」の一節は、すっかりおなじみのこれです。

彼を知り己れを知れば、百戦うからず。

天を知りて地を知れば、勝、乃ち窮まらず。

 

ここから、コンサルタントになるにはを「彼」「己」「天」「地」の4つの視点からの解説になります。

 

孫子の兵法」から見るコンサルタントになるには

 

まず、「己」を知るは、コンサルタントとして必須の思考のフレームワークを身につけることに該当します。

 

「彼」を知るは、コンサルタントを依頼する顧客のことを知ることです。田中先生は、コンサルタントになりたいという人には、こんなアドバイスをするそうです。

「2回転職して、人数が少ない企業、人数が中くらいの企業、人数が多い大企業の3種類の企業に就職しなさい」

 

こうアドバイスするのは、企業規模によって異なる顧客の意思決定の方法がわかるからだそうです。

 

「地」を知るは、顧客の立っている市場を知ることです。「天」を知るは、経済環境下で顧客のおかれている状況を知ることです。つまり、「天」と「地」を知るは、顧客の背景を知ることに該当し、コンサルタントを使うのはなぜかを知ることです。

 

コンサルタントになるといえばフレームワークを身につけることと思われがちですが、田中先生は、顧客とその背景を知ることこそが重要であり、それは簡単ではないといいます。それらは理屈としてわかっても体感としてわからないからです。

 

そして、コンサルタントもされている田中先生が最後にしみじみと語りました。

サービス業で、天と地を知って事業を考えられるようになるのは60歳からだと思います」

 

コンサルタントのポジショニング

私がこの日、まず驚いたのが、「コンサルタントになるには」ですら孫子の兵法的に見ることができるという事実にでした。「孫子の兵法」の適用範囲のなんと広いことか!

 

これまでにも何度も聞いた、「天」と「地」を知ることの大切さですが、「地」は自分の立っている地を指すと思っていました。ところが、顧客の天と地と読み替えることもできるのです。「孫子の兵法」恐るべし。

 

そして、田中先生の最後の言葉が妙に引っ掛かり、それを自分なりに解明したい気持ちに駆られて日々を過ごしました。サービス業でもあるコンサルタント。そのピークは60歳を過ぎてからとはどういうころだろうと。

 

コンサルタントのピークというのは、コンサルタントとしての差異化が確立できることだと考えて、「彼」「己」「天」「地」の4つの視点から考えてみました。

 

コンサルタントのポジショニング

「彼」と「己」は田中先生の解説をそのまま引き継ぎました。地は、自分がコンサルタントとして立つ場所、つまり、コンサルタントのポジショニングと位置づけ、その差異化要素が「彼」と「己」と「天」であるとしました。

 

「己」を知るは、フレームワークを身につけるだとすると、ここでの差異化は難しそうです。

 

コンサルタントの「彼」を知る差異化

「彼」を知るは、田中先生のアドバイス通りに、複数企業を経験して顧客の意思決定を知ることで差異化できそうです。

 

「天」を知るは、経済環境下で顧客がおかれている状況を知ることですが、コンサルタントに依頼するのは、顧客が何かを変える必要があり、変わり方を知りたいと思っていることです。ですから、「天」を知るは、変わり方を知っていると想定できます。

 

田中先生のアドバイス「複数企業経験」を実行するには、どうしてもある程度の時間がかかります。したがって、一社経験の年齢の低いコンサルタントよりも複数企業経験ありの年齢が高いコンサルタントの方が差異化できることになります。

 

では、複数企業経験ありの年齢が高いコンサルタントになる以外の差異化はできないのでしょうか?

 

コンサルタントの「天を知る」差異化

そんなことはありません。「天」を知るは、変わり方を知ることでした。ですから、自身が新しいことにチャレンジしている人は、変わり方を理屈で知っているのではなく、実感として知っているコンサルタントとして差異化できるはずです。

 

年齢を味方につけるとは

コンサルトのポジションニングを整理したところで、田中先生のつぶやき「天と地を知って事業を考えられるようになるのは60歳から」を再考してみると、見えてきたことがあります。

 

それは、田中先生から時々発せられる「年齢を味方につける」の意味合いです。これまでは、この言葉の意味合いがわかるようでわからないモヤモヤを抱えていました。それが、今回の勉強会でようやく腑に落ちました。

 

「年齢を味方につける」のひとつの意味合いは、コンサルタントが「彼」を知るために複数企業を経験するように、時間をかけて蓄積した経験をいかすことです。

 

「年齢を味方につける」のもうひとつの意味合いは、年齢が高くなった人がやらないことをやることです。例えば、年齢が高くなると新しいことにチャレンジする人は少なくなります。ですから、年齢が高くなって経験の蓄積がありながらも自身が新しいことにチャレンジしていれば、それが希少価値になるというわけです。

 

コンサルタントの例でいうと、年齢を重ねて「彼」を知っており、さらに新しいことにチャレンジしながら「天」を知っていれば最強です。

 

もうひとつの「年齢を味方につける」

この日の勉強会では、確かコンサルタントの話以外にもいい話がされていたはずなんですが、ちょっと記憶がとんでおりまして。

 

というのも、リアル勉強会場に持ち込まれたお菓子を口にした途端、あまりの美味しさに心をもっていかれて、話が上の空になってしまったのでございます。田中先生のどんなにいいお話も絶品のお菓子には敵いませんでした(笑)

 

今もあの美味しさは忘れられません。涼子さん、ありがとうございました。

 

こんな体たらくな私とは対照的に、勉強会後に帰ってから新刊の原稿を執筆すると意気込んだ田中先生。だからといって、勉強会が終わったらそそくさと帰宅するはずもなく、いつものようにいそいそと懇親会に向かいました。

 

 

 

帰宅後のことを考えて、せめてアルコールは控えめにするかと思いきや、馴染みのお店でセレクトしてもらったワインを前に満面の笑みを浮かべ、勢いよくグラスを空けていきます。こんなに飲んで帰って果たして筆は進んだのでしょうか。。。

 

帰ってから仕事が待っていることをものともせず、しこたま飲んで食べて笑う田中先生。若い時ならいざ知らず、田中先生の年齢ではこの時点で希少な存在です。帰宅後に原稿執筆にあけくれたのだとしたら、その希少価値たるやはかりしれません。

 

ああ、これが「年齢を味方につける」ということなのでしょうか。

真のBモードとは?

20233月の孫子女子勉強会では、何年も信じ続けてきたBモードの定義がアップデートされました。もしこの回を欠席していたら、どれほど無念だったことでしょう。

 

 

ものの見方の違い

この日の勉強会は、こんなスライドから始まりました。

 



「彼を知り己を知れば、百戦うからず」は、この勉強会でも何度も取り上げられた「孫子の兵法」の有名な一節です。

 

何度も取り上げられたからといって、何度も同じ話が繰り返されたわけではありません。同じ一節から、毎回に異なる様々な現代的解釈が提示されてきました。この日の勉強会では、この一節にまた新たな現代的解釈が加わりました。

 

田中先生の話は、その解釈にたどりつくまでが長い(笑)。けれども、それが孫子女子勉強会の面白さでもあります。

 

スライドに映し出されたコップに入った水の見方から、勉強会は始まりました。コップに入った水の見方は2種類あると田中先生は言います。

 

「入っているもの」と「足りないもの」

 

入っている水に目を向けて「入っているもの」を見る人。コップの空きに目を向けて「足りないもの」を見る人。同じものを見ても、見方によって見えるものが異なる例としてよく聞く話です。

 

コップに入った水と同じように、目の前にある課題に対しての見方も2種類あるといいます。

 

「できること」と「できないこと」

 

自分に何ができるかを見る人と、自分にはできないことを見る人。

 

田中先生は続けます。

どちらを見るかにその人の個性が表れます

 

うんうん、ものの見方はその人の個性そのものだと、常日頃より感じています。

 

Bモードの誤解

人のものの見方には違いがあることが示された後に出てきたのが「BモードとDモード」です。

 

こちらも孫子女子勉強会では繰り返し出てきたテーマです。あらためておさらいすると、Bモードは、「◯◯がしたい動機で動くモード」であり、Dモードは「不足を埋める動機で動くモード」です。

 

やりたいことのために入っているものに目を向けるBモード。足りないものに目を向けるDモード。BモードとDモードをものの見方になぞらえると、こうなると思いますよね。おそらく、誰もがそう思っていたはずです。

 

田中先生も少し前まではBモードをそう捉えていたようですが、実はそれは誤解であると言います。

 

Bモードの誤解

 

えええっ。違うんですかー?その先を知りたいと急ぐ気持ちをよそに、ひとまず別の話題へと展開します。

 

自己認識の甘さが生まれる構造

次なる話題は、孫子女子勉強会では初登場キーワードの「自己認識」。「自己認識」は「己を知る」とも言いかえられるので、意味合い的には初登場というわけではありませんが、「自己認識」というワードは、この日が勉強会デビューとなりました。今後は、何度も登場することになりそうな予感がします。

 

田中先生はこう解説しました。

自己認識の正確さが成長のポイントになります。頭がいいというのは自己認識ができると言い換えられます」

 

「自己認識の正確さがポイントです」とくれば、次に続くのは何でしょうか?

 

普通は、「どうすれば正確な自己認識ができるようになるか?」を期待しませんか?

 

孫子女子勉強会が面白いのはここからです。「どうすれば正確な自己認識ができるようになるか?」なんていう野暮な話は1mmも出てきません。

 

次に続くのは「自己認識の甘さが生まれるのはなぜか?」です。

 

田中先生は、自己認識の甘さが生まれる2つの構造を指摘しました。

 

1つ目は、情報発信の広がりに起因するものです。

 

自己認識の甘さが生まれる構造その1

 

デジタル化が進み、誰でも簡単に情報発信ができるようになりました。承認欲求を満たすための情報発信を行い、デジタルの世界で承認欲求を充足できるようになりました。その結果、正しい自己認識ができなくなり、自己認識の甘さが生まれることになります。

 

2つ目は、評価の他者依存に起因するものです。

 

自己認識の甘さが生まれる構造その2

 

目標管理制度が導入されて以降、会社では評価を上司に委ねることになりました。上司からの評価は、往々にして現実よりも盛った評価がされがちです。なぜなら、評価者である上司もまた、その上司から評価される立場にあり、部下に低い評価をつけることは、すなわち自分の評価が低くなることを意味するからです。

 

こうして、会社の中で評価を上司に委ね続けた結果、自己認識をする機会が奪われ、自己認識の甘さが生まれます。

 

この日、大笑いとともに私達の記憶に刻まれた田中先生の名言はこれでした。

社内評価は粉飾だらけ

 

真のBモードとは?

自己認識についての理解を深めた後で、いよいよ真のBモードに迫ります。

 

田中先生は言います。

足りないものと入っているものの両方を見ることが正しい自己認識です。真のBモードは、肯定と否定の両方を自分の中にもち、アクセルとブレーキのどちらも踏むことです」

 

あー、確かに!入っているものだけに目を向けることは自己認識の甘さと同じ危うさがあり、それだけではBモードと言えないのも納得です。

 

真のBモード

 

真のBモードが正しい自己認識であるならば、Dモードは何であるかについても田中先生から解説がありました。それは、他人との比較で自分の不足を見ることです。

 

先に見たように、世の中には、自己認識の甘さが生まれる構造があります。ですから、正しく自己認識をすることは決してたやすいことではありません。真のBモードでいることは、かように難しいのです。

 

それにしても、何年も信じ続けてきたBモードの定義が、まさかここにきて覆されることになろうとは。。。

 

真のBモードを知ることになった今回の勉強会。出席できてよかったなあ。

 

いやいや、目を向けるべきはそこだけじゃない。「Bモードとは・・・」を何年も言い続けてきた田中先生が、Bモードの定義をアップデートしていく姿勢をこそ見習わなければ。概念自体をもアップデートしていく田中先生の姿勢から学び続けることの大切さを教わりました

 

というわけで、新年度も変わらず孫子女子勉強会で学び続けたいと思えた回でもありました。

骨折り損のくたびれ儲けにならないたった一つの方法

いつものように自由奔放に話題が展開する中に、ほとんどの問題はこれで解決するんじゃないかと思える大切なメッセージがこめられていました。

 

 

孫子の兵法」より

2024年2月の孫子女子勉強会は風邪ひき中だったため、久しぶりのオンライン参加になりました。この日の勉強会で引用された「孫子の兵法」の一節はこれでした。

 

敵を攻め破り、敵城を奪取しても、戦争目的を達成できなければ、結果は失敗である。これを「費留」ー 骨折り損のくたびれ儲けという。

という意味です。

 

大きな目的はどうだったんでしたっけ?を忘れてはいけません。大きな目的を考えると、実は撤退する方がよいというこもとあり得ます」と田中先生は力説しました。

 

いい人同士のトラブルの原因

田中先生が目的の大切さを力をこめて説いたのには理由がありました。田中先生自身が、そもそも何のためにやっているのかと首をかしげたくなるような事態に遭遇したからのようでした。

 

その内容についてはとてもここに書けません。勉強会のクローズドな場だけで共有できる話です。おそらく当のご本人たちは目の前の課題について、いたって真面目に取り組んでいたのでしょうが、その人達の本来的なミッションを考えると、私達にでもわかる「そこじゃない感」に笑いをこらえることができませんでした。

 

事態に遭遇した田中先生の冷静な解説が続きます。

「万事に言えることなんですが、いい人同士のトラブルの原因は正義の範囲の違いです。やってはいるけれど、自分たちの範囲のことしかやっていない。範囲が狭いんです。まさに費留です。目先にとらわれて視野狭窄に陥っているんですね」

 

笑うだけの私達とは対照的に、しびれるように本質を突いた解説です。「孫子の兵法」メガネをかけて世の中を見れば、こんな風に言えるようになるのでしょうか。その日が自分にやってくるのはいつになるのやら。。。

 

家訓大喜利

そこから一転、田中先生の郷里である三重県出身の三井高利の話題に移ります。

 

「三井家には家訓が多いんです。昔の偉い人は財産と家訓を残しているんですね」

 

へええ、家訓かあと聞いていたら、いきなりお題が出されるという急展開。

「今日は、みなさんに家訓を考えてもらいたいと思います。『+ ー ÷ < >』を使って、自分が大切にしていることを表現してみてください」

 

予告なしにお題が出されても、誰からも「ええっ」という反応が出ないのが孫子女子勉強会らしいところです。すんなりと各自で考えるモードに突入し、しばし沈黙の時間が流れます。

 

このあと、それぞれの家訓を発表し、勉強会はいつもとは違った盛り上がりを見せることになります。

 

「+ ー ÷ < >」を使った家訓は単純明快ながら、その人の思いが十分に表現されています。単なる家訓を考えようではなく、「 ÷ >」を使った家訓というお題の秀逸さに驚嘆しました。

 

それぞれの家訓が発表されるたびに共感の嵐がわきおこり、「笑点みたいで面白い!」と、お題を出した田中先生自身も大盛りあがりです。

 

えっ、私がつくった家訓が何かって?

 

私はこれにしました。

 

はじめは「+」を使ったありきたりなものを先に思いつきました。あまりにもありきたりすぎだと思い直しました。そこで思い出したのが、先日の「はじめの一歩」イベントで学んだ脱力の大切さです。それを家訓に採用したというわけです。

 

大いに盛り上がった後に、田中先生のまたしても冷静な解説が続きます。

家訓は子孫に残すものではありますが、実は本人のためでもあります。考えることで自分が何を大切にするかが整理されるんですよね」

 

日米マネジメントの違いとOODA成立の要件

家訓大喜利で終わっても十分に満足する勉強会になったと思いますが、この後も田中先生から2つの話題提供がありました。

 

1つ目は、日米マネジメントの違いについて。

「欧米のマネジメントは、何かうまくいかないことがおこった時に、現場に無理をさせずに根本のルールを変えるんですね。対して、日本のマネジメントは、ルールを変えずに現場の運用でなんとかしようとします」

 

2つ目は、OODA成立の要件について。

「前にOODAのお話をしましたが、OODAというのはミッション・コマンドなんですね。ミッションという大きな目的を伝えて、具体的な任務遂行に関しては部下に任せるというものです。

 

米軍がOODAにシフトしたのは、兵士の質が上がったからなんです」

 

骨折り損のくたびれ儲けにならないたった一つの方法

家訓大喜利の印象が強く残る勉強会ではありましたが、いざブログを書いてみると、驚くべき発見がありました。それが何かを見てきましょう。

 

①いい人同士のトラブルの原因

いい人同士のトラブルの原因である正義の範囲の違いを図示するとこうなります。

 

正義の範囲の違い

田中先生の言った視野狭窄とは、相手の正義の範囲が見えていないことではなく、一段上の目的が見えていないことがわかります。

 

②家訓を考える

家訓を考えるが何をしていたかを図示するとこうなります。

家訓を考える

大いに盛り上がった家訓大喜利は、目的に目を向けさせることでした。『+ ー ÷ < >』を使うことで、家訓はいやが応でもシンプルになります。シンプルになることは本質、つまり目的に近づくことです。

 

③日米マネジメントの違い

日米マネジメントの違いを図示するとこうなります。

日米マネジメントの違い

日米マネジメントの違いとしては、ルールに対する見方の違いを指摘していました。これはつまり、目を向けるレイヤーの違いを指摘したものです。

 

OODA成立の要件

OODA成立の要件を図示するとこうなります。

OODA成立の要件

OODA成立の要件とは、田中先生が言っていたOODAを実行できる兵士の質を解明することに他なりません。

 

兵士は手足を使って任務を遂行しますが、OODAの定義からいって、任務遂行は目の前の出来事の観察から始まります。つまり、手足を動かす任務レベルの範囲に目を向ける必要があるのです。

 

それにとどまらず、目的にも目を向け、目的と目の前の両方に目を行き来させながら、任務を遂行することが必要になります。兵士の質が上がったというのは、それができる兵士がいたことを意味します。

 

日米マネジメントの違いを聞いた時、「日本は現場の運用でなんとかしようとするですって?そもそも、それではマネジメントと言えないのでは?」というツッコミをマネジメント層に入れたくなりました。

 

その後、OODA成立の要件を聞いて、現場層でも目的を意識しながら目の前の任務遂行ができている人がどれだけいるだろうかと考えさせられました。

 

この日の勉強会では色々な話題提供がなされましたが、それらは一貫して、「骨折り損のくたびれ儲けにならない秘訣は目的に目を向けること」を説くものでした。

 

田中先生から提供される次々に移り変わる話題を聞いている時には、そこに通底するメッセージを読み取ることは難しいものです。ですが、ブログを書くと、バラバラな話題に見えても、ひとつの「勉強会訓」がこめられていることに気がつくのです。

 

最近は、勉強会仲間のひめさんが勉強会ブログを驚くほどのスピードで書いてくれます。もう私のブログは洋梨、もとい、要なしと思っていたのですが、実はそうではありませんでした。

 

私がブログを書くことは、家訓と同じく、実は私自身のためなのでした。ですから、これからも自分のために、自分のペースでブログを書き続けようと思います。

幸せに生き残るための孫子女子勉強会

2023年10月の孫子女子勉強会の内容は、ブログをスキップするにはあまりにももったいない内容でした。なので、忘却の彼方になりつつある内容をなんとか思い出しつつ書きました。

 

 

音楽の神様ジョージ・マーチン

この日の勉強会は、ジョージ・マーチンという聞き慣れない名前の人物のお話から始まりました。ジョージ・マーチンは音楽会の神様とも5人目のビートルズとも呼ばれる知る人ぞ知る人物です。軍人を辞めた後にEMIに入社し、新人担当としてデモテープをチェックする日々を送りました。

 

当時、音楽デビューに向けたオーディションに落ちまくっていたビートルズのテープを聞いたジョージ・マーチンは、ビートルズの才能を見出し、マネージャー兼プロデューサーとしてビートルズをデビューに導きました。

 

ジョージ・マーチンはジェフ・ベックのプロデュースも行った人物で、色々なミュージシャンの才能を引き出した人物だと、ロック好きの田中先生は熱く語りました。

 

長寿社会の生き残りゲームをクリアする4つのチェックポイント

ジョージ・マーチンの話からどんな展開になるのかという期待は裏切られ、話題はガラリと変わりました。転換した話題は、人生の生き残りゲーム。

 

人の寿命が延びたことで、もはや60歳で定年して引退というのは現実的ではなくなりました。つまり、60歳を過ぎても働き続けることになるということです。しかしながら、70歳で元気に現役で仕事をしているのは奇跡に近いと田中先生は言います。

 

長寿社会で元気に仕事をする生き残りゲームには4つのチェックポイントがあるというのが田中先生の見立てです。

 

チェックポイントの1つ目は「健康」です。

健康を害してしまうと、働く能力があっても、働く意欲があっても、働き続けられません。第一の関門は経年劣化する身体とともに元気な状態をいかに維持するかです。

 

チェックポイントの2つ目は「知力」です。

とりわけ定年を過ぎてから仕事をするには、知的なネタが必要になります。

 

チェックポイントの3つ目は「魅力」です。

「知力」と「魅力」は似て非なるものです。「知力」は、どういう知力であるかという分析が可能であり、こうやれば身につけられるというやり方があります。一方で、「魅力」は分析不可能です。ある人に魅力があるかどうかは判断できるけれども、どういう魅力かは分析不可能です。どうすればその魅力が身つけられるかもわかりません。

 

最後のチェックポイントは「顧客」です。

会社員であってもいわゆる定年を過ぎると雇用継続の壁は高くなります。70歳になっても自分にお金を払ってくれる顧客を見つけるのは至難の技です。

 

これら4つのチェックポイントを全クリアして初めて、70歳でも活き活きと働くことができるというわけです。どのチェックポイントも簡単にクリアできるものではない上に、4つの全クリアとなると、70歳で元気に現役仕事が奇跡というのもうなづけます。

 

長寿社会での生き残りゲームは非常にシビアであると言わざるを得ません。

 

人生の生き残りゲーム

ここで、この日の「孫子の兵法」の一節が紹介されました。

兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり。察せざるべからず。

 

勉強会でも何度か紹介された一節です。戦争は一大事であり、事前に入念な検討が必要であると孫子は説きました。

 

田中先生は、人生におきかえても同じだと言います。人生のゲームで生き残ることも一大事であり、事前の検討が必要であるという点において。

 

さらに、会社員としての生き残りゲームと会社員卒業後の生き残りゲームの違いにについて、田中先生の鋭い洞察が続きます。

会社員としての生き残りゲーム: 限られた椅子の取り合い

会社員卒業後の生き残りゲーム: みんなで生き残ることが可能

 

会社員時代と会社員卒業後では、生き残りゲームのルールが変わるのです。ルールが変わる会社員卒業後の世界で生き残るためには、生き残るための友達を増やすことが重要であるという田中先生の持論が続きます。

 

さらに、田中先生はこんな仮説を持ったそうです。

健康寿命が長い集団と健康寿命が短い集団があるのではないか?」

 

そこから導き出した問いが

「自分が健康寿命が長い集団に属するためには、どんな友達をつくればよいか?」

だそうです。

 

益者三友、損者三友

友達の重要性に意識が向いたところで紹介されたのが、論語にある「益者三友、損者三友」でした。

 

直きを友とし、諒を友とし、多聞を友とするは、益なり。

便辟を友とし、善柔を友とし、便佞を友とするは、損なり」

 

この意味するところは、こうです。

益者、すなわち良き友とは、素直・誠実・博識の人。

損者、すなわち悪しき友とは、媚びへつらい・不誠実・口先だけの人。

 

言われてみれば当たり前のことです。こんな当たり前のことが2000年も残り続けているのはおかしいと思った田中先生は、「益者三友、損者三友」意味を深読みしていったそうです。

 

益者と損者は表裏の関係にありますが、人間はそうきれいに益者と損者に分けられるものだろうか。一人の人間の中に益者の部分も損者の部分もあるのではないか。

 

そう考えた田中先生は、「益者三友、損者三友」の意味をこう捉えたと言います。

「益者」とは、自分の素直・誠実・博識を引き出してくれる人。
「損者」とは、自分の敵愾心・自己弁護・ストレスを引き出す人。

 

つまり、ある人物が絶対的に「益者」であるか「損者」であるかではなく、自分との関係において「益者」であるか「損者」であるかに分かれるということです。

 

そう言われると、田中先生の解釈の方がしっくりきますよね。いやあ、2000年も語り継がれてきた「益者三友、損者三友」の解釈にさえ疑いの目を向けて、独自解釈に書き換えてしまう田中先生、恐るべしです。

 

勉強会の冒頭で紹介されたジョージ・マーチンの話がここでつながります。ビートルズジェフ・ベックもジョージ・マーチンという益者に出会ったからこそ成功したのだと。

 

長寿社会で生き残る鍵

ここまでくると、田中先生が立てた問い「自分が健康寿命が長い集団に属するためには、どんな友達をつくればよいか?」に対する答えも自ずと見えてきます。そうです。自分にとっての「益者」となる友達をつくればよいのです。

 

「益者」となる友人と長寿社会での生き残りゲームの関係について、もう少し掘り下げてみましょう。

 

まずは、田中先生が立てた問いから、「健康」と関係することがわかります。「益者」となる友人がいることで、1つ目のチェックポイントである「健康」を維持できる可能性が高まります。

 

「益者」の田中流解釈により、益者は「知力」と「魅力」にも深く関係していることがわかります。「益者」となる友人がいることで、2つ目のチェックポイントである「知力」と3つ目のチェックポイントである「魅力」を引き出してもらえます。

 

友人から「知力」や「魅力」が引き出されるというのは少し奇妙に聞こえるかもしれませんが、孫子女子勉強会メンバーならそれを実感していることでしょう。学ぶ仲間の存在によって知的好奇心が活性化され、自然と知力が増すのです。

 

孫子女子勉強会では生き残りをかけて必死の形相で学んでいるのではなく、Bモードで学んでいます。楽しみながら知力を増している人は、自ずとその人の魅力も増すでしょう。

 

すなわち、「益者」は4つのうちの3つのチェックポイントを高めてくれるのです。残る1つのチェックポイントである「顧客」ばかりは、自分でなんとかするしかありません。

 

ただし、「顧客」を見つけるために必要なのは、「知力」と「魅力」です。だとすれば、間接的にはやはり「益者」が関係しているのです。

 

図で表すとこうなります。

 

益者と4つのチェックポイント

 

つまり、4つのチェックポイントを全クリアするために、4つのことに意識を向ける必要はないのです。長寿社会で生き残る鍵はただひとつ、「益者」となる友人がいればよいのです。

 

なあんだ、そんな簡単なことかと思うなかれ。益者となる友人を見つけることも決してたやすくはありません。相手から一方的に何かを受け取るだけの関係では友人にはなり得ません。つまり、相手から椅子を奪い取る椅子とりゲームのマインドをもったままでは、益者以前に友人を見つけること自体に困難があるのです。

 

そして、椅子とりゲームのマインドは、長い間の会社員生活で骨の髄まで身に染みついています。そのマインドチェンジは、会社員を卒業すればすぐにできるほどに簡単なことではありません。

 

長寿社会で生き残る鍵は「益者」となる友人を見つけることだとわかりました。やるべきことがわかったのに、マインドチェンジができずに生き残れないとは。。。なんて人間は複雑な生き物なんでしょう。

 

幸せに生き残るための孫子女子勉強会

この日、リアルで勉強会に参加したメンバーは、いつもより30分早く勉強会を切り上げて、とある場所へと向かいました。向かった先は、閉店時間が早めのドイツ料理店。いつもの懇親会の店とは趣向を変えて、ドイツ料理を食べようという話になり、さっさと勉強会を切り上げたというわけです。

 

 

いつもとは違う飲み物、いつもとは違う料理を前に話もはずみ、幸せな時間を過ごしました。ああ、この日も楽しい勉強会だったなあと思い出しながら、このブログを書き始めたところで、孫子女子勉強会のまたまた新たなる偉大な一面を発見することになったのです。

 

孫子女子メンバーの大多数は会社員として働いています。会社という組織の中で負けずに生き残るために「孫子の兵法」を学んでいるつもりでした。

 

でも、実際には、私達が10年という長い歳月をかけて学んできたのは、組織の中での椅子とりゲームのマインドから、みんなで幸せに生き残るマインドへと転換することでした。

 

孫子女子勉強会の偉大さはこれだけにとどまりません。

 

素直になれる場

この日の勉強会もリアルとオンライのハイブリッドで行われました。リアル参加した私達以外にも画面の向こうに参加者はいました。それにも関わらず、主宰者である田中先生を含むリアル参加組は「勉強会から早退します」宣言とともに、いそいそとドイツ料理店へと向かったのです。

 

それに対して、オンライン参加組は嫌な顔ひとつせず、笑顔で見送ってくれました。そうなることが予想できたからこそ、早退宣言を素直に言い出せたわけです。

 

つまり、孫子女子勉強会は忖度せずに素直になれる場なのです。

 

知的好奇心を引き出される場

孫子女子勉強会が知的好奇心を引き出される場であることに説明は不要でしょう。博識が引き出されるのは知的好奇心なくしてはあり得ません。

 

現実に誠実に向き合う場

孫子女子勉強会では、「孫子の兵法」の一節をとりあげてその解釈について学んでいるわけではありません。身近にある現実に目を向けて、それに向き合う指針として「孫子の兵法」を学んでいます。その現実がたとえ自分にとって不都合なことであっても、誠実に向き合う姿勢を勉強会で学びました。

 

ここまで書けばもうお気づきかと思います。そうです、孫子女子勉強会という場が益者だったのです。私達は孫子女子勉強会で長寿社会になっても幸せに生き残る術を身につけていたのです。さすれば、10年という長い歳月をかけてもお釣りがくるほどに価値ある場と言えるのではないでしょうか。

 

孫子女子勉強会で笑いがおこらない回はありません。笑うことによって、健康寿命(チェックポイント①)は確実に延びたことでしょう。

 

ことあるごとに、「孫子の兵法でいうところの◯◯ですね」と言えるくらいには知力(チェックポイント②)が増しました。

 

チェックポイント③の魅力増しについては、

今後に乞うご期待として、これからも勉強会に参加し続けようと思います(にっこり)

困難なBモード

珍しくゲスト参加者を迎えた勉強会は、DモードとBモードに鋭く切り込みました。

Take off

10年前にこの勉強会が始まることになったきっかけは、田中先生が女性限定セミナー講師として登壇したことでした。まる10年を迎えた勉強会が開催される数日前のこと。不思議なめぐり合わせで、田中先生は、再び、女性だけを対象にしたセミナー講師をつとめるました。その時に感じたのが語感の大切さ。

 

そもそも「定年後」「セカンドキャリア」という語感がよくないと言います。人から決められた定年。ファーストキャリアの延命のように聞こえるセカンドキャリア。確かに、語感は私達の無意識に影響を与えています。

 

「定年後」に変わって田中先生が提唱するのが「Take off」。日本語で言うと「離陸後」。その他にも「抜け出す」「成功する」という意味もあるとか。

 

田中先生は、「Take off」にこめた思いをこう語りました。

「雇われて働く期間は滑走路を走っているようなものです。たくさんのルールに縛られているんですね。離陸後は、地上を走るルールから開放されて大空を自由に飛べます。小さなセスナ機でもいいから自分の力で飛んで、自由に働きましょう。もちろん墜落のリスクはありますけどね(笑)」

 

確かに、「定年後はどうする」と聞くと、その語感からなんとなく暗いイメージが想起されます。一方で、「離陸後はどうする」と言われると、なんだか明るい希望をを感じます。会社を辞めた後という同じ事実の話をしているのに、言葉を変えるだけでこの違いはなんなんだというぐらいに、受ける印象が全く異なります。

 

DモードとBモード

この日の孫子女子勉強会でとりあげられた話題にDモードとBモードがあります。つい先日の田中先生登壇セミナーで初めて聞いたという人もいるので、まだまだ知らない人も多い概念です。

 

この勉強会ではすっかりお馴染みのテーマですが、孫子女子勉強会が始まった時には、田中先生自身もまだこの概念を知らなかったそうです。DモートとBモードに限らず、田中先生が仕入れた最新の視点を惜しむことなく披露いただけるのが孫子女子勉強会の特権です。

 

おっと、話が少し横道にそれてしまいました。話をもとにもどします。

 

同じ行動に対するDモードとBモードの違いが例で示されました。

 

DモードとBモードの例

見ての通りに、Dモードの出発点は不安です。対して、Bモードの出発点は未来への欲です。同じ行動でも、その動機がDモードかBモードかによって、その行動の結果がもたらす人生の豊かさはまるで違ってくるのです。

 

 

困難なBモード

対比の例によって、DモードとBモードの違いは理解できたと思います。理解ができたら、Bモードになれるかというと、そう単純な話でもありません。

 

Bモードになることを困難にしているのは、日本人に長らく染み付いた残念な特性かもしれません。その特性とは何かを外国人にズバリ見抜かれたという記事があります。

gendai.media

 

Bモードになることは人生を楽しむことに他なりません。人生を楽しむことに反対する人は誰もいないでしょう。それなのに、会社員生活を長く続けるうちに、人生を楽しむことを忘れてしまうのです。そんな人が、会社を辞めた後、急にBモードになれるはずもありません。

 

その結果、田中先生が言うような事態に陥ってしまうのです。

「離陸後は自由になれるのに、自由になることに悩んでいる人が多いんですよね」

 

孫子女子仲間は、自分が今どちらのモードかを自覚できるくらいにBモードを身体知化しています。何しろ、孫子女子勉強会でDモードとBモードが語られるようになってから、少なくとも4年以上(本ブログ調べ)が経ちますから。

 

孫子女子勉強会でのBモード登場以降、すべての回はBモードに通じていました。それを毎月継続してきたからこそ、定年後、もとい、離陸後に最も大切なBモードを手に入れることができたのです。

 

このことから導かれる結論はこれです。

Bモードは1日にしてならず

 

だから孫子女子勉強会に参加する

勉強会が行われた2023年9月25日は、田中先生のベストセラーである「会計の世界史」の発売5周年記念日でした。他にも勉強会仲間のおめでたいことが複数ありました。そうとくればその喜びを形で表さないわけにはいきません。

 

 

 

ということで、この日のリアル参加組はグラス片手に勉強会に参加するという贅沢ぶり。もちろん田中先生も飲みながらの講義。いつも以上に勢いのある語り口であったことは言うまでもありません。「リアル参加予定がオンライン参加に変更になったIさん、さぞかし悔しがるよね」と盛り上がりましたとさ(笑)

 

すでにいい気分になったリアル参加組は勉強会が終わると、おとなしく解散。

 

となるはずもなく、当然のごとくに懇親会へ。10年前に始まった初回から勉強会と懇親会はセットでした。懇親会の前振りのために勉強会があるという話もあるとか、ないとか。。。

 

 

田中先生のダブルブッキング事件により、急遽、勉強会に参加することになったゲスト参加者もまじえて、懇親会場であらためて乾杯!

 

少し緊張していたというゲスト参加者も、懇親会ではすっかり場に馴染んで、楽しいおしゃべりに花を咲かせました。これを孫子の兵法的に言うと「患を以って利となす」になります。

 

勉強しないと不安だから孫子女子勉強会に参加する人は誰一人としていません。定年後に備えて孫子女子勉強会に参加する人もいません。

 

私たちが孫子女子勉強会に参加するのは楽しいからです。勉強会仲間におめでたいことがあれば、一緒に祝杯をあげたいからです。そして、リアル参加するのは懇親会が楽しいからです(にっこり)。

 

この日の懇親会も終わりに近づいた頃、勢いづいたゲスト参加者から出た一言「◯◯◯◯け」は、何十年も前のドラマの中でしか聞いたことのない単語。その場にいた人は、目の前にいるゲスト参加者におこった運命に衝撃を覚えると同時に、その運命の顛末への好奇心をおさえられなくなりました。いつか、「◯◯◯◯け」をテーマに勉強会が開催される日が待ち遠しくてたまりません。

学びと懇親会のマリアージュ

一足早い夏祭り気分でリアル開催された20236月の孫子女子勉強会。得られた最大の学びは勉強会の内容ではなく。。。

 

 

働くに関する問題

人生100年時代の言葉の定着とともに、働く期間の長期化と働くに関する問題にも関心が高まっている今日この頃です。孫子女子勉強会でも頻繁にとりあげられるようになったテーマでもあります。

 

これに関して、田中先生から2つの切り口で問題提起がありました。

 

1つは、スキルのミスマッチの問題です。人口が減り続ける中で、人材不足の問題は深刻さを増しています。深刻な人材不足がある一方で、仕事がないと嘆く人がいます。スキルの要求水準が高い募集側と要求水準に届かないスキルの応募側。スキルのミスマッチが生じていると田中先生は言います。

 

私自身もつい先日、こんな経験をしました。ランチをしようと訪れたお店が閉まっていたのです。ドアには「人手不足のためしばらく休業します」という貼り紙が貼られていました。その貼り紙は、これから至るところで人手不足を原因とする事業継続困難がおきる予兆を告げているようでした。

 

人材不足なんだから、仕事がなくなることはなく給料も上がると思うのは短絡的過ぎます。なぜなら、人材不足に対するソリューションとしてのAIが現実化しているからです。今や競争相手はAIでもあるのです。

 

もう1つの問題は、自分のリズムに合わない働き方からくるストレスです。スキルに問題がなくても自分のペースに合わない仕事をしていると、それがストレスの原因になり、ひいては健康を害する結果を招くことにもなりかねません。

 

働く問題にリズムの視点をもってくるところが田中先生ならではです。仕事といえばスキルの問題にばかり目が行きがちですが、実は、リズムが合うかどうかはスキル以上に大事なことです。リズムはスキルを発揮する土台となるものだからです。

 

長く働くための孫子の兵法的アプローチ

問題が提起された後に紹介された問題解決へのアプローチは、巷で言われるところのリスキリングなどとは一線を画しています。紹介されたのは孫子の兵法からの一節です。

 

孫子の兵法の軍争篇には有利に戦うための4つのポイントが説かれています。

気(士気) 気力のバイオリズムにあわせて戦う

心(心理) 敵の心理状態が乱れたところで戦う

力(戦力) 敵が疲れたところで戦う

変(変化) 正面衝突を避ける

 

孫子の兵法は精神論ではなく現実的なロジックであると田中先生は言います。要求されるスキルやリズムに根性で合わせようとするのではなく、自分にとって有利な組織や内容、リズムで戦うのが孫子の兵法的アプローチです。

 

相手が人間であれば、気・心・力・変の4つがポイントになるのでしょうが、相手がAIとなると話は違ってきます。何しろ、AIには士気もなければ心理戦も通用しない、疲れることもないのですから。

 

リズムもなく疲れを知らない相手と戦うとなれば、自分のリズムを知って、自分が一番のっている状態で戦うしかありません。あとは、AIが得意なことに真正面から勝負を挑むことは避けることでしょうか。

 

いずれにしても、ただがむしゃらに頑張って仕事をするだけでは、長く働き続けることはできません。自分はどこで何の仕事をどんな時間ペースでやれば心地よく働けるのか。それを知り、その状況にゆっくりでも確実にシフトしていく。それが長く働くための唯一最適なソリューションなのだろうと思います。

 

学びと懇親会のマリアージュ

 

この日は勉強会仲間のオフィスを借りて、一足早い夏祭り気分での開催となりました。福岡と群馬からの参加者も加わって、久しぶりに大人数がリアルに集まりました。テーブルには、それぞれが懇親会用に持ち寄った食べ物がずらりと並んでいました。

 

目の前に広がる美味しそうな食べ物に我慢しきれず、いつもより早めに勉強会は終了。そしてオンライン参加組とつなげたままに懇親会に突入。ひたすらにおしゃべりして、笑って、食べて、あっという間に時間が過ぎました。

 

コロナ前の当たり前にあった景色が戻ってきた感慨深さに浸りつつ、この得も言われぬ感覚はなんだろうと考えていました。勉強会で共に学ぶ充実感だけでもない、美味しいものを一緒に食べる楽しさだけでもない。

 

共に学んだ後に食事をしながら語りあう喜び。ああ、これだー。頭で考えるより身体が教えてくれました。

 

今回の勉強会での最大の学びは、勉強会の内容よりも断然にこれ。

学びと懇親会のマリアージュの素晴らしさ

 

コロナで長らくオンライン勉強会を経験したからこそ気づけたことでした。これも「患をもって利となす」と言ってよいんですよね、きっと。