自分の商品力とは何か

組織に所属して働くと、暗黙のうちに標準化した業務遂行と属人化した業務遂行という矛盾に満ちたことを求められます11月の孫子女子勉強会は、会社で働きながら抱えていた積年の矛盾を解消できた記念すべき回になりました。

 

 

老後の愚痴の原因

2022年11月の勉強会は、ワールドカップで日本がドイツを相手にジャイアントキリングを起こして初戦勝利をおさめた翌々日の11月25日にありました。孫子女子勉強会では、ここしばらく老いや定年後についてのテーマが続いています。この回のテーマも「定年後の漠然とした不安を探る」回でした。

 

最近の孫子女子勉強会のもうひとつの特徴的な傾向は、意外なキーワードから始まることです。2ヶ月前の始まりのキーワードは「ガリバー旅行記」。そして、今回は「キケロー」でした。

 

田中先生は、キケローが書いた「老年について友情について」から、こんな言葉を紹介してくれました。

老後の愚痴は年齢のせいではなく、性格に原因がある

 

ハッとする言葉です。老年になって愚痴が多い人と楽しそうに生きている人の両方がいることを考えると、老後の愚痴の原因は年齢ではないという主張にはぐうのねも出ません。

 

こんなにバッサリと気持ちよく老後の愚痴の原因を言い切ってくれるキケローとはどんな人なのか。名前は聞いたことがありますが、誰なのかはよく知りませんでした。調べてみたら、なんとキケローは紀元前の政治家であり、哲学者でした。老年の不満は紀元前の昔から変わらず続く問題だったとは。

 

この勉強会に参加していなければ、老後の愚痴について、こんな視点を得ることはできなかったかもしれません。

 

会社員とフリーランス

定年後の漠然とした不安のひとつは、仕事はどうなるのかという不安です。それに対する答えとして、壮年期に会社員として過ごし、定年後の老年期にフリーランスとして仕事をする解があります。会社員からフリーランスへのトランジションにあたっては、学ばねばならないことと同時に忘れねばならないことがあると、田中先生は言います。

 

学ばねばならないことは、税金の計算と払い方です。会社員の税金は給与から天引きされます。税金がどう計算されているのかも知らず、自分で払っているという感覚もない人は多いでしょう。フリーランスになったら、税額の計算をするのも自分、支払いの処理をするのも自分です。

 

忘れねばならないことは、自分がいなくても仕事が回ることです。組織は、誰かが辞めたり休んだりしても仕事が回るように仕組み化しようとします。ですから、自分がいなくても仕事が回るようにしなければなりません。そういう環境に長く身をおいていると、その考えが体の奥底まで染み付いています。それを忘れるのは並大抵ではありません。

 

標準化と属人化

組織で働くことについては、長年、疑問に思ってきたことがあります。それは、標準化と属人化という相反する2つを求められる矛盾です。

 

組織では、自分がいなくても仕事が回ることが求められます。そのために行われるのが業務の標準化です。労働力不足が問題化した昨今では、標準化の言葉を頻繁に聞くようになりました。業務を標準化するとは、誰がやっても同じ成果が出せるようにやり方の型をつくることです。

 

標準化は良いことのように思えますが、標準化された業務をする人は替えがきく存在になることを意味します。この時に求められるのは、決まった手順に沿って遂行する正確性とスピードです。まるで機械のように働くことが求められるのです。

 

標準化の対概念が属人化です。属人化は、その人にしかできない、その人にしかわからないやり方で成果を出すことです。業務が属人化すると、その人が辞めたり休んだ場合に組織としての仕事が回らなくなって困ります。ですから、組織的には属人化は悪い意味で使われます。

 

一方で、組織には目標評価制度が導入されるようになりました。目標に設定されるのは、あなたにしかできない業務です。要するに、属人化した業務を遂行することが求められるのです。標準化された業務を遂行することが目標に設定されることはありません。

 

このように、組織に所属して働くと、暗黙のうちに標準化した業務遂行と属人化した業務遂行という矛盾に満ちたことを求められます。私は、長い間、この矛盾を抱えながら会社で働いてきました。今回の勉強会を経て、その矛盾がついに解消できました。

 

会社の仕事の成果の方程式

さて、話を会社員からフリーランスへのトランジションに戻します。トランジションにあたっては、学ばねばならないことと忘れねばならないことがありますが、それ以上に大事な準備があると田中先生は言いました。その準備とは、「自分の商品力」を明らかにすることです。

 

自分の商品力?聞き慣れない言葉です。「自分の商品力」については、2ヶ月前の勉強会でも話題にあがりました。

 

会社の仕事の成果の方程式

会社の仕事の成果の方程式があり、「商品力」「会社のブランド力」「自分の商品力」の3つの力の掛け合わせが仕事の成果になるというのです。

 

「商品力」は会社が販売している商品の価値であり、それは必ずしも自分が作ったものでない場合が多いです。「会社のブランド力」は説明するまでもないでしょう。知名度のある会社名の看板のおかげで話を聞いてもらえるということは確かにあります。この2つは、会社の力です。

 

最後の「自分の商品力」が、会社の力とは関係なく個人として仕事の成果をあげる力です。会社員の時には会社の力で仕事の成果をあげることができても、フリーランスになれば会社の力は使えません。会社を離れても残る自分の商品力を明らかにし、磨いておくことが、大事な準備になるというわけです。

 

準備というからには、組織に属しているうちにやっておかねばならないにも関わらず、私は何も準備していませんでした。

 

自分の商品力とは何か

自分の商品力が大事だということはわかりました。それを明らかにしなければいけないこともわかりました。が、往々にして、自分のことをわかるというのは最も難しいことでもあります。

 

大きな宿題をもらったまま、会社員として働く日常に戻りました。その日常の中に、自分の商品力とは何かを見つけるヒントがありました。

 

同じ会社で働く人たちは、同じ会社の力を使って仕事の成果をあげています。その成果に差があるということは、「個人の商品力」の違いがあるということに他なりません。

 

組織の中では、今、いたるところで業務の標準化が進められています。標準化するとは、誰がやっても同じ成果が出せるようにすることです。ならば、誰もが同じ仕事の成果が出せるようになっているかというと、そんなことにはなっていません。それはなぜか。

自分の商品力

自分の仕事の成果にも方程式があり、「標準化された作業」と「属人化された何か」の掛け合わせが自分の仕事の成果になるからです。機械ではない人間が行う業務には、どこまでいっても属人化された何かが残るのは、考えてみれば当たり前のことです。

 

次なる問いは、「属人化された何か」を明らかにすることです。

自分の仕事の成果の方程式

 

「属人化された何か」とは、「視点」と「キャラ」というのが私の考えです。

 

属人化の1つ目の「視点」についてです。これについては、かの有名なドラッカーの3人の石工の話からヒントをもらいました。同じ作業をしていても出せる成果が異なるのは、その作業に対する視点の違いです。より長期の視点、より大きな物語の視点をもつ人は、他の人とは異なる成果を出します。

 

属人化の2つ目の「キャラ」についてです。これを発見したのは、実際に私が職場で経験したことからです。標準化を進める際には、ベストプラクティスをもとに作業を型化しようとします。とある作業に対して、ベストプラクティスの実践者にその考え方ややり方をヒアリングしたことがありました。なるほど、そういうやり方をするのかと感心すると同時に、ヒアリングしたやり方を真似られると思いました。ところが、その人は最後にこう言いました。

 

「でも、これは俺のキャラがこうだから成り立っている。キャラの部分が大きいんだよね」

 

確かにヒアリングした作業の中には他者とのコミュニケーションをする作業が含まれていました。その部分はキャラの影響が大きく、コピーできないことはごもっともでした。

 

奇しくも、老後の愚痴と同じく、自分の商品力の要因もキャラだったのです。キャラがいかに大事であるかを思い知らされました。

 

自分の仕事の成果は、標準化された作業と属人化された視点とキャラで決まります。私は、業務の標準化は替えのきく存在になることに等しいというアンコンシャス・バイアスに囚われていました。標準化した業務を替えのきかない存在として成果をあげる。組織に所属しながら、自分の商品力で勝負する働き方があるのです。これぞまさしく大人のアウフヘーベン

 

自分の商品力を磨く場所

定年後への準備として、組織に所属している時から自分の商品力で勝負する。自分の商品力を磨くために必要なのは視点とキャラである。やるべきことはわかったものの、視点とキャラを磨くには一体どうすればよいのか。。。

 

積年だった組織で働く矛盾を私が解消できたのは、孫子女子勉強会で大人のアウフヘーベンという視点を得ていたからでした。そうです、いつも途方にくれそうな問いを前に新たな視点をくれるのが、孫子女子勉強会です。

 

じゃあ、キャラはどうなのか。思考の根幹にあるのが視点です。ですから、マザー・テレサの有名な言葉に一文を付け足してみれば、視点をもてばキャラも大丈夫なことがわかります。

 

視点に気をつけなさい、それはいつか思考になるから。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。

言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。

行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。

習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。

 

ほらね。視点に気をつければ、性格も磨かれるのです。

 

気がつけば10年目に突入した孫子女子勉強会。私は、この勉強会に参加し続けることで、期せずして自分の商品力を磨いていたというわけです。何も準備していなかったわけではなかったのです。ありがとう、孫子女子勉強会!ありがとう、田中先生!

 

勉強会での田中先生は、Zoomでつないだ画面に向かって、時折は会場にいる私たちに目線を向けながら、先生の考えていることを話してくれます。それを聞いている私たちは、これはと思う内容についてペンを走らせメモにとります。

 

この日も勉強会後は、余韻のままにリアルで参加したメンバーで連れ立って懇親会のお店へと場所を移しました。そこで繰り広げられる会話は、田中先生にとってもまた新たな視点を得るヒントが満載なのです。その日の田中先生は、もう我慢しきれないとばかりに、カバンから筆記用具を取り出して、忘れないようにとメモをとり始めました。

 

私たちが勉強会で田中先生から新たな視点をいただいているのは言うまでもないことですが、実は、田中先生にとってもこの勉強会は、先生の商品力を磨く場所になっているようです。だからこそ10年も続いているのです。