5月下旬のさわやかな風が吹いていた頃、「鴻上尚史のオープンワークショップ」に参加しました。ワークショップでの豊かな学びをなんとしても記録しておきたいと思いましたが、いざ書こうとするとずいぶんと時間を要してしまいました。今頃になってしまいましたが、ようやく言語化できました。
鴻上尚史のオープンワークショップ
「鴻上尚史のオープンワークショップ」が開催されることを知ったのはtwitterでした。演技力を向上したい人、すなわち俳優を目指す人だけでなく、「こえ」と「からだ」の表現に関心のある人が対象でした。それを見た時、オンライン会議が主流になって声への関心が高まっていたタイミングとあいまって、衝動的に申し込みをしました。
ワークショップは2日連続で行われ、各日ともに13:00~21:00というスケジュールでした。こんなに長時間の集中に耐えられるかなという心配は全くの杞憂に終わりました。2日間ともに、終了時刻が22:00頃まで延長されたにも関わらず、驚いたことに、疲れも集中力の途切れも全く感じませんでした。
普段の自分がいる領域とはかけ離れた演劇に関する新鮮な内容だったこと、声(時には大声)を出し身体を動かす時間がたくさんあったこと、鴻上さんの雑談的な話を交えた解説が抜群に面白かったことなどが理由です。
ワークショップには、20~70代までの幅広い年代、俳優や声優志望の人、教師、学生、会社員など、様々なバックグラウンドをもった人が参加していました。個人ワークや全員でのワークの他に、初めて出会った参加者の人達とのペアワーク、グループワークを、次々と行っていきました。解説を聞いた後に、時には解説の前に、実際にワークを行うことで身体を通じて学ぶことができました。
表現とは
そもそも表現とは何か。言われるまで考えたこともない問いでした。鴻上さんは、表現をクセと対比してこう解説しました。
クセとはオートマチックに選んだものであり、表現は複数の選択肢から選んだものである。
つまり、豊かな表現ができるためには、表現の選択肢を増やし、その中から選べることが必要なのです。
声の表現
声の表現のワークショップの始まりで、鴻上さんはこう問いかけました。
魅力的な声とはどんな声のことでしょうか?
ワークショップの中では一方的に解説がなされることはなく、問いかけが随所で行われ、参加者が考える話面が数多くありました。身体を使って感じ、頭を使って考えることが盛りだくさんで、集中力が途切れる暇がありませんでした。
参加者からいくつかの回答が挙げられた後で、鴻上さんは魅力的な声をこう定義づけしました。
魅力的な声とは、自分のイメージや感情をきちんと表現できる声
イメージや感情を思い通りに表現するためには、発声の基本が大切です。鴻上さんは3つのポイントを挙げました。
・リラックスしていること
・身体の重心が丹田にあること
・声のベクトル(方向と幅)を意識すること
声の幅を意識して発声したのは、この時が初めてでした。
発声の後は、声の表現には5つの要素があるという解説が続きました。
1.大きさ
2.高さ
3.速さ
4.間
5.声質
自分が声を発する時、大きさ以外の要素をほとんど意識していないことに気づかされます。声は生来のものと思っていましたが、5つの要素を自在に使い分けられるようになると、声の表現はもっと豊かにできそうです。
声の表現に関する学びで印象深かったことが2つありました。
1つは、豊かな声の表現に関してです。
声に限らず、豊かな表現を行うためには経験がものを言う(パターン1)ことはよく知られたことです。ですが、経験を重ねるためには相応の時間を要しますし、一人の人間が経験できることには限りがあります。
豊かな表現を行うための別の方法として、いろいろな表現をしてみることがあるとと知りました(パターン2)。そうすることで、その表現をした時のイメージや感情がわき、擬似的に経験したような効果が得られます。この疑似経験によって、豊かな表現を行うことができることにつながります。
もう1つは、ことばを伝える表現に関してです。
とあるワークを行って、声を出しているのに全く相手に伝えることもできない、相手の伝えたいことの見当もつかないことを体験しました。それでも必死に相手に伝えようとしましたし、相手の伝えたいことを読み取ろうとしていました。
このワークの後、鴻上さんはこう解説しました。
言葉は、情報だけでなく、イメージや感情も伝えるものです
この解説を聞いて、ワーク中の自分は、イメージや感情をなんとか伝えよう、なんとか読み取ろうとしていたのだと合点がいきました。
身体の表現
声の表現の後は、身体の表現に入っていきいました。身体の表現になると、演技の世界に入っていく感覚がありました。それは、私にとっては未知の領域であり、様々に身体を動かすワークはどれも新鮮でした。そのワークを通して、いかに自分の身体を使いこなせていないかも実感しました。
鴻上さんは、上手な演技とは何かをホワイトボードに書きました。それは、ナチュラルな感情と意識的な表現の重なりの部分であると。
演劇のことを知らない私には、わかるようでわからない「上手な演技」の定義でした。が、その後に、与えられた状況(台本)から意識的な表現(演技)に変換するプロセスについての解説で、上手な演技の本質を理解することができました。
演技への重要な変換プロセスは、与えられた状況から4W(Who, When, Where, What)を詳細に想像することでした。実際にワークをやってみると、ディテールを精緻化するほど、その時の感情がクリアに浮かび上がってくることに気づきました。そして、このクリアな感情のもとで意識的な表現を行えば、上手な演技に近づけるだろうことが理解できました。
鴻上さんは、上手な演技との対比としてのアバウトな演技についてこう言いました。
アバウトな設定はアバウトな演技になる
身体の表現は感情に支えられており、与えられた状況から設定のディテールを想像することでナチュラルな感情に到達できるのだと理解できました。
サブ・テキスト
わずか2日間ながら、演じることについてさらに掘り下げていきました。演技について全くの素人の私は、演技をすると言えば、台本に書かれているセリフを覚えて、そのセリフを話すことだと思っていました。この理解が、いかに浅薄であったかを思い知ったのは、サブ・テキストについて知った時でした。
鴻上さんは、演じるとは何かをこう解説しました。
演じることは、サブ・テキスト(台本に書かれたセリフの奥側にある真の意味)の発見とその表現であり、それは俳優と演出家が一緒につくりあげていくものなんですね。
状態は演じることができないんです。状態を行動に変換するのが俳優の役割です。
サブ・テキストという言葉も、演じることがサブ・テキストの表現であることも、このワークショップで初めて知りました。たった数行のテキストの裏にも膨大な想像の余地があることは、実際のワークを通してもわかりました。その想像の余地からひとつの表現を選ぶのは、設定のディテールを決めていく地道な作業であることも。
私たちは、自分が思っていることとはうらはらな言葉をよく口にします。相手の言葉の裏にある真意を探ろうとすることも珍しくありません。
もしも、相手の真意をつかみ損ねているのなら、それはアバウトにものを見ているからであり、相手のディテールにまで目を向けなければいけないのだと思います。
作り手の視点に立って、芝居やドラマを見ると、これまでとは違って見えるようになりました。演じることがいかにクリエイティブなことかを知って、これまで以上に俳優の方に尊敬の念を抱くようにもなりました。
豊かな表現ができることは自分自身を演じること
私たちは、おかれた状況で、声や身体を使って表現することを日常的に行っています。けれども、それらのほとんどは表現ではなく、オートマチックに選ばれたクセです。
私たちは、俳優のように自分ではない誰かを演じるために、与えられた状況から設定のディテールを想像して表現をすることはありません。
けれども、自分がおかれた状況で、真実の感情を表す表現として、複数の選択肢から表現を選べれば、豊かな表現ができるようになります。つまり、豊かな表現ができることは、自分自身を演じることだと言えます。
私がこのワークショップで学んだのは、演じるとは何かということ、自分自身を演じるための声と身体の動きの要素についてでした。
演劇ワークショップに参加したことを話した子どもから、「どこを目指しているの?」と怪訝そうな反応が返ってきました。もちろん、今から俳優を目指そうと思っているわけではありません。けれども、自分がいる場所とはかけ離れた領域だと思っていた演劇からは学ぶことだらけでした。それは、直感的に予想していた通りでした。
このワークショップは原則として初参加者を対象としています。それゆえに、一生に一度しか参加できないワークショップです。そんなワークショップに参加しての感想を一言で表現するとしたら、低い声でこう言います。
「衝動的に参加を申し込んだ自分、Good Job!」
ワークショップの中で、鴻上さんは言いました。
演技がうまくなるためには、場数を踏むしかありません
2日間のワークショップに参加すれば、自分自身を演じることができるようになるわけではありません。日々生活する中で、声の5つの要素を意識したり、身体のポーズや動きを意識したりしながら、実際にあれこれ表現してみることで、自分自身を上手に演じることができるようになるのだと思います。
自分自身を上手に演じることができるようになったら、その時は今よりももっと上手にこのセリフを表現したいと思います。
「演劇ワークショップで学んだ自分、Good Job!」