日経新聞最終面での「経済で見る絵画十選」が終了した翌日の5月20日の夜、とうとう本当のラストになった「勇気の世界史」アンコール講演第2回目が開催されました。ラストにふさわしく、歴史を学ぶ意味が明らかになりました。
日経新聞連載最終回の絵画
日経新聞の連載が終了した田中先生は、さぞかしさわやかな気分かと思いきや、疲れがそこはかとなくにじみ出ています。
「原稿を書きすぎて、疲れてエネルギーがないんです」
講演始まりに疲れてますと包み隠さず言ってしまう、なんとも田中先生らしい始まり方でした。
日経新聞連載最終回の絵画はそれ以前とガラリと趣向が変わって、エドワード・ホッパーの「ナイト・ホークス」。この連載では、先に10枚の絵を決めた後、〆切にあわせて原稿を書いたそうです。最終回の記事執筆は2日間苦しんだ末に、画家たちが「光と影の描写」に苦しんだことにフォーカスして書いたとお話がありました。
日経新聞連載の8回が終了した時点で、勇気の世界史のオーディエンスが参加するFacebookグループでは、最終回の絵画当てクイズが行われていました。当選者には、田中先生が次に出す新刊本のプレゼントつきという豪華な企画です。この「ナイト・ホークス」を見事に言い当てた参加者が2人もいました。もちろん2人ともアンコール講演②に参加していました。
田中先生が、「◯◯さん、いますか?」と問いかけると、当選者はマイクをミュートにしたまま、「はーい」と手を挙げたようです。リアルな会場であれば100人超えの参加者の中からでも挙手した人をひと目で探すことができますが、Zoomのギャラリービューから挙手した人を探すのは、ウォーリーを探せ状態だったようです。この時点で99人の参加者がいましたから。オンラインとリアルの面白い違いが見つかった瞬間でした。
歴史を学ぶとは?
「こういうのは勘じゃないと当たらない。いい勘が働くには視野を広くもつこと」
と、クイズの当選者を褒め称えた田中先生がスライドをさりげなく切り替えます。
「歴史を学ぶのは視野を広げるため。専門分野以外のものが手に入るのではなく、自分の領域を別の視点から見ることができる」
と、歴史も美術館も嫌いだった会計士の田中先生が、絵画の歴史を語りながら言うのですから説得力が違います。
図的に表現するとこんな感じでしょうか。
最近ではすっかり絵画や歴史の田中先生という認識が定着しつつありますが、田中先生の言った言葉の意味は、次に出す新刊のタイトルにも如実に表れています。名画について語るのではなく、名画を通して経済を語るのです。
星の王子様を書いたサン・テグジュペリの
「空を飛んで道がまっすぐだとわかった」
という言葉を引用しながら、田中先生は言いました。
「いつもいる場所が違って見えてくることが歴史を学ぶ意味であり、視野を広げること」
この回はここで終わってもいいんじゃないかと思えるほど力強いメッセージでした。
オランダ国歌に学ぶ
「会計の世界史」が大ヒットした先生は、絵画・芸術の方面に行く予感がしたそうです。現地に行って、自分の目で絵を見て、画家の人生を知ろうと、コロナ禍がまだそれほど大きな問題になっていなかった2月下旬にヨーロッパを訪問しました。訪問先の1つにベルギーのグラン・プラスも含まれていました。
グラン・プラスは世界で最も美しい広場とも言われますが、プロテスタントの殉教者が処刑された場所でもあります。今回はカトリックvsプロテスタントの宗教対立でグラン・プラスで処刑された悲劇のお話が紹介されました。
カール5世はスペイン国王ではありましたが、フランドル出身で北ヨーロッパに愛着をもっていた人でした。
カール5世の息子のフェリペ2世はスペイン育ちで北への愛着はありませんでした。フェリペ2世は書類王とも呼ばれたと言います。北をおさめていたウィレム1世はカール5世のお気に入りで、部下に任せるタイプゆえに別名沈黙王と呼ばれたそうです。フェリペ2世はウィレム1世を執拗にいじめたことから、対照的な別名をもつこの2人の間には宗教対立以上の何かがあったのではというのが田中先生の推測です。
オランダのプロテスタントがスペインに対して反乱をおこした80年戦争の指導者であったエフモントとホールネは、グラン・プラスで斬首刑にされたのでした。このような悲劇もありながら、オランダは80年戦争に勝利し、ウィレム1世はオランダ建国の父と呼ばれています。
オランダは世界初の国歌をつくった国でもあります。オランダの国歌の題名はウィレム1世の名前「ウィルヘルム・ヴァン・ナッソウ」です。15番まである国歌の第1番の歌詞は、なんと、「スペイン国王への忠誠を誓う」となっているのです。
オランダ国歌なのに、敵のスペイン国王への忠誠を誓うとなっているなんて驚きです。が、それにも増して、オランダ国歌の歌詞まで調べた田中先生に驚きます。さらに驚くことに、田中先生がオランダ国歌から引き出した教訓が「細かいことは気にしない」です。学校で教えられる授業ではあり得ないすごい結論です。
画家たちに学ぶ
「話は飛ぶんですけどね」
そう言いながら提示されたスライドが四書五経に書かれてある教えです。確かに話が飛んでます。
小人が学ぶのが小学、中人が学ぶのが中学、大人が学ぶのが大学です。人に良き影響を与えるために学ぶのが大人です。
田中先生はビジネスも同じだといいます。
ステップ1: お金儲けの基本を学ぶ
ステップ2: お客さんとの良き関係を結ぶ
ステップ3: 提供物で良き影響を与える
コロナ禍の状況下では視野がせまくなって、いかに儲けるかに気を取られがちですが、いかにしてお客さんといい関係を築くかが商売の基本と田中先生は説きます。
今度は話が飛ぶという前置きはなしに、ティツィアーノ、モネ、ピカソの3人の画家の話が始まりました。「勇気の世界史」も9回目となると、話が飛ぶのが当たり前の田中先生の展開に、もうとまどいを覚えることはありません。
ティツィアーノは、他の画家に関する記載でよく名前があがる画家です。
モネは、自らが変化し続けました。歳を重ねて視力が弱った状況で描いたのが「睡蓮」です。
ピカソは青の時代からキュビズムへと大きな変化をとげ、後世にも大きな影響を与えました。
アンコール最終回にふさわしい、画家を総括したようないい話です。その感動の余韻の中で、田中先生が言いました。
「この3人の画家の共通点は長生きしたことです」
えーっと一瞬、驚くような共通点が飛び出しましたが、その後に続く言葉でその意味がわかりました。
「健康で長生きした人は、人に良き影響をたくさん与えます」
3人の画家から学ぶ教訓はこれでした。
日経新聞連載最終回でとりあげたエドワード・ホッパーも画風が大きく変化した画家だと田中先生は言います。
「ホッパーの絵を見ると、人間てこんな風に変われるんだと驚きます。そして自分も変わりたいと思わされるんですよね」
ただ、長く生きるだけでなく、変わり続けながら生きること。こだわって変わらないところはどこか、どこは変えていくのか、短い言葉でとても奥深い問いが投げかけられました。
フィレンツェより特別講義
今回は、フィレンツェからウフィツィ美術館公式ガイドの小山チヅさんの特別講義がついていました。
1枚めの絵画紹介は、ティツィアーノ作の「ウルビーノのヴィーナス」。
この絵画はグイドバルド2世が注文したもので、結婚した11歳の結婚相手にこうなってほしいという願望が込められた絵です。手にもつ薔薇は美の象徴であり、散った花びらは時とともに消えてゆく儚さを表しています。足元の犬は忠実の象徴で、自分にのみ官能的であってほしいという願いの表れです。
この1枚の絵がどれほど後世に影響を与えたかが語られます。
ジョルジューネ 「眠れるヴィーナス」
マネ 「オランピア」
大人の学びを続けよう
今回の講演では、
「変化し続けよう。人によい影響を与えよう」
というお話がありました。
ちょうど前日に別のオンラインセミナーで、大人の学びについて話を聞きました。
このセミナーでは、大人の学びがこう定義されました。「大人の学びは、自分が変わること、自分の周りにあることを変えていくこと」
この内容とリンクして、今回の講義のメッセージを私はこう受け取りました。
「大人の学びを続けよう」
「勇気の世界史」は大人の学びの場でした。このセミナーを聴いた人は何かしらの良い影響を受けました。田中先生自身も「勇気とやる気をもらえた」とおっしゃっていましたから、参加者のみならず田中先生にとっても大人の学びの場だったのだと思います。
もうひとつ、大人の学びについてラスト講演から学んだことがあります。今回、珍しく、田中先生は、歴史からの教訓として結論らしきものをスライドで提示しました。その内容はこうです。
・細かいことは気にしない
・健康で長生きしよう
・変わり続けよう
この結論だけを聞いてもほぼ意味がないことは明白です。
大人の学びは、誰かが出した結論を手っ取り早く手に入れることではなく、学びのプロセスの中で自分なりに新たな視点を手に入れること。そんな裏メッセージがアンコール講演にはこめられていたように思います。