売り方のイノベーション

f:id:n-iwayama:20180617220859j:plain

 

新刊書籍の発売日前日に著者のサイン入り書籍が郵送で届きました。届いた書籍は、楽天大学学長であり、自由すぎるサラリーマンとして知られる仲山進也さんの「組織にいながら、自由に働く。」です。この書籍を手にとった時、これは売り方のイノベーションだと感じました。

 

 

発売前に新刊書籍が届いた理由

ある書籍をテーマにした読書会は色々なところで開催されています。著者のサイン入り書籍を読書会で購入する、あるいは、あらかじめ書籍購入を前提として読書会に参加し、読書会で著者にサインをもらうということは珍しくありません。この場合、読書会は書籍発売後に行われるのが一般的です。

 

今回、発売前に新刊書籍が郵送されてきたのは、書籍発売前に開催された読書会に参加したからです。この読書会参加には参加費が必要でしたが、希望者には新刊発売と同時に書籍が送られてくることになっていました。つまり読書会参加者は読書会参加と同時に新刊を予約購入したというわけです。

 

一般的な書籍発売と読書会の流れと今回の場合の流れを図にしたものが下記になります。

f:id:n-iwayama:20180617222828p:plain 

プロセスの順番が入れ替わっただけに見えますが、そこには大きな違いがありました。その違いを理解するためには、発売前読書会の構造を読み解く必要があります。

 

発売前読書会の構造

発売前読書会のプレーヤーは著者と参加者(読み手)になりますが、それぞれが提供したものと得られたものを整理すると下記になります。

f:id:n-iwayama:20180617221818p:plain

 

発売前読書会参加者へのアンケートがこれでした。著者からすれば、書籍のタイトルを決める前に読み手からこの情報が得られるのはどれほど貴重なことでしょう。

f:id:n-iwayama:20180617221845j:plain

     発売前読書会のアンケート用紙

  

著者、参加者それぞれが、持てるものを発売前読書会に差し出し、その結果、それぞれが自分だけでは得られないものを発売前読書会から得たというわけです。今はやりのワードでいうと、発売前読書会は著者と参加者の共創の場とも言い換えられるでしょう。

 

f:id:n-iwayama:20180617221937p:plain

          発売前読書会の構造

 

発売前読書会の価値はそれだけにとどまりません。発売前読書会参加という特別な体験をした参加者は、書籍はもちろん著者のファンになるというおまけつきです。書籍の中味をチラ見して、まだ読んでもいないうちから書籍への期待は否が応でもでも高まります。直に話を聞いて著者の人柄に触れて、著者のファンにもなります。

  

ファンによるクチコミ発信の効果

書籍と著者のファンになった参加者の手元に発売と同時に著者のサイン入り書籍が届くと何がおきるでしょうか。新刊書籍の写真がアップされ、著者である仲山ガクチョがタグづけされたFacebook記事が次々に流れてきます。

 

発売前読書会は2回行われたそうですが、2回あわせた読書会参加者の人数はどんなに多くても100人に満たないでしょう。100人にも満たない人が書籍のファンになってSNSに投稿したところでどうなるものでもないと思うかもしれません。

 

佐藤尚之さんの著作「明日のプランニング~伝わらない時代の伝わる方法~」には、こう書かれています。

・2010年に世界中で流れた情報は1ゼタバイト(世界中の砂浜の砂の数)を超えた(情報砂の一粒時代)

・情報砂の一粒時代の人は、友人・知人からの言葉でしか動かない

・友人・知人の勧めが人を動かすのは、誰からも頼まれない友人の「本音の言葉」「自然な言葉」だから

 

つまり、情報が溢れる時代には、著者や出版社から情報を発信するよりも、書籍や著者のファンになった発売前読書会参加者からその友人・知人に自然な言葉で発信するクチコミの方が伝わるというわけです。そこからさらにクチコミが広がっていくことを考えると、最初にクチコミをしてくれる人数は少なくても、そこから友人・知人の熱意を伴ってソーシャルグラフに拡散されて、結果として多くの人に伝わるというわけです。

 

発売前読書会は売り方のイノベーション

発売前読書会というアイデアは売り方のイノベーションと言えるでしょう。タイトルはその書籍の売上を左右する重要なファクターです。どんなタイトルが読み手に刺さるのかは、読み手に聞くのが一番確実です。読み手である参加者は、自分の書いたタイトル案が採用されるかもしれないという期待をこめて、真剣に考えてアンケートに回答しました。このアンケート結果から読み手に刺さるタイトルのヒントが得られたに違いありません。

 

さらに、発売と同時または発売前にサイン入りの書籍、しかもその中味の一部を著者自身から聞いたものが届いたという特別な体験は、参加者の書籍への愛着を増すに違いありません。それが、参加者に書籍についてのSNS投稿を促したのでしょう。

 

発売前読書会というアイデア自体は誰でも実行できそうに思えますが、実際のところは誰にでもできることではないでしょう。なぜなら、発売前読書会の参加者を集めることは簡単ではないからです。今回、楽天に出店している店舗の方が何人か参加していました。仲山ガクチョの発売前読書会なら参加しようという人が何人か存在していたからこそ成立したと言えます。

 

さらに、この読書会の参加者が、著者すなわち仲山ガクチョのファンになったのは、ひとえに仲山ガクチョの人間的な魅力ゆえだと思います。私は読書会で初めて仲山ガクチョとお会いしましたが、事前にもっていたイメージとはずいぶん違っていました。流れるように流暢に語る話術で人を惹きつけるイメージを持っていましたが、実際は淡々と静かに語る方でした。ただし、発する言葉には誠実さを感じました。読書会に参加しての感想は「書籍の内容の役立つ話が聞けて良かった」ではなく、「仲山ガクチョの話が聞けて良かった」でした。売り方のイノベーションの本質は、どう勧めるかというより、誰が勧めるかということだと思います。