勇気の世界史 アンコール講演①

4月に全7回で開催されたオンラインセミナー「勇気の世界史」のアンコール講演の第一回目が開催されたのは、5月9日(土)の21:00からのこと。講師の田中先生が、日経新聞最終面にて「経済で見る名画十選」の連載の3回が終了したタイミングのことでした。

 

 

今回のテーマは受胎告知の前

 日経新聞連載の第1回で取り上げたのはレオナルド・ダ・ヴィンチの受胎告知の絵画。今回のテーマはその受胎告知の前のお話でした。ミュージシャンのアンコールはデビュー当時の曲を演奏することにひっかけて、初期の絵画のお話が今回のテーマに選ばれました。

 

舞台はシチリア島

 いよいよ本題の始まりというところで画面に提示されたのが16世紀のヨーロッパ地図でした。

 

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 閉ざされた海である地中海のど真ん中に位置するのがシチリア島。気候は温暖で、野菜や柑橘類が豊かな土地。特に北のヨーロッパからは憧れの目で見られていた地です。

 

 16世紀の地図を見ながら、シチリア島についての説明を聞きながら、意識はすっかりシチリア島へともっていかれます。

 

時は12~13世紀

 続いて画面に提示されたのが、シチリア島にあるノルマン宮殿のパラティーナ礼拝堂の写真でした。

 

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 写真だけでも思わず声をあげたくなるようなまばゆいばかりの黄金のモザイク装飾です。正面や天井にはキリスト教の絵が描かれています。壁には幾何学文様も見られます。建立されたのが十字軍遠征の頃で、キリストとイスラムが融合した礼拝堂だと説明が続きます。

 

 当時のヨーロッパは経済や人口が上向きで、食料が足りなくなり、地中海の右奥にあるエルサレムキリスト教徒が押し寄せました。すでに海路が発達していたので、十字軍はベネチアから海路を通ってエルサレムに移動しました。十字軍遠征で、地中海の真ん中に位置するシチリアは文明の十字路となり、多民族が共存することになります。

 

 シチリア島へと意識をいざなわれた次には、12~13世紀のシチリア島がどんな様子であったかが語られ、今度は意識が12~13世紀へとタイムスリップしていきます。

 

登場人物はフリードリヒ2世

 12~13世紀のシチリア島にいるような気分になったところで、満を持して、キーパーソンとなるシチリアの王様フリードリヒ2世が登場します。フリードリヒ2世はイスラムが大好きで、アラビア語も習得していました。十字軍遠征がおこりますが、大好きなイスラムに侵攻したくないフリードリヒ2世はイスラムのリーダーにアラビア語で手紙を書きました。

 

 フリードリヒ2世とイスラムのリーダーの間で3ヶ月に渡ってアラビア語での交渉が行われ、戦いを避けようと和解策が練られました。エルサレムキリスト教に返還し、エルサレムにある神殿はイスラム教に残すという条約を結びますが、これがローマ王の怒りにふれ、イスラム教徒も怒らせる結果となりました。この中途半端な和解が、結果的にはヨーロッパとイスラム圏の対立を今に至るまで長引かせることになりました。

 

 戦いは悪いことだけをもたらしたわけではありませんでした。遠征によって都市は発展し、文化の交流がおこりました。美術品や書物、考え方が東方からヨーロッパにもたらされました。地中海の真ん中にあり、遠征の通り道となったイタリアは東方文化に目覚めるのが最も早く、イスラムからの香辛料が入ってきてヨーロッパで食文化が最も早く発達したものイタリアでした。

 

 フリードリヒ2世は戦争的には失敗して対立を長引かせましたが、東方とヨーロッパの交流により意図せずしてヨーロッパ経済文化の発展の礎を築くことになりました。

 

舞台は教会

 ここで舞台は一転して教会に移ります。

 

 修道院は、聖職者が世俗から離れて修行する場として、山奥や海中に浮かぶ島など辺鄙な場所に建てられていました。12~13世紀の十字軍の遠征が行われる頃になると、教会は人々がお祈りする場所としてまちなかに建てられるようになります。

 

 ノートルダム大聖堂に代表されるように、神に近づくように高く上に伸びる教会が建てられるようになりました。これがゴシック様式の建築です。

 

時はゴシック期

 教会の教えは市井の人々にわかるようにやさしくなり、キリスト教を生んだ母としてのマリア信仰が中心になっていきます。ノートルダムは私達のマリア様という意味です。

 

 キリスト教の布教のためにゴシック美術が台頭し、受胎告知の絵がよく描かれるようになりました。聖書に受胎告知が書かれているのはわずか1ページのことで、場面設定もなく、画家たちは自由に創作する余地がありました。

 

登場人物は受胎告知を描いた画家たち

 今度もゴシック期の教会へとすっかり意識が向けられたところで、受胎告知を描いた画家たちが登場します。

 

 1人目に登場した画家は作者不明の画家で、13世紀に受胎告知を描いた絵がスライドに映し出されました。

 

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「平面的で、『妊娠、わーっ』っていう表情ですよね。マリア様が人間らしく描かれています」

 この絵画の特徴を田中先生はこう説明しました。美術的知識をもたない私達には、「妊娠、わーっ」と表現されると、マリア様を人間らしく描いたことがすーっと入ってきます。


 2人目に登場したのは、1333年に受胎告知を描いたゴシック期のイタリアの画家シモーネ・マルティーニです。

 

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 先の受胎告知の絵に比べて、東方からとりいれた数学をもとに遠近法を使って立体感が出てきています。マリア様の顔はムッとしていて人間らしい表情が描かれています。ゴシック期には立体感や人間らしさを絵画で表現するようになりました。ゴシック期の遠近法を使った立体感や人間らしい表現がルネッサンスに受け継がれていきます

 

 3人目に登場したのは、1434年に受胎告知を描いた北ヨーロッパの画家ヤン・ファン・エイクです。ヤン・ファン・エイクは新しい絵具を使って油絵という革命をおこしました。

 

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 そして最後に登場したのが、1472年に受胎告知を描いたルネッサンス期を代表する画家レオナルド・ダ・ヴィンチです。日経新聞連載の第1回にとりあげた絵画がスライドに映し出されました。

 

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 ダ・ヴィンチの絵はテンペラと油絵絵の具を使って描かれました。つまり、ダ・ヴィンチの受胎告知は、ゴシック期やヤン・ファン・エイクからの集大成として描かれたものなのです。急にルネッサンス期が出てきたわけではなく、ものごとには必ず前段階があります。模倣から始まり、自分のものとして消化して新しい表現を生み出した結果がルネッサンスなのです。

 

画家たちから学ぶ3つのこと

 田中先生の「無理やりまとめるとですね」の一言で、12~14世紀頃のシチリア島やヨーロッパ教会を舞台にしたゴシック文化のおこりに持っていかれていた私達の意識は、一瞬にして現代に引き戻されました。

 

「ゴシックというのは、『ゴート人の』という意味で、北方の奴らという悪口として使われていたんですね。バロックも『ゆがんだ真珠』の意味で、同じく侮蔑的に使われていました。革新者には罵声が浴びせられてきたんです。前の奴らが納得するような新しいものなんてないんです」

 

「コロナ騒ぎがおさまってもうまくいかないビジネスが出てきています。講師もこの先うまくいくかどうかわかりません。商売を変え、新しい商売をつくらねばなりません」

 田中先生の声に一層力が入りました。

 

 そして、最後に、画家たちから学ぶ3つのこととして提示されたスライドがこれでした。

 

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「勇気の世界史」は新ジャンルセミナー

 「楽しいことからはじめよう」としめくった田中先生自身が、ビジネス講師の枠を飛び出して、ビジネスでもないアートでもない新ジャンルのセミナーを創り出す実験を「勇気の世界史」オンラインセミナーで始めているのだと気がつきました。

 

 ビジネスセミナーでは結論から始まり、ロジカルに話が進んでゆきます。今回の「勇気の世界史」アンコール講演①は、舞台や時代という物語の設定から始まり、エモーショナルに話が進んでゆきました。

 

 ビジネスセミナーでは、何をやるか・どうやるかが結論づけられますが、今回の結論は心構えでした。何をやるかはそれぞれが考えることだからです。

 

 今回も田中先生のお話が終わった後に、岩倉さんがシチリア島にちなんで「ゴッドファーザー」をピアノで弾いてくれました。

 

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 セミナー終了後のオーディエンスの気持ちに岩倉さんの生演奏が重なる時間です。セミナー会場にピアノを用意しなくてもセミナーとピアノ演奏をセットで開催できるのはオンラインならではです。ビジネスセミナー後にフィットするピアノ演奏はなかなか難しいでしょうが、なぜか勇気の世界史はこれがピタリとはまります。

 

 田中先生のセミナーは内容もさることながら、演出が一味違います。

 

 「勇気の世界史」セミナー第1回で、ルネッサンスをテーマに受胎告知の絵画がとりあげられました。ヤン・ファン・エイクの絵画もその時に紹介されました。ダ・ヴィンチの絵も紹介されましたが、その絵は受胎告知ではなく最後の晩餐でした。すでに決まっていた日経新聞連載で紹介する絵は「勇気の世界史」では紹介しなかったに違いありません。

 

 今回は、日経新聞連載が3回終わったタイミングでの「勇気の世界史」第一回アンコール講演でした。第二回アンコール公演は5月20日(水)に予定されています。この日は日経新聞連載終了日の翌日です。この日程が偶然なわけがありません。連載終了直後のお話が第二回アンコール講演で聞けるように計算されています。

 

 田中先生は画家たちから4つめのことを学んでいたのです。数学とまでは言わないまでも、計算を入れることを。私達には4つめの学びは明示せずに、自分でつかみとれというメッセージだったのかもしれません。