「合成の誤謬」と「解放の真理」

月に1度の孫子女子勉強会ブログを書くのが定番化していますが、時々、今回は書けないなと思う回があります。内容が濃すぎて咀嚼がしきれない時です。2022年4月の勉強会は、ブログが書けないなと思った回でした。

 

 

合成の誤謬」と「ラチェット効果」と「魔女狩り

2022年4月の勉強会では、田中先生から3つの話題提供がありました。

 

(1)合成の誤謬

1つ目は「合成の誤謬」です。

個々の行いは正しくても、それを合成した全体としては誤りとなることを指す経済用語です。

 

すぐには理解しがたいこの概念について、身近な例の解説が続きます。

 

合成の誤謬

毎日、節約してお金を貯める。この行為は、日々の積み重ねを合成した結果として善き人生が訪れる想定で行われます。が、実際には、そうはならないことが起きるのが合成の誤謬です。

 

初めて知る「合成の誤謬」という概念に、人の世の不思議を感じざるを得ません。

 

(2)ラチェット効果

2つ目は「ラチェット効果」です。

ラチェット効果は、いったん進行した人間のプロセスが元に戻ることを抑制される現象を指す経済用語です。

 

こちらも事例での解説が続きます。

 

ラチェット効果

収入が増えるにつれて、支出が増えます。ところが、収入が減り始めても貯蓄を切り崩すなどして、支出額は下がりません。金持ちになるのは簡単だが、貧乏になるのは難しいというわけです。

 

ラチェット効果の現象は、経済以外の分野でも見られます。例えば、とある管理制度を導入してしまうと、その弊害に気がついても制度をやめることができないなどです。

 

(3) 魔女狩り

3つ目は、少し毛色が変わって、「魔女狩り」についてです。魔女狩りが一番多かったのは1600年頃だそうです。1600年頃といえば、帳簿、遠近法、地図、楽譜が次々に発明された時代です。すなわち、数量化革命がおこった時代に魔女狩りが最も多く行われたわけです。

 

魔女狩り

 

田中先生は、魔女狩りについて、こう解説を続けました。

魔女狩りは、「誰かのせいにしたい」という人間の本能の表れです。魔女狩りは歴史的な出来事ではありません。時代を超えてグローバルに、現代もこれからも形を変えて行われるでしょう。

 

「数量化革命の時代に魔女狩りが盛んに行われたように、テクノロジーが進歩すると管理が強まります」

田中先生はこうも言いました。テクノロジーの進化によって、個人単位で粒度を細かく情報をとることができるようになるからです。そして、一度管理を始めると、ラチェット効果によって、もう止めることができなくなります。

 

みんなが頑張っているのにうまくいかない

田中先生から話題提供された後は、勉強会参加者が提供された話題と各自の経験を紐付けて、感じたことを語り合いました。

 

いくつかのコメントがあった中で、最も印象的だったものは、「合成の誤謬」から触発されたこんなコメントでした。

「みんなが頑張っているのに、うまくいかないんですよね」

 

このコメントが強く印象に残ったのには、2つの理由がありました。

 

1つには、それぞれが涙ぐましいほどに頑張っているのに、その結果が実を結ばないという残念さがあり、しかも、そこかしこでおきている事象だったからです。

 

もう1つは、このコメントに対しての田中先生のフィードバックが衝撃的だったからです。

「みんなが頑張ってるのにうまくいかないんじゃなくて、みんなが頑張るからうまくいかないんですよ

 

えーーーーーーー!

頑張ってるけどたまたま運悪くうまくいかないわけではなくて、うまくいかない必然に至るために頑張っている。それは、あまりにも切なすぎます。

 

では、一体どうすればいいのか。。。簡単に答えが出るわけもなく、勉強会は答えを教えてもらう場でもなく。打ちのめされたような感覚を覚えたまま、勉強会は2次会モードに移行して、深夜まで楽しく語らいあって、お開きとなりました。

 

「みんなが頑張っているのにうまくいかない」のは、なぜか?

勉強会の翌日からは、「合成の誤謬」が頭から離れず、散歩中に無意識のうちに「合成の誤謬」について考えていました。とりわけ、「みんなが頑張っているのにうまくいかない」事象について、なぜそうなるのかを考えることの歯止めがききませんでした。

 

ある日、日課の散歩をしている時に、はたと気がつきました。田中先生から提供された3つの話題「合成の誤謬」「ラチェット効果」「魔女狩り」は、バラバラなものではなく、3つが相まって負のスパイラルを回していることに。

 

みんなが頑張るからうまくいかない負のスパイラル

テクノロジーの進歩と「誰かのせいにしたい」という人間の本能(魔女狩りの本質)によって、管理が強まります。

 

管理が強化される中で、「頑張らねば」と己を奮い立たせてみんなが頑張ります。その結果は実を結ばず、うまくいきません。これが合成の誤謬

 

管理をしてもうまくいかないけれども、一度強めてしまった管理の歯止めはきかず、時にはますます管理が強まります。これがラチェット効果。

 

田中先生がなぜこの3つの話題を同時に勉強会で提供してくれたのかがわかりました。特に、「魔女狩り」は異質で関連性のないように感じていましたが、決してそうではありませんでした。

 

2つの本能

「みんなが頑張っているのにうまくいかない」のはなぜかがわかると、切ない現実を前になおさらに悲しくなりました。強固なシステムとして駆動している現実をただ受け入れるしかないのかと。

 

考える切り口は変わっても、散歩をしながら考える日々が続きました。ある時、唐突に思い出したことがありました。かれこれ10年ほど前のことだと思います。野中郁次郎先生の講義を受ける貴重な機会を得た時に聞いた言葉です。

「Unleash! 人間は、自分の思いに向かって無限に自分の能力をいかそうとする存在である」

 

この言葉を思い出したことで、視界が開けた気がしました。

2つの本能

「誰かのせいにしたい」というのが人間の本能である一方で、「誰かのためになりたい」というのも人間の本能ではないだろうか。一人の中に、相反する2つの本能が矛盾なく共存しているのが人間である。そう思えたのです。

 

「誰かのためになりたい」という人間の本能を前提にすれば、違った展開が見えてくる気がしました。

 

解放の真理

違った展開とは、こうです。

 

解放の真理

「誰かのためになりたい」という人間の本能を信じて、管理から解放します。

 

管理から解放されると、みんなが「誰かのために」と楽しみながら持てる力を発揮します。その結果が実を結び、ことはうまく運ぶというわけです。

 

名前がつくほどの強い現象である「ラチェット効果」に抗って、これまでの管理から解放するなど馬鹿げていると思うかもしれません。が、長期的な成果を望むのならば、管理から解放することが唯一の解だろうと思います。

 

不合理に思える「合成の誤謬」がこの世の現実であるように、「解放の真理」もこの世の現実である事象を見てきましたから。

 

書けないと思った勉強会ブログを書けたわけ

孫子女子勉強会は、こんなに奥深い内容を学ぶ勉強会でありながら、ゆるいスタイルの勉強会です。20:30の開始から2時間ほどは田中先生から提供された話題を中心に、それ以降は自由におしゃべりする形で、たいていの回の終了時刻は日付を超えています。

 

出席が義務ではありませんから、欠席する場合に謝る必要はありません。申し訳ない気持ちよりも悔しい気持ちになるのが欠席者の心理です。途中退出も自由なら、途中参加も自由です。そろそろ日付が変わりそうな時間になってから参加する人もいるぐらいです。

 

先生から指名されて答えを求められることもありませんし、発言には何の制約もありません。誰かが議事録をとるようなこともありません。当然、このブログも私が好き勝手に書いているもので、誰かから依頼されたり、締切を設けられたりすることもありません。

 

要するに、誰も管理をしていないし、誰も管理されていない状態で孫子女子勉強会は運営されています。唯一の管理事項は、次回の日時を決めてアナウンスすることだけです。

 

勉強会が終わった直後の時点では、今回の勉強会ブログは書けそうにないからスキップしようと思っていました。ところがです。誰にも要請されていないのに、勝手に考えてしまうのです。それは私だけではありませんでした。みんながそれぞれに、勉強会での話題を受け取って考えてしまったそうです。田中先生は「考えなさい」とは一言も言っていないのに。

 

ああ苦しい、期限までに考えをまとめて書かなくちゃなどと、義務感にかられて考えているのではありません。気がついたら考えてしまっているのです。そうしているうちに、不意に、混沌の中から立ち上がる秩序が見えてくることがあります。その瞬間が楽しくて、ついつい考えてしまうのです。

 

その結果、今回は書けないからスキップしようと思っていたにも関わらず、結局、書けてしまったというわけです。このからくりは何かというと、孫子女子勉強会ではすっかりおなじみになった「Bモード(=面白がるモード)」になっていたからに他なりません。

 

管理から解放された勉強会で、田中先生から提供される未知なる話題と、勉強会仲間から発せられる自由なコメントから、自然と「Bモード」になっていたのです。かくして解放されると、書けないと思っていたブログも書けてしまうのが「解放の真理」です。

 

最後におまけです。

野中先生のお話は、ところどころに英語が混じることもあり、腹落ちするまでに理解することが難しいことがよくあります。今回のことで思い出した言葉も、それを聞いた時には、ぼんやりとした理解しかできていませんでした。が、10年経った今、はっきりとわかりました。

Bモードになれ!それで万事OK