2つの井戸端力

5月の孫子女子勉強会は、この場の新しい価値が発見できた回でした。終わった後に何人もが「胸がキュッとなりました」と感想をもらしたように、心あたたまる回でもありました。

 

2つのお祝い

 5月の孫子女子勉強会ももちろん完全オンラインで開催されました。貸し切り新幹線の移動中からも参加者がいて、そういう形の参加ができるのもオンラインのメリットです。

 

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 汗ばむ季節になって、ほとんどの人が自宅から参加するため、飲み物を傍らにおいて参加するのは言わずもがなです。にもかかわらず、共有されたスライドの表紙に、わざわざ「お手元にお酒をご用意の上、ご参加ください」と書かれていたのには理由がありました。

 

 この日は、2つのお祝いごとの共有から始まりました。

 

 1つ目は、田中先生と孫子女子仲間の大加瀬さんが共訳したうさぎちゃんが主人公の絵本「おかねをつかう!」「おかねをかせぐ!」の増刷が決まったことです。現在、amazonでは在庫切れになるほどの売れ行きで、出版社の担当者もこんなに売れたのは初めてと驚いているそうです。

 

 次々に新刊本が出版される現在において、本屋の平積み置き場は常に入れ替えが行われ、新刊本が人の目に触れる機会が少ない中で、重版される本をつくることがいかにすごいことであるかを数々の書籍を執筆してきた作家の田中先生は熱く語りました。さらに、絵本にいたっては、営業は基本的には小学校をまわっているだけで本屋には営業をかけないという話を聞けば、今回の重版がいかにすごいことかを全員が理解しました。

 

 2つ目は、孫子女子仲間の一人が大きな決断を経て、長年勤めた会社を卒業して新たな一歩を踏み出したことです。迷いもあったでしょうし、新たな環境でのとまどいもあるでしょうが、自分で決めて新しい道を歩み始めた仲間にあたたかいエールが送られました。

 

 かつて外資系企業に勤務していた田中先生がその会社を辞めると伝えた時の日本人同僚と仲が悪かった外国人同僚の対応が対照的だったそうです。

日本人同僚: 

コソコソと「次はどうするんだ?

 

外国人同僚:

背中をバチンと叩きながら「Congratulation!」

 

 これまでのいきさつは横において、「俺もいつか辞めるから、またどこかで会おうぜ」という外国人の祝福の仕方に田中先生は爽やかさを感じたそうです。

 

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 というわけで、2つの嬉しい出来事を祝して、画面越しではありますが、それぞれが手にグラスをもって祝杯をあげました。田中先生は新しいボトルを開けての乾杯でした。

 

 

風林火山雷霆

 いい気分になったところで、今回とりあげる孫子の兵法の一説が紹介されました。

 

「故に其の疾きこと風の如く、其の徐かなること林の如く、掠すること火の如く、動かざること山の如く、知りがたきこと陰の如く、動くこと雷霆如し」

 

 武田信玄が掲げた旗に書かれた「風林火山」の元ネタは孫子の兵法であり、4文字の後には「陰」と「雷霆」が続いていたのです。

 

 風林火山は、やる時はやり、寝る時は寝て、メリハリをつけて臨機応変に対応することの大切さを説いています。

 

 「知りがたきこと陰の如く」は、わかりやすく動かず、謎の部分をもつことを意味します。「動くこと雷霆如し」は、やると決めたら早くやることを意味します。

 

 例えば、Zoomで講師をする、UberEatsをはじめましたなど、わかりやすく動いてしまうと商売人の格が下がることに注意が必要と田中先生は指摘します。

 

同心円的発想の学び

 では、どうすべきかについて、田中先生の新しいアイデアが紹介されます。名付けて同心円的発想です。

 

 田中先生は学びの広げ方を同心円的発想という切り口でとらえ、それには2種類あると考えています。

 

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 ひとつは内側から外側に広げていく学びです。概して女性に多い学びの広げ方です。核は小さくても、自分の興味関心に従って、徐々に学びの領域を広げていく学び方です。自分の興味関心に従ってと言えば、孫子女子勉強会ではおなじみのBの学びです。

 

 田中先生自身が、今、会計・ビジネスという核を中心に、会計の歴史を辿ろうとして、簿記が始まった16世紀のイタリアを調べたところから、世界史や絵画の歴史へと学びが広がっていったと言います。

 

 「会計の世界史」が大ヒットした田中先生は、てっきり世界史が好きだったに違いないと思っていたのですが、この日、「世界史は一番嫌いな科目だった」という衝撃の事実が発覚しました。

 

 会計を歴史から見直す中で、あらためて世界史を勉強し直した結果、世界史が面白くなったそうです。何かを学ぶには人それぞれのタイミングがあり、自分が面白いと思った時に学べばいいのだと気づかされます。言い換えれば、学びに終わりはなく、訪れたタイミングを逃さず生涯をかけて学びは続くことでもあります。

 

 もうひとつは外側から内側に向かって間を埋めていく学びです。例えば、いきなり海外のMBAに行くような学び方で、概して男性に多い学び方と言えます。

 

 田中先生は、日本史の勉強法に例えて説明してくれました。日本史の教科書は古代の縄文・弥生時代から始まります。真面目な人は教科書に沿って勉強を始めますが、途中で挫折します。これではいけないと気を取り直して、また縄文時代から始めます。またしても挫折して、気持ちを入れ換えて、これを何度か繰り返しているうちに本番の試験の日がやってきてしまうというのがよくあるパターンです。田中先生は、これを縄文弥生シンドロームと呼びました。一度聞いたら忘れないようなドンピシャリのネーミングです。

 

 実際、試験に出るのはどこかというと、近代・現代が7割です。つまり、縄文弥生シンドロームの学び方ではせっかく学んでも試験に対応するのが難しいのです。現代から遠いところから学ぶよりは、出題されるところから勉強すればいいと思うのですが、そうではない人が多いのが現実です。

 

 日本史の勉強しかり、会計の勉強しかり、現実や人生に関係しないことを熱心に勉強して合格を手に入れます。自分の内側にある面白いことや楽しいことを切り捨てて、自分の外側にあることを一生懸命勉強します。合格するのは修行僧だけと、田中先生らしい表現が飛び出します。

 

 田中先生は、自分を会計士界の西行と言い、自分は面白いところから勉強することしかできないと断言しました。

 

 今、このコロナ禍の状況の中で、限界を感じた時にどこに向かって一歩踏み出せばいいかは、自分の外側に解決策を求めるのではなく、何をやったら自分が一心不乱にできるのかと自分の内側に目を向けることの大切さを教えてくれました。

 

2つの井戸端力

 4月に開催された勉強会では「井戸端力」というキーワードが提示されました。4月の勉強会後、私達は井戸端会議よろしく、Facebookグループにそれぞれが面白いと思うことを次から次へと書き重ねる井戸端力を爆発させて、元気をチャージしました。

 

 4月の勉強会から1ヶ月が経ちましたが、5月になっても緊急事態宣言は解除されず、自粛期間が長期化する中で、勉強会仲間はそれぞれにしんどさを抱えていました。一人ひとりが、自分の辛さを弱音も交えてぽつりぽつりと語りました。画面越しで伝わらないかもしれないことを承知の上で、誰もがうんうんとうなづいて、辛い気持ちに心を寄せました。あたたかい空気に包まれた場所にいるような感覚でした。

 

 孫子女子勉強会は、長い時間をかけて安全安心な場をつくりあげ、その中で学びを深めてきました。こうしてできた孫子女子勉強会は、安心して弱さをさらしあえる場でもありました。この日、私達はもうひとつの井戸端力を発揮したのです。仲間のお祝い事を心から喜んだり、辛さや弱さを自分一人で抱え込まずに言葉し、それを受けとめるのは、もうひとつの井戸端力だと思うのです。その井戸端力に救われて、また一歩を踏み出す勇気をもらえるのです。

 

智者の慮は必ず利害に雑う

利に雑えて、而して務め信ぶべきなり

害に雑えて、而して患い解くべきなり」

 

 悪い時にはいい面を見ようという孫子の教えの通り、コロナ禍の渦中だからこそ、孫子女子勉強会の今まで気づかなかった価値に気づくことができました。私達は学ぶ仲間を得ただけではなく、喜びを分かち合い、安心して自分の弱さをさらせる場をも得ていたのです。この場があれば、時代の大きな転換点にいても、怯むことなく進んでいけると勇気をもらえた回でした。