勇気の世界史 ⑥なぜフランスパンとイギリス食パンはあの形なのか

f:id:n-iwayama:20200425223838j:plain

 

「勇気の世界史」第6回はこれまでとはガラリと雰囲気が変わって、食とお酒が中心のお話でした。とはいえ、田中先生のお話ですから、ひと味違う角度からのお話になったことはご想像の通りです。

 

 

レジリエンス孫子の兵法

 今回のお話は、田中先生が大好きな軍事戦略論の中でも別格と賞賛する「孫子の兵法」の2説を紹介するところから始まりました。

 

「兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり」 

 人間は死んだら生き返らない。国は滅んだら復活は簡単にできない。したがって、勝つことよりも負けないことが大事であり、ズルをしてでも生き残れというのが孫子の教えです。

 

「およそ軍は高きを好みて下きを悪み、陽を貴びて陰を賤しむ」

 高いところの方が下に向かうエネルギーを利用できて陽当りもよいが、じめじめする低地は健康に悪いの意です。

 

 孫子の兵法はレジリエンス(=生き延びる力)を説いた書とも言えるのです。そして、その中には、健康についても言及しており、レジリエンスを高めるには健康であることが欠かせないというわけです。健康には食事が大きく関わることから、今回は食をテーマにしたという流れでした。

 

大きな変化が起こったとき

 ふむふむ、ここからいよいよ食の話になるのかなと思ったところで出されたスライドがこれでした。

 

f:id:n-iwayama:20200425223921p:plain

 

 どういう話のつながり?と私達が戸惑ったのも無理はありません。なぜなら、田中先生自身がこのスライドを見て、

「あ、道筋を忘れた。なんでこのスライド持ってきたんだっけ?」

と言ったのですから。

 

 田中先生のお話の面白さは、どうつながるのかと思うようなもの同士の間にある思いもかけない関係を見事につないでくれるところにあり、ここでこの話をしておかないと後でつなげられないというストーリー展開がよくあります。今回もどうやらそのパターンだったようです。

 

 なんとか無事に田中先生の中でストーリーが蘇り、話が進み始めました。

 

 産業革命のような大きな変化がおこった時には、少数の成功者が出てきます。成功者とその違いを示したのがこのスライドでした。

 

 ラッダイト運動はご存知の方も多いと思いますが、産業革命で突如として現れた新技術にのれずに、新しい工場へ機械を打ち壊しに行った人達がいたのです。

 

 一方で、いち早く新しいものに飛びつく人達がいました。農具を捨てて工場に働きに行くも、平均寿命は15歳となるような劣悪な環境の中で働くことになったのです。

 

 大変化に遅れて行ってもダメ、先走りもダメ、その中間をとればいいかというとそれもダメ。歴史を見ると、大変化の時に成功する人はワンテンポ遅れて行く人です。そんな成功者の例として2人の人物が紹介されました。

 

 1人目はリーランド・スタンフォードで、あのスタンフォード大学の創設者です。1848年にアメリカ合衆国カルフォルニア州でゴールドラッシュがおきた頃、アメリカ東部で弁護士をしていたスタンフォードの事務所が火事になり、スタンフォードは兄を頼って西に渡ります。そこで金を掘っていった人達を相手に、金掘りに必要な道具を売る商売を始めて大成功をおさめました。

 

 2人目はユダヤ系ドイツ人のリーヴァイ・ストラウスです。言うまでもなく、あのジーンズメーカーの創業者です。ゴールドラッシュで集まった金の鉱山労働者のズボンがボロボロなのを見て、丈夫なジーンズを製作して販売しました。

 

 2人の共通点は、自分たちでは金を掘らずに、金掘りに集まってきた人達を相手に違う角度からビジネスをしたことです。

 

 今で言うなら、コロナによる自粛のため急増したZoom利用者に向けてZoom講座をするようなものです。けれども、それではやり方が古くて芸がないと、田中先生はバッサリと切り捨てます。「自分ならどうするか?」という問いを投げかけた後に紹介されたのがこの言葉です。

 

新しい酒を古い革袋へ

 

 そして、田中先生はこの言葉をこう解説しました。

 

「古い表現(古い革袋)を新しいエッセンス(新しい酒)で表現するんです。新旧の融合から、すでにあるものを再定義するんです」

 

 ベストセラーとなった田中先生の著書「会計の世界史」もこの発想から生まれました。「会計」という使い古されたコンテンツを歴史という新しいエッセンスで表現したものです。しかも、それまでの歴史はあるひとつの国に限定して切り取られたものであることに気づき、通史を語る中でところどころに会計を散りばめるオリジナルな方法をとりました。そうして出来上がったのが、歴史も会計も嫌いな人でも楽しめる知的エンターテイメント書籍です。

 

ワインのお話

 今回も歴史からの学びが深いと気分が盛り上がったところで、次に出されたスライドがこれです。

 

f:id:n-iwayama:20200425224317p:plain

 

 先のラッダイト運動とリーランドスタンフォードやリーヴァイ・ストラウスのスライドの次が「最後の晩餐」の写真スライドという話の展開ができる人は田中先生以外にはそういないでしょう。参加できなかった人が資料スライドだけを見てもチンプンカンプンなのが田中先生の話の特徴と言っても過言ではないでしょう。スライド的には脈絡がないように見えても、話を聞いていると、何の違和感もなく聞けるのが摩訶不思議なところです。

 

 最後の晩餐のスライドは、イエス

「私の体はパンでできている。私の血はワインでできている」

と言ったように、ヨーロッパはパンとワインの国といわれる所以を示すために出されたものです。

 

 ここからフランスのワインの話へと進んでいきます。フランスはシャンパン発祥の地です。田中先生は、2月にヨーロッパ取材旅行に行った際、シャンパンのまちとして知られるランスを訪れたそうです。

 

f:id:n-iwayama:20200425224507j:plain

 

 ランスは、5世紀にフランス国王がランス・ノートルダム大聖堂戴冠式を行い、この地のワインを飲んだという由緒ある地でもあります。

 

 ランス生まれのドン・ペリニヨンシャンパン(発泡性ワイン)をつくりました。ドンは修道院の人を意味します。なぜ、修道士がワインをつくったかというと、カトリック教会がワインの利権を握っていたためです。

 

 シャンパンはできたのですが、瓶詰めができずに商品化ができないという壁にぶち当たります。これを解決したのがイギリス人がつくった強度の強いガラス瓶でした。強化ガラス瓶にシャンパンを瓶詰めしてコルクで蓋をすると発泡したまま保存ができるようになり、シャンパンはビジネス的成功をおさめたのです。

 

「ランス・ノートルダム寺院には2時間も滞在してしまったほどにシャガールのステンドグラスは素晴らしく、シャンパンのにおいがするランスは夢のようなまち」

田中先生はランスに思いを馳せるように語って、ワインの話はおしまいになりました。

 

パンのお話

 ワインの次は、イエスの体ができているパンへと話は進みます。

 

 パンの語源はラテン語のpanis。ちなみに、カンパニーはCom(一緒に)とpanisが結合したもので、パンを分かち合う人という意味です。コンパニオンはComとpanisとanが結合したもので、同じく一緒にパンを食べる仲間たちという意味です。

 

外資系の人達がメールで『あなたは僕のコンパニオンだから』と書くのですが、日本でそう書くと問題になるのでとめてあげてください。

 

講演でもこういう話は受けるんですよね。こういう話をずっとしていたんですよねえ」

 

 それはそれは嬉しそうに話す田中先生を見ていると、これはまぎれもない本心からの言葉だろうとわかります。

 

 パンの語源の次は、ヨーロッパでのパンの位置づけです。ヨーロッパではパン屋の規制が厳しく、許認可制がとられていました。

 

 そして、いよいよ今回のタイトルにもなっている、フランスパンとイギリス食パンの形の謎に迫っていきます。

 

f:id:n-iwayama:20200425224732p:plain

 

 まずはフランスパンからです。バゲットの形には2つの説があります。1つ目は、ナポレオンの時代に、軍人が馬にのっても持ちやすい形にするためにバゲットの形になった説です。2つ目は、第一次大戦後の労働改正法で、朝4時までは働いてはいけないとなったため、工程が簡単で焼きやすい形としてバゲットの形になった説です。

 

f:id:n-iwayama:20200425224832p:plain


 次はイギリス食パンの形です。産業革命前に石炭を発見したイギリス人は、一度にたくさん作れるようにと正方形のブリキを並べてパンを焼きました。蓋のない鋳型で焼いたパンは上が膨らんで山形食パンができました。

 

 バゲットも山形食パンも何十年も見てきたのに、どうしてあの形なのかなんて考えたこともありませんでした。次にバゲットや山形食パンを見る時には、その向こう側にその形が生まれた歴史が見えるような気がします。

 

「調べていくと、ヨーロッパは酒とパンの歴史の国だとわかります。語りだすと止まりません」

と、まだまだ話し足りなさそうではありましたが、ここで田中先生の話は終わりになりました。

 

 今回も前回に続いて、5分休憩は岩倉さんがピアノ生演奏を披露してくれました。田中先生の話に合わせて、曲目は「酒とバラの日々」という素敵な演出でした。

 

愉しみながら免疫力を高めよう

 今回のゲスト講師は、管理栄養士の冨士原伴子さん。外出自粛で家で食事をする回数が増えていると同時に、コロナ不安から免疫力を高めることへの関心が高まっている今にピッタリなテーマでした。

 

「食事はエサではありません」

 柔らかな冨士原さんの語り口から、ドキリとする言葉が飛び出しました。食事の時間になったから食べる、栄養をつけるために食べる、食事がそんな義務的な行為になっていなかったかとハッとさせられました。

 

「これを食べると免疫力がアップする食物はありませんが、これが足りないと免疫力が下がる食物はあります。それはタンパク質です。

と、免疫力と食物の関係について教えてくれました。免疫力を上げる方法はなくても下げない方法を教えてくれるのは、孫子の兵法に似ているなと思いながらメモを走らせました。

 

「食べる人を思って、テーブルクロスやナプキン、食器を選ぶことで、楽しい食事の時間をつくってください」

これが冨士原さんからのメッセージでした。

 

新しい酒を古い革袋へ

 「勇気の世界史」オンラインセミナーには、その参加者が交流するFacebookグループ「フリーランス塾と勇気な世界の仲間たち」があります。毎回、セミナーが終わった後は、Facebookグループにセミナー後の感想が飛び交います。

 

 今回のセミナーが終わった後、「パンが食べたくなりました」というコメントがいくつも並びました。それを見て、私は不思議な感じがしました。確かに、今回のセミナーでパンの話題がありました。が、話があったのは、パンがなぜあの形になったかであって、パンがなぜ美味しいかや、こんな風に美味しいという話は全くなかったからです。

 

 このことがしばらくずっと引っかかっていましたが、その理由を知るヒントもちゃんとお話の中にありました。田中先生はこう言いました。

 

「古い表現(古い革袋)を新しいエッセンス(新しい酒)で表現するんです。新旧の融合から、すでにあるものを再定義するんです

 

 これは、すでにあるものに新しい意味を与えて、新しい価値を作り出すことを意味します。今回の例で言うと、パンにその形の歴史的な意味を与えて、パンの新しい価値を作り出したということです。もっと言うと、パンに新しい物語を付け加えたということです。私が、パンの話を聞いた後に、パンの見方が変わった気がしたのは、こういう理由によるものだったのです。

 

「おいしいものを食べるのと、おいしくものを食べるのは違う」

 これは、宗教評論家のひろさちやさんの言葉です。その背景にある物語を知ると、おいしく食べられるようになるという田中先生の深い洞察にもとづいた戦略に、私達はまんまと乗ってしまったわけです。

 

 そもそも「古い革袋に新しい酒を」は、新しい内容を古い形式に盛り込むと、内容も形式もともに生きずによくないという意味で使われることわざです。

 

 田中先生は、この言葉を人と同じように解釈するのでは芸がないとして、この古い言葉に独自解釈の新しい意味をつけました。他の言葉ではなく、この言葉を選んで独自解釈をするところに田中先生のセンスを感じずにはいられません。あー、また今回も田中先生に見事にしてやられました。