勇気の世界史 ⑤産業革命、不幸と幸せの分かれ道

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イタリア、オランダ、フランスと巡ってきた「勇気の世界史」の5回目はイギリス編。イギリスでおこった産業革命の影の部分にもスポットライトを当て、変化がおこる世界の様相を鋭く掘り下げていきました。

 

 

Zoomの壁紙のルーツはゴッホにあり?

 嵐のような天候の土曜の昼下がりに始まった「勇気の世界史」第5回は、田中先生のこんなお話から始まりました。

 

「みなさんもすっかりZoomにこなれてきたようですね。背景の雑然さが消えて、しゃれた壁紙を使っている人が増えましたね。

 

ゴッホが描いた『タンギー爺さん』の肖像画の背景には浮世絵が描かれているんですが、調べてみたら、画商を営んでいたタンギー爺さんの店では浮世絵は扱っていなかったんですね。それなのにゴッホは背景に浮世絵を描いたんです。これは言ってみればZoomの壁紙のようなもので、空想の背景画を使うことをとっくにゴッホはやってたんですね」

 

 その時は「へえ~」と軽く聞き流したこのお話、実はとんでもなく深い示唆を含んでいたことに気がついたのはブログの構成を考えていた時でした。それが何かについてはこのブログの最後にまとめます。

 

産業革命前のイギリス

 枕のようなゴッホの話の後は、今回の舞台となるイギリスの話題が始まりますが、テーマである産業革命の話題にいきなり入っていかないのは今回も変わらずです。

 

「ヨーロッパ人はほとんど知っているんですが、日本ではあまり知られていないグランドツアーというものがイギリスにあったんですね。イギリスのぼんぼんの修学旅行のようなものです。

 

基本形はイギリスから海を渡ってフランスに入り、イタリアに行きます。ミラノ・フィレンツェを訪問し、最後の終着地がベネチアでした。

 

ここで疑問なのが、なぜイギリス人がイタリアに旅行に行ったのか?です。イタリア人はイギリスには行ってないんです」

 

 イギリス人がイタリアに旅行に行ったのにはもちろん理由がありました。その理由は、産業革命前の経済・文化の状況を知ることで見えてきます。グランドツアーが行われていた17~18世紀は、ヨーロッパで芸術文化の中心は南にありました。イギリス人は子どもに芸術文化に触れされるためにグランドツアーに行かせたのです。今で言うと、アメリカのMBAスクールに行かせるようなものです。

 

 グランドツアーの話題の流れから提示された、この回1枚目の絵画がカナレットの「大運河とレガッタ」でした。カナレットはグランドツアーの最終地であるベネチア出身の画家です。

 

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「グランドツアーのお土産は最終地のベネチアで買ったんですね。お土産に何を買ったかというと、ベネチアの風景画だったんですね。これは私がロンドンナショナル・ギャラリーに行った時に撮影したカナレットの『大運河とレガッタ』です。

 

イタリア人であるカナレットの絵画はロンドンに沢山あるのにイタリアにはないんですね。疑問に思って調べたところ、グランドツアーに行き当たったんです

 

 グランドツアーの様子からわかるのは、産業革命前のイギリスはヨーロッパ南国の文化に憧れるイケてない北の小国だったということです。

 

 「勇気の世界史」で学ぶ歴史は初めて知ることの連続です。いかに世界のことを知らなかったことかと、毎回、目が覚める思いです。

 

 

産業革命の光と影

 産業革命がおこる前のイギリスの状況が理解できたところで、いよいよ今回のメインテーマである産業革命へと話は続いていきます。

 

産業革命の光

 イギリスで産業革命がおこるきっかけになったのは木材不足です。当時の木材は、船の材料として、また火をおこすエネルギーとして、非常に重要な位置づけにありました。面積が小さく、木材が育ちにくい環境にあったイギリスは、木材不足によって大ピンチに陥ります。なんとしてもこのピンチを切り抜けなければという圧力から黒ダイヤとも呼ばれる石炭を発見するに至ります。

 

 石炭の発見は新たな問題を出現させます。炭鉱を掘ると出てくる水問題です。水を汲み出すポンプの必要性から機械式ポンプが作られ、ポンプを動かす動力に蒸気の力を利用できないかという試行錯誤の集積の上に、ジェームス・ワットがスチームエンジンを発明するに至りました。

 

 炭鉱で使われていた蒸気機関が一般化し、蒸気機関車のみならず、毛織物や繊維の生産機械へと適用範囲が広がり、大量生産の形ができました。

 

雨、蒸気、速度ーーグレート・ウェスタン鉄道

 産業革命期の解説の後に紹介されたのが、産業革命時代を生きたイギリスの画家ターナーの「雨、蒸気、速度ーーグレート・ウェスタン鉄道」です。グレート・ウェスタン鉄道はロンドンとパディントンを結ぶ初期の有名な鉄道です。

 

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ターナーはカメラの登場によって画風を再考して、カメラでは捉えられない表現をしようとしたんですね。光や大気など、目に見えないもの、見えるぎりぎりのものを描こうとしました。

 

左下に川の上に浮かぶ小舟が見えますが、蒸気機関車との新旧の対比を表しているんですね。時間軸を1枚の絵に入れたわけです。

 

機関車の前には野うさぎがいます。現物を見るためにナショナル・ギャラリーに行って、額を絵にくっつけるようにしてこの絵を見ました。確かに野うさぎがいました。私の解釈では、野うさぎは人間の比喩だと思うんです。蒸気機関によって人間は本当に幸せになれるのかを問いかけているように思うんです。物語を絵に入れたんです」

 

 ここでターナーの絵の話がはさまれたのは、音楽で表すならば、産業革命の進展の話でクレッシェンドしてきたところで、急にピアニッシモになったかのようでした。

 

産業革命の影

 ここから、いよいよ、一般には語られることの少ない産業革命の影の部分に迫っていきます。

 

 鉄道を運営するためには、蒸気機関車だけでなく組織管理が必要になります。鉄道会社は役割分担組織をつくりました。

 

 ここで田中先生から「世界で最初の蒸気機関車が走った街であるリヴァプール労働者階級の平均寿命は?」というクイズが出されます。

 

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 正解は③の15歳です。ちなみに、①の35歳は上流階級の、②の22歳は一般階級の平均寿命でした。労働者階級の平均寿命は上流階級の半分以下だったわけです。

 

 労働者階級の平均寿命の短さの理由は、大気や水などの環境が悪かったことや機械を中心として人間は交代勤務制で働いていたことが考えられます。農場から職を求めてやってきた夫婦が泣いてぐずる乳児に安酒のジンを飲ませて眠らせたという話もあるぐらいに酷い環境で生活していたそうです。

 

 そんな当時の様子を垣間見ることができる絵が「ジン横丁」です。

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コロナ後の組織

 産業革命の光と影の両方を見てきた後に、その時代背景を受けた組織の変遷のスライドが提示されました。

 

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 田中先生は、いつ終わるともわからないコロナ禍が収束した後は、元の世界にもどるのではなく組織の形が変わるだろうと予想しています。それが何と呼ばれるのかはまだわかりませんが、おそらくは現在の株式会社のようなピラミッド組織ではなくネットワーク組織であり、組織運営を支えるのは軍隊的規律ではなく井戸端会議のようなにぎやかなコミュニケーションでつながるものになるだろうというのが田中先生の予想です。

 

 コロナ後の社会は大きく変わるだろうことは誰もがうすうす感じていることですが、次の組織の形がこうなるだろうと仮説を立てられるのは、歴史を深く学んだからに違いありません。歴史に学ぶことから見えてくるものがあるのです。

 

 組織形態の変化という環境の変化には心理的ストレスが伴いますが、そのストレス解消については、ゲスト講師の臨床心理カウンセラーの麻子さんへとバトンがつながれます。

 

優雅な中入り

 田中先生の熱い語りが終わった時にはすでに残り時間は10分になっていましたが、麻子さんにバトンが渡る前に休憩が入りました。今回の5分間休憩は、フリーランス塾生でもあり銀座の名店でピアニストとして活躍している岩倉さんの生演奏BGMが流れるという、なんとも趣向を凝らした中入りでした。

 

 ピアノ演奏が始まってすぐに、

「それではここで5分間の休憩に入ります。12時25分になりましたらお席にお戻りください」 

と、田中先生が声色を変えての館内放送ならぬZoom内放送を流したのも遊び心あふれる演出でした。

 

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 こんな素敵な中入りパターンはもっと早くの回にあってもよかったものの、なぜ、今回だったのかを考えてみると、やっぱりそこには理由がありました。この先におこる大きな環境変化に伴い、心理的ストレスが問題になる話があった後でのこのBGMです。心地良い音楽を聞くことはストレス解消になることを体験するためだったのだと思います。

 

変化を恐れず、コロナを恐れずレジリエンスアップ

 今回のゲスト講師はシカゴ在住のバイリンガル臨床心理カウンセラーの保市麻子さん。コロナ禍による大きな環境変化によるストレスをレジリエンスアップで乗り切る方法という、今まさに聞きたいお話をシカゴから届けてくれました。

 

 環境変化というストレスへの反応には2種類あり、ここには日米の違いはないといいます。

  1. 環境変化があっても、今、この瞬間に集中してマインドフルに生きる
  2. 変化の先のことばかり考えて不安になる

 

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 レジリエンスは「生き延びる力」のことで、レジリエンスを高めるには、まずは自分を大事にする心をもつことと教えてくれました。ここには日米の違いがあるそうで、アメリカ人はセフルケアの時間を十分にとるのに対して、日本人は自分のことよりも仕事のプライオリティを高くする傾向があるそうです。

 

 麻子さんのノリノリの明るい表情と元気いっぱいの声を聞いたことで、十分にレジリエンスアップできたと思います。

 

 Zoom画面越しに話を聞いていると、麻子さんがシカゴにいるという実感がわきにくいのですが、見慣れたパワーポイント画面のツールバー表示が英語なのを見て、米国からのご参加を実感したことを付け加えておきます。

 

歴史を学ぶとはどういうことか

 「勇気の世界史」は歴史に学んで勇気を手に入れるがコンセプトですが、今回は「歴史を学ぶとはどういうことか」のヒントが随所に散りばめられた回でもありました。

 

 ゴッホ作「タンギー爺さん」の絵については前回の第4回でもとりあげられ、背景に浮世絵が描かれていることも紹介されました。そこまでを知った後の行動が田中先生とそれ以外の人の分かれ道になりました。

 

 田中先生は、タンギー爺さんの肖像画の背景は本当にあったものを描いたのかと疑問をもち、タンギー爺さんの店で浮世絵を扱っていたのかを調べたのです。そして、扱っていなかったことがわかると、空想の背景としての浮世絵が何を意味するかを想像し、空想の背景画はZoomの壁紙と同じ意味をもつものだと類推したのです。

 

 カナレットの絵画への向き合い方も同じです。田中先生は、イタリア人であるカナレットの絵画がイタリアになくロンドンにあることに疑問をもち、その理由はどこにあるかを調べたのです。そこからグランドツアーのことを知り、ヨーロッパ南北の経済・文化の違いを知ったのです。

 

 田中先生の思考回路や行動回路を想像すると、オーストリア理論物理学者であるエルヴィン・シュレディンガーの言葉を思い出します。

大事なのは…まだ誰も見ていないものを見ることではなく、誰もが見ていることについて、誰も考えたことのないことを考えることだ。

 

 歴史を学ぶとは、過去の事実を知って、「へえ~」とただただ驚くだけで終わらせることではありません。過去の事実を知った後に、なぜを問うところから本当の歴史の学びが始まるのです。

 

 ターナーは写真にはできない表現をしようとして、絵の中に時間軸と物語を入れました。今回の「勇気の世界史」の構成は、ターナーの表現に学んだのではないかと思います。

 

 産業革命前のお話から始まり、産業革命後の影の部分をも浮かび上がらせ、最後にはコロナ後の予想までの長い時間軸が通っています。産業革命の技術進展の話をした後に、ターナーの絵を題材にしながら、技術の進展によって人間は幸せになれるのかの疑問を提示し、産業革命の影の部分をセンセーショナルに描き出しました。これを物語と言わずして何と言えるでしょうか。

 

 歴史的な事実を学ぶだけでなく、歴史の学び方や歴史から学んだことをどう活かすかまでが裏テーマとして仕込まれていたのです。深い!「勇気の世界史」は深すぎます。