楠木建先生の話はなぜ面白いのか

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ウィットに富んだ文章に魅せられて以来、いつかお話を聞いてみたいと思っていた楠木建先生の講演を聞きました。文章も面白いけれど、お話はそれよりもっとずっと面白く、帰宅して子どもに「面白かったわー」と興奮気味に伝えたものの、何が面白かったかと聞かれると「ウッ」とつまってしまいました。こうなると、楠木先生の話の面白さの理由を解き明かさずにはいられません。

 

 

プレゼンスタイル

講演会場には500名ほどが集まった状態で開演時間を迎えました。司会者が一橋大学大学院教授で専門は競争戦略と紹介すると、楠木先生はセーターにジーンズ、そしてスニーカーのいでたちで颯爽と舞台に現れました。

 

 第一声の「あけましておめでとうございます」が、私が初めて聞いた楠木先生の声でした。最近では、会ったことのない人でもウェブやSNSの発信でその人の言葉をあらじめ文字で読むことができるようになりました。なので、初めてライブでお会いする時にはまず声に注目します。楠木先生の声は低く、それでいてよく通る声で、その声色と響きにまず引き込まれました。思わず「わー、いい声!」と心の中でつぶやいた程です。

 

 講演の内容は、最近の楠木先生の持論である「好き嫌い」論を軸に、良し悪しと好き嫌いの違いから始まって、好き嫌いと戦略、好き嫌いと仕事、好き嫌いとキャリア、そして、スキルとセンスの違いまで。好き嫌い論で1本の軸を通しながら、「戦略」、「仕事」、「キャリア」と異なる次元の話題へあまりにも自然な流れで展開していき、一瞬たりとも飽きることなく時間を忘れて聞き入りました。

 

 スライドは、写真だけのページと大きなフォントで書かれた文字だけのページからなり、文字や囲み線は黒一色と極めてシンプル。あまりにもシンプル過ぎて、スライドのどこを見ればいいのかと迷うことは一切ありません。文字だけからなるスライドも、読むというより見るという感覚でした。

 

 楠木先生の話が文章にも増して面白かった理由は、内容ではなくプレゼンスタイルに秘密があるはずです。プレゼンの構成やスライドの作り方は、よくある「プレゼンスキル」の本に書かれている見本のようではありました。ですが、これだけだと、楠木先生の話の面白さの理由としては説得力に欠けます。なぜなら、他のプレゼンが上手い人との違いが言えないからです。楠木先生の話は、単にプレゼンが上手い人とは違う何かがありました。

 

面白さの理由はセンスにあり

楠木先生の話の面白さの理由を解く鍵は講演内容の中にありました。講演の中で、スキルとセンスの違いの話がありました。 

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 楠木先生の面白さはプレゼンスキルではないところにあるとしたら、それはセンスにあるとしかいいようがありません。すると、そのセンスはどのように表れていたのかが次なる問いになります。講演を聞いている最中に、楠木先生のプレゼンセンスは何かと考えながら聞いていたわけではありません。そんなことを考える余裕もなく、話に引き込まれていましたから。今、これを書きながら講演の様子を思い出してみると、センスが表れていた点が見えてきます。それは「テンポ」と「間」と「笑い」の3つです。

 

「テンポ」

 楠木先生の話す「テンポ」は程よく、内容がすーっと頭に入ってきます。早口で熱くまくし立てるように話す方もいますが、楠木先生の場合はゆっくりめのテンポで抑揚のない話し方が先生の声色とマッチして耳に心地よく入ってくるのです。

 

「間」

 スライドを切り替えるタイミングと話を始める「間」のとり方が絶妙です。スライドが切り替えられると、人はどうしてもスライドに目がいってしまいます。スライドの文字を読んでいると、話を聞くことに全力集中できません。スライドを切り替えた後、聴衆がスライドを理解する「間」をとった後に話が始まるので、スライドを見ることと話を聞くことのどちらもストレスなく行なえるのです。

 

「笑い」

 そして、決定的なのが「笑い」です。講演の内容はどちらかというと硬めの内容であったにも関わらず、ところどころで思わず笑ってしまう仕掛けがありました。1時間の講演を飽きることなく集中して聞き続けられたのは、ところどころに笑いの仕掛けがあり、そこで緊張をゆるめる時間をつくっていたからに違いありません。

 

 例えば、スキルの例としてロジカルシンキングを挙げ、スキルを育てるツールとして、スライド上にはロジカルシンキングの本の画像が貼られていました。「はじめて学ぶから不安だという方にはこんな本もあります」と話し、「はじめてのロジカルシンキング」のタイトルがついた本の画像がスライドに映し出されました。さらに、「学ぶ時間がないという方にはこんな本もあります」と続けて、「3分でわかるロジカルシンキング」のタイトルがついた本の画像がスライドに映し出されました。ここで会場に笑いがおこったことは言うまでもありません。舞台上の楠木先生は渋い声でいたって真面目に話しているので、それが余計に可笑しさを呼び起こしたのです。

 

スキルとセンスの違いは後味にあらわれる

 楠木先生の話の面白さはスキルではなくセンスにあるとわかりました。大学教授は難しいことは知っていても話はさほど面白くない場合が多いのですが、楠木先生にはセンスがあって話が面白いのはなぜか。この理由についても講演の中で語られた話から見えてきます。

 

 楠木先生は、ご自身の体験の中から好き嫌いを抽象化して、自分の仕事のコンセプトは「芸人」であると結論づけました。そして、芸人コンセプトの具体的な職業として、シンガーか研究者か個人タクシーを考えていたそうです。研究がしたくてなった大学教授と、自分は芸人であると認識して大学教授になった楠木先生に違いがあるのは明らかです。他人からは大学教授と見られていても、ご自身は芸人だと思っているわけですから。

 

 私は話を聞いた後に、プレゼンスキルがある人かプレゼンセンスがある人かを一発で見分けることができます。それは、聞き終わった後味に違いがあるからです。後味が「役に立った」と思った時はスキルがある人です。「この人の話を聞けて良かった」と思った時はセンスがある人です。楠木先生の講演会後に、「楠木先生の話を聞けて良かった」と思ったのは言うまでもありません。

 

 センスがある人の話を聞いた後は、またその人の話を聞きたいと思いますが、プレゼンスキルのある人の話は一度聞けば十分です。またその人の話を聞きたいと思うのは落語と同じで、まさに芸人と呼ぶにふさわしいでしょう。

 

 楠木先生のようなセンスを磨くために必要なのは、良し悪しでものごとを見るのではなく、自分の好き嫌いで見ることでしょう。そう言えば、楠木先生の第一声を聞いた時、私が思うべきだったのは「わー、いい声!」ではなく「わー、好きな声!」でした。かように私達は、好き嫌いで捉えればいいことをも良し悪しで捉えてしまうものなのです。

 

 これからは、何かを選ぶ時には、「どちらがいいか?」ではなく「どちらが好きか?」を自分に問いかけようと思います。好きなものを選び取っていった先にセンスが磨かれると思うからです。