パフォーマンスを上げる最強の方法

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慶應SDMの前野先生のFacebook投稿で、フローに入るメソッドを体験できる「フロー体験ワークショップ」が開催されると知って、直感的にピンときました。直感は大当たりで、想定外含めて多くの気づきが得られました。

 

 

フローの概念

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       フローについて説明する前野先生

 

はじめに、前野先生から、チクセントミハイ教授が提唱したフローの概念の紹介がありました。フローとは「タスクに集中し、時間や身体感覚がなくなるほど没入している状態」を言います。スポーツの分野ではゾーンと呼ばれたり、働き方の分野ではワークエンゲージメントと呼ばれたりします。

 

フローといってもその没入感には濃淡があり、集中力が増している小さなフロー状態から、完全没入の大きなフローまで色々あります。

 

チクセントミハイ教授はフローになる条件として下記3つをあげました。

(1)目標が明確である

(2)迅速なフィードバックがある

(3)スキルとタスクの難易度のバランスがとれている

 

特に(3)の条件の調整が重要であり、スキルに比べてタスクの難易度が低ければ退屈になり、反対にタスクの難易度が高ければストレスになります。退屈ゾーンにいるならば、難易度の高いタスクにチャレンジすることでフロー状態になれるし、不安ゾーンにいるならば、スキルをあげてタスクに取り組むことでフロー状態になれるとしています。

 

フロー体験エクササイズ

ここからは前野先生のもとでフローへの入り方を研究している針谷さんにバトンタッチになりました。針谷さんはこれまでに3回、フロー体験をしたことがあるそうです。

1回目のフロー体験は7歳の時。小学校の運動会のリレーで、2位でバトンを受け取った針谷さんは、あるコーナーを回ったところでそれまで聞こえていた応援の歓声が全く聞こえなくなったそうです。それから、自分の前にいる1位の選手が動きがスローモーションで見えて、自分はそれまでと同じスピードで走っているので追い越せると確信して実際に追い越したそうです。追い越した後は、聞こえなくなっていた歓声がまた聞こえるようになったそうです。

 

音が聞こえなくなるとか、スローモーションで見えるとか、7歳にして完全没入のフロー体験をされたことが針谷さんをフローの研究に導いたのでしょう。

 

f:id:n-iwayama:20181202231804j:plain        エクササイズについて説明する針谷さん

 

針谷さんのフロー体験の紹介の後は、今日のワークショップの流れの説明に移りました。7つのフローに入るエクササイズを行い、それぞれのエクササイズの後で2桁の足し算20問を時間を測って解き、答え合わせをするというのが大まかな流れでした。

 

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    フローへの入り方について書かれた本

 

7つのフロー体験エクササイズ

① 呼吸法 by 石川善樹さん

② シンクロジャンプ by 松葉健司さん

③ レジェンドブレス by 葛西紀明さん

④ 雑談 by 茂木健一郎さん

⑤ 呼吸法 by 室伏広治さん

⑥ 呼吸法 by パトリック・マキューンさん

⑦ コピー&シンクロ法 by 針谷さん

 

①~③、⑤~⑥は個人エクササイズで、指示通りに呼吸法等をやってみましたが、特にフロー的感覚の変化を感じることはありませんでした。

 

④と⑦は近くの人とペアを組んで行うエクササイズ。④の雑談エクササイズは、ペアを組んだ人と5分間何でもいいので雑談をするというもの。⑦のエクササイズは、はじめの1分は一方の身体の動きをコピーして同じ動きをし、次の1分は立場を交代、最後の1分はどちらがリードするわけでもないけれどもお互いにシンクロして同じ動きをするというもの。

 

たまたま私の前に座っていたのが、なんとあのオリンピックメダリストの田中ウルヴェ京さん!ということで、私は京さんとペアを組んでエクササイズを行うという幸運に恵まれたのです

 

⑦のエクササイズは身体を使ったもので、こんなポーズ、あんなポーズとお互い笑いながら楽しく取り組みました。最後の1分のシンクロエクササイズは、シンクロナイズドスイミングのプロフェッショナルである京さんとシンクロな動きをするというこの上ない光栄な機会でした。どちらがリードするというわけでもなく、なんとなくシンクロした動きになるのが不思議な感覚でした。身体を使うということもあって、フローとまではいかなくてもかなり夢中になって楽しめました。

 

⑦のエクササイズにも増して、夢中になったのが④の雑談エクササイズでした。お互いに挨拶をしてから、「何について話しましょうか?」と京さんが言ったので、私は間髪をいれずに「今日のテーマであるフローについて話しましょう」と提案しました。そこから、京さんのフローのお話を独り占めして聞くことになったわけです。

 

あえてフローに入らない

京さんの話しはじめの一言が衝撃的でした。

私はあえてフローに入らないようにしています

と京さんは言いました。

 

えっ、フローに入らないようにしている?この時、何の疑いもなく、フローに入ることはいいことで誰もがそれを望んでいるという前提をおいてしまっている自分に気がつきました。誰もそんなことは言っていなかったのに。この瞬間から、著名人とお話できてラッキーなどという気持ちはすっとんで、京さんが語る言葉にぐいぐいと引き込まれていきました。

 

18歳のオリンピック競技中にフローを体験しました。自分で身体を動かしているのではなく、身体が自然と動いている感覚でした。その時の評価は高かったです。でも、22歳のオリンピックの時にはあえてフローに入らないようにしました。ひとつひとつの演技を自分で丁寧に行いたかったからです。

 

私は

「フロー状態になると無意識的になると言ってましたよね。それは自分でコントロールしているという感覚とは違ってきますよね」

と相づちをうちました。

 

フロー状態でパフォーマンスが上がることよりも、自分の意識下で自分の納得のいく演技を行うことに価値をおく。超一流の思考は私達の想像を超えたところにありました。

 

その後は、フローへの入り方は画一的ではなくその人にあったものがあるのではないかなどと、フローに関するお話をあれこれしていたら、あっという間に5分が経ってしまいました。

 

パフォーマンス向上体験

そして、雑談を終えた後に、さらに京さんの驚異的な能力を知ることになったのでした。

 

ワークショップでは、フロー体験の効果測定のために、エクササイズ直後に20問からなる2桁の足し算の課題に取り組む必要がありました。私は与えられた課題として淡々とこなしました。①~④のエクササイズ後の計算に要した時間はどれも約50秒でした。

 

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        課題となった計算問題

 

久しぶりにこういう計算をやると計算の感覚忘れてるなあとか、計算遅くなったなあとか、使わないスキルは衰えるんだなあという、フロー体験とは全く関係のない感想が自分の中にわきあがりました。

 

そして、そもそもこの計算課題でフロー状態に入るということに無理があるのではないかという疑問がよぎりました。京さんとの雑談エクササイズ後の計算課題を終えた時、同じく課題を終えていた京さんに

「このタスクでフローに入るというのも難しいですよね」

と話しかけました。それに対して返ってきた答えが、

「私、この計算問題に楽しんで取り組んでいるの。1回目のタイムは1分28秒だったんだけど、今のタイムは39秒まで短縮したの♪」

だったのです。満面の笑みを浮かべながら。

 

ええっ!!!たった数回でタイムが6割以上も短縮された?!京さんの驚異的なパフォーマンス向上に、あえてフローに入らないと聞いたこと以上に衝撃を受けました。超一流のアスリートはその競技種目に対してのスキルが高いだけでなく、どんなことにも取り組む姿勢そのものが優れているのだと感動しました。

 

京さんの驚異的なパフォーマンス向上の話を聞いて、私の好奇心はおおいに刺激されました。5回目の計算課題に取り組む時、せっかくのこの時間を単にやらされ課題として取り組むのはもったいないと思考を転換し、課題に取り組む時間を楽しむことにしたら何がおこるかを試してみたくなりました。試してみることで何がおこるかと思うと、計算問題に取り組むことにワクワクした気持ちになり、実際、それ以前よりも明らかに夢中になって取り組めました。その結果、なんと28秒というタイムが出ました。京さんほどではありませんが、50秒から28秒ですから、約4割もタイムが縮まるという結果になったのです。これには私自身が驚きました。

 

4回目まで計算課題に取り組んだ際、決して、手を抜いていたわけではありません。でも、自分の全力は出し切っていなかったのでした。5回目はおそらく全力を出し切れたのだと思います。手抜きしているわけでなくても全力を出し切れない時があり、全力を出し切れる時とではこんなにもパフォーマンスは違ってくるものなのです。

 

パフォーマンスを上げる最強の方法

これほどのパフォーマンスの違いが出たからには、何が理由だったのかを明らかにしないわけにはいきません。そもそものフロー理論とあわせて、パフォーマンス向上へのアプローチを整理してみました。

 

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    タスクのパフォーマンス向上へのアプローチ

 

もともとのフロー理論では、タスクの難易度とスキルのバランスがとれているとタスクに没入するフロー状態になるというものです。ここでは、タスクに没入するとタスクのパフォーマンスは上がる前提で考えます。したがって、タスクのパフォーマンスを上げる問題は、いかにしてフロー状態に入るかという問題に置き換えられます。

 

フロー状態はタスクの難易度とスキルのバランスによるものなので、タスクの難易度かスキルを調整するとフロー状態に入れることになります。ところが、私たちが日々向き合う仕事や生活上のタスクでは、その難易度を調整するのはなかなか難しかったりします。また、スキルも一朝一夕には向上するものではありません。そうすると、現実問題としてフロー状態に入ることは難しくなります。

 

そこで、タスクやスキルとは関係なくフロー状態に入る方法を使うことが考えられます。今回のフロー体験ワークショップでは、針谷さんが編み出したメソッドを含めて、フローに入るメソッドを体験するものでした。が、体験してみた実感としては、どのメソッドでもフロー状態に入ることはなかなかに難しいということでした。京さんとペアワークを行った④と⑦は、そのエクササイズそのものに夢中になれた感覚はありました。これをフローと呼べなくもありません。けれども、その状態がその後に行う計算問題を解くというタスクを行う時にも続いているかというと、決してそんなことはありませんでした。異なるタスクに切り替わった途端に、夢中になれた感覚は消えていました。

 

京さんの驚異的なパフォーマンス向上のお話を聞いた後、計算問題のタスクの難易度も私のスキルも全く調整していないにも関わらず、私もパフォーマンスが明らかに上がる体験をしたということは、私がフロー状態になったからと仮定をおくことができます。では、なぜフロー状態になったかと言うと、取り組むタスクにお試しの要素を自分で追加したからです。私の場合は、京さんに触発されて、課題を楽しんでみるというお試し要素を追加しました。人間は試したことの結果を知りたくなるものです。結果に関心が向くということは、そのプロセスに夢中になる、つまりはフロー状態になるということです。

 

このことから言えるのは、取り組むべきタスクが例えルーチン的なものでも、何かを試すような要素を追加してみることで、小さくてもフロー状態をつくり出し、パフォーマンスを上げられるということです。お試し要素を追加することは、タスクに意味を見出すこととも言い換えられます。タスク自体にも自分のスキルにも変わりがなくても、自分の思考をほんの少し転換するだけでフロー状態に入れるのですから、最小コストでパフォーマンスを上げられる最強の方法と言えます。

 

仕事にも日常生活のタスクにもこの考え方を取り入れれば、パフォーマンスをあげられるだけでなく、楽しく取り組めそうです。早速、色々と試してみたいと思います。そう思っただけで、ワクワクする気持ちがわいてきます。ああ、直感に従って、ワークショップに参加して本当に良かった。これからも直感に従うことを大事にしようと思います。