選ばれるプロフェッショナル

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医師は間違いなくプロフェッショナルと呼ばれる人です。かかりつけの歯医者に行った時の体験から、プロフェッショナルも選ばれる側にいると感じました。優れた専門的な知識と技術をもつだけでは選ばれるプロフェッショナルにはなれないとしたら、何が選ばれる決め手になるのでしょうか?

 

 

選ばれるのは組織ではなく人

東京に超してきてから初めて行った歯医者はネットで検索して見つけました。もちろん評判も見ましたが、平日は夜9時まで、土日祝日も診察を受けられる便利さで選びました。その歯医者には複数の歯科医師がいて、はじめに担当してくれた歯科医師A先生が担当医になって、次回以降の予約はA先生の予約をとるシステムになっていました。治療や定期検診でしばらくその歯医者に通っていました。要するに、その歯医者に特に不満はなく、他の歯医者に変えようと思わなかったのです。

 

ある日、いつもの歯医者に検診に行ったら、A先生が歯科医院を独立開業したので、今回から担当医が変わると告げられました。その日は検診を受けて帰りましたが、次回以降、その歯医者に行くかどうかをに迷いがありました。その時、私は、診察の受けやすさというシステムがある歯科医院ではなく、A先生を選んでいたのだとはっきり認識しました。

 

A先生の名前をネットで検索して、開業した歯科医院を見つけました。そして、それ以降の検診はA先生の歯科医院で受けるようになりました。私がA先生の歯科医院に初めて訪れた時は開業してまだ日が浅かったせいか、それほど混んでいませんでしたが、今では検診の予約をとろうとすると1ヶ月先になるほどの繁盛ぶりです。おそらく、以前の歯科医院から流れた患者さんも多いだろうと推測しています。

 

A先生を選んでいたことはわかったのですが、A先生の何を選んでいたのかはあまりはっきりしていませんでした。歯科医師としての技術が優れていたかと言われると、正直言ってわかりませんでした。特に問題を感じなかったので技術的な点でNGではないということはわかりましたが、同じ治療を他の医師が行えばどうなるのかは比べようがないからです。A先生とは話しやすいとは感じていました。

 

専門的な内容をわかりやすく伝える

今回、かぶせもののセラミックの一部が欠けてしまったために歯科医院を受診しました。その時のA先生の対応から、これがA先生を選んだ理由だとわかりました。

 

欠けた部分の補修をしてもらった後で、A先生と私の会話が始まりました。

 

A先生 「マウスピースはしてないんでしたっけ?」

私 「していません」

A先生 「マウスピースをした方がいいかもしれませんね」

A先生 「1日24時間のうち、上の歯と下の歯を噛み合わせる時間はどれくらいだと思いますか?」

私 「食事の時だけですよね?」

A先生 「食事の時だけだと7分くらいです」

A先生 「夜に歯ぎしりを噛む人がいますよね。そうすると噛み合わせる時間が増えて、歯に負荷がかかります。それで人工物であるセラミックがその負荷に耐えきれずに破損することがおこります」

A先生 「デンマークフィンランドで歯ぎしりをやめさせる実験を行い、その結果、歯への負荷が軽減されたという報告が学会でされています」

A先生 「ところが、歯への負荷はかからなくなったのですが、その実験に参加された方はみな精神的な不調をきたしてしまったそうなんです」

私 「へえ。そんなことがあるんですね」

A先生 「日本の学会では、その結果を受けて、歯ぎしりは悪いことではないと考えました。歯ぎしりを無理にやめさせようとするのではなく、歯ぎしりをしても歯に負荷がかからないようにすればよいと考えて、マウスピースを勧めています」

 

「マウスピースをした方がいいですね。どうしますか?」とだけ言われていたら、どうだったでしょう?私はマウスピースを売りつけられるのだろうかと不信感を抱いていたかもしれません。実際には、学会での情報をもとにマウスピースの必要性を難しい専門用語を一切使わず説明してくれたので、私はマウスピースが必要な場合があることを深く理解しました。が、私がその場合にあてはまるのかどうかはまだ確信が持てませんでした。なので、臆することなく質問しました。いつものようにこの日も予約でいっぱいで、A先生が忙しいことはわかっていましたが。

 

私 「マウスピースの必要性はよくわかりました。でも、全員がマウスピースが必要というわけではないですよね?」

私 「マウスピースをした方がいいかどうかの判断はどうやって行うのですか?」

A先生 「ちょっと口の中を見せてください。ああ、ここにぼこっと飛び出ている骨隆起がありますね」

A先生 「砂浜に棒を立てたとします。棒が倒れないようにするためには、棒の根元のところに砂を集めてかためますよね。それと同じように、歯に負荷がかかって支えるのが難しくなると、骨が歯の根元に集まって塊をつくるんです。それが骨隆起とよばれるものです」

私 「へえ、そんなことがおきるんですか」

 

今度はA先生は私の耳の下の顎の骨をおさえながら、

A先生 「ここは痛くないですか?」

私 「少し痛いです」

A先生 「強く噛み合わせる時に、ここの骨に力がかかって痛くなるんです。肩こりと一緒ですね」

A先生 「このように、骨隆起や顎の骨のこり具合をみて、マウスピースをした方が良いかどうかを判断します」

私 「なるほどー」

 

A先生は私の質問に対して、嫌な顔ひとつせずに丁寧に答えてくれました。この時も専門的な内容を噛み砕いてわかりやすく説明してくれたので、A先生の回答を聞いて、私は自分がマウスピースをした方がいいのだということを十分に納得しました。

 

選ばれる決め手はコミュニケーションにあり

今回の受診を経て、私がA先生を歯科のかかりつけ医として選んだのは、この先生とならコミュニケーションをとれると思っているからだとわかりました。A先生と会話しながら、自分の症状を正しくA先生に理解してもらえるように伝えることができると思え、自分がどういう治療を受けるのが良いかを私が十分に理解して納得できると思えるからです。

 

もちろん専門的な知識や技術を持っていることは大前提です。けれども、それ以上にコミュニケーションをとれるかどうかが大事なのです。なぜなら、専門的な知識や技術を発揮してもらうためには、コミュニケーションによって私自身の状態を正しく把握してもらう必要があるからです。

 

と思ったところに、図書館でたまたま見つけて読んでいた本「医者は現場でどう考えるか」にも同じことが書かれていました。

 

医師のすることの大半は、話すことです。コミュニケーションは、優れた医師から切り離すことはできません。診断を得るのに情報が要るし、情報を得る最善の手段は患者との信頼関係です。医師の能力はコミュニケーション能力と不可分のものです。

 

さらにもっと言うと、医師と患者である前に人間と人間なのです。あの人とは話しづらいと感じる人に何かを依頼したいと思うでしょうか?たとえ、その人の専門的な知識や技術が優れていたとしても。プロフェッショナルであることは、時として近寄り難い印象を与えてしまうことがあります。が、選ばれるプロフェッショナルとは、専門性をもちながらも親しみを感じさせる人だと思うのです。