プロフェッショナルとは何か

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2年半の高松での単身赴任生活にピリオドが打たれ、いよいよ引っ越しの荷物が運び出された日、こういう人をプロフェッショナルというんだなという引っ越し担当者に出会いました。その担当者の立ち居振る舞いに、自分の引っ越しであることを忘れるほどに興味をひかれ、その言動を観察するにとどまらず、おそらくは聞かれたことがないであろう質問までしてしまいました。そのおかげで、彼がまさにプロフェッショナルであることがわかりました。

 

 

プロフェッショナルのスキル

2018年10月21日(日)の朝、約束通りの時間に引っ越し業者さんが3人チームでやってきました。3人のうちの1人のリーダーとおぼしき人が、荷物の運搬についての条件を簡単に説明し、詳細を書いた用紙を読んでサインをするようにと言いました。搬出する荷物と部屋のつくりを確認した後は、残りの2人の人に運搬通路に傷がつかないようにする保護シートを貼ることや台車を持ってくるようにとテキパキと指示を出していました。

 

リーダーはずっとはじめから最後まで部屋の中にいて、箱詰めされた荷物に番号シールを貼って、残りの人に手渡した後は、箱詰めされていないものをエアキャップや再利用のダンボールを使って、それはそれは見事な手さばきで梱包していきました。エアキャップをカットする分量、流れるように梱包する動作、計算されつくしたように無駄のない動きと手際のよさは、見ていて惚れ惚れしました。私がこのリーダーに興味を抱いたのは、このあたりからです。

 

チームマネジメントと教育指導

梱包した箱が運ばれ終わった後は、梱包資材をカットするところまでを行っておいて、自分が行う梱包作業にとりかかりました。残りの作業員が部屋にもどってくると、カットした梱包剤を使って梱包するように指示を出し、複数人で同時並行での梱包が行われていきました。梱包資材は巻物状態でひとつだけが持ち込まれているからか、それをカットする部分はリーダーのみに任され、後は梱包するだけという状態で残りの作業員に渡されるという仕組みでした。2人の作業員が手持ちぶさたになる時間をつくらないようにマネジメントしながら、自身の作業も行う様を見て、リーダーなる人物への興味はさらに高まりました。

 

照明器具を梱包する時のことです。エアキャップをカットして照明器具にかぶせた状態をつくっておき、作業員が荷物をトラックに運び終わって部屋にもどってきた時に、照明器具を梱包するように指示を出しました。指示された作業員はエアキャップで梱包した後、再利用のダンボールを2つ重ねた中に照明器具を入れました。ダンボールには内容物を書く必要がありましたが、作業員がマジックをもっていないことを知ったリーダーは腰につけた道具ホルダーからマジックをとって渡しました。この後の作業員とリーダーの会話がまた興味深いものでした。

 

作業員 「何て書けばいいですか?」

リーダー 「照明」 

ここで作業員のマジックをもった手がダンボールの上でしばしとまりました。

リーダー 「漢字がわからんかったらひらがなでええ」

リーダー 「ひらがなで書くのが恥ずかしかったら勉強しい

リーダー 「漢字ドリルを買ってやったらええ」

 

ひらがなでいいという指示の後、作業員が成長できるように具体的な行動を促す教育指導がなされました。決して威圧的に強制する口調ではなく、かといってただただやさしいだけの口調でもなく、厳しさとやさしさの程よい塩梅で。

 

その後も、作業員がダンボールにマジックで書く必要が生じた時には、必要なタイミングで何も言わずにマジックを渡していました。

 

自分が優れたスキルを持っているだけではなく、チーム全体のマンジメントを行い、さらにはメンバーの成長に向けた教育指導も同時並行で行っていました

 

プロフェッショナルの気遣い

部屋の中にあった荷物がすべて運び出され、保護シートを貼付けていた養生テープをはがす段になった時には、さきほどまでのリズミカルでスピーディーな手さばきとはうってかわって、丁寧にゆっくりとはがしていました。

 

すべての保護シートをはずし終わり、後は駐輪場にある自転車をトラックに乗せるだけとなり、リーダーと私が一緒に玄関を出て駐輪場に向かうことになりました。先に玄関を出たリーダーは、脇によせてあった私の靴を履きやすい位置にもってくることを忘れませんでした。ごく自然にあたり前のように靴を移動する所作は、考えて行っているというより、身体にしみついているようでした。

 

プロフェッショナルとは哲学

引っ越し作業の一部始終を見てきて、私のこのリーダーに対する興味はマックスに達し、駐輪場まで移動する間に観察だけではわからないことをどうしても知りたくなって、質問しました。あまり聞かれることのない質問だったようで、少々面食らったような表情をしましたが、真摯に答えてくれました。

 

私 「このお仕事は何年くらいされているんですか?」

リーダー 「3年くらいです」

私 「この仕事で一番大事にしていることは何ですか?」

リーダー 「ぼく自身がですか?」

私 「そうです」

リーダー 「もちろん一番はお客様のお荷物や建物を傷つけないことですが」

リーダー 「引っ越しはお客様にとって大きなライフイベントです。僕たちはただ荷物を運ぶだけでなく、お客様も含めたチームとして、引っ越しというライフイベントを気持ちよく行いたいと思っています

 

この考え方こそがこのリーダーのプロフェッショナルを成り立たせているものだと感じました。こんな質問はそうそうされることはないと思いますが、とっさの質問にも関わらず、よどむことなくはっきりと答えてくれたということは、日頃からその心持ちを持っているからでしょう。

 

どんな領域であってもプロフェッショナルと呼ぶにふさわしい人がいるものです。この仕事を始めてから3年目という、おそらくはまだ20代と思われる引っ越し業者のリーダーは、まさにプロフェッショナルでした。プロフェッショナルとは何かをこの引っ越し業者のリーダーから学ぶとすれば、そのスキルやマネジメント、気遣いもありますが、自分がやっていることの意味を自分なりに語れること、言い換えれば自分なりの哲学をもっていることと言えるでしょう。

 

もし、また引っ越しをすることがあるとすれば、この引っ越し業者というより、この人にお願いしたいと思いました。が、それが叶うことはないでしょう。せめてそう思った気持ちを伝えるべく、最後の荷物である自転車が引っ越しのトラックに積まれた後、「ありがとうございました。気持ちよく荷物を出すことができました。よろしくお願いします」とリーダーに伝えました。