AIと人間を分けるもの

AIという言葉は都市部だけでなく地方でも一定の認知度を得るようになりました。AIを使った実証実験の事例の記事もよく目にするようになりました。先日読んだAIに関するある記事の中で強い違和感を感じるフレーズがありました。その違和感が何からくるのかを探るべく、AIがどんな役割を果たしたのか、さらにはAIと人間の役割の違いについて考察しました。

 

 

AIが決めました」では納得しない?

働く母親が増え、保育所の待機児童問題は今や社会課題のひとつになっています。私の友人も、自分の子どもが保育園に入れるかどうかで職場復帰可能か決まると入所選考結果の通知にやきもきしていました。

 

2018年8月1日の日経新聞地域版に、高松市が2019年度から保育所の入所選考にAIを活用するとの記事が掲載されていました。高松市では、2018年度に約1万人の入所希望者の申請処理に約2,000時間かかったそうです。入所選考の過程での点数の並び替え処理をAIに置き換えることで人手で600時間かかっていた作業が数秒に短縮できる見込みと書かれています。

 

これだけの時間短縮ができるならば、結果を首を長くして待っている入所希望者への結果通知が早くできるようになります。子どもを保育所に預けながら共働きをするためには、保育所に預かってもらえるのかが最大のポイントになります。入所できなかった場合には次の手を打たなければなりませんし、入所できた場合には、保育所の場所によって送迎をどのように行うかの計画を立て、保育所生活に必要な準備品を揃える必要があります。ですから、保育所入所申請を出した親にとっては、結果通知は1分1秒でも早く知りたいという実情があります。さらには、働き方改革という名のもとに、いかに業務を効率化して働く時間を削減するかが注目される昨今では、保育所選考を行っていた職員の労働時間短縮になることは疑う余地がありません。

 

AIの導入によってこれだけの期待効果が明らかになっているのであれば、導入費用問題以外にAIを活用しない理由はないと思えます。

 

ところが、同じく保育所の入所申請処理に2017年にAI活用の実証実験を行ったさいたま市の担当者の意外なコメントが、2018年8月2日の日刊工業新聞に掲載されていました。

 

「選考に落ちた場合、『AIが決めました』では納得しない可能性もある」

 

さいたま市では、8,000人以上の入所希望者の約300施設への割り振りが職員の手作業で3日以上かかっていたものがAIによって数秒で終わったという実証実験の結果が出ていて、しかもAIと人手の結果の合致率はほぼ100%だったにも関わらずのコメントです。

 

私がこのコメントに強い違和感を抱いたのは、明らかな結果が出ているのにも関わらずであること以上に、そもそも「AIが決めました」と言えるのかということに対してでした。

 

保育所割り当てにおけるAIの役割

「AIが決めました」と言えるのかを考察するためには、保育所割り当てにおけるAIの役割を明らかにする必要があります。

 

保育所割り当てにおける処理の流れを簡略化して表したものが下記の図1です。

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      図1:保育所入所選考におけるAIの役割

 

保育所割り当ての処理は2つの処理からなると言えます。まず、入所申請書に記載された内容を点数化して申請者の優先順位を決めます。次に、優先順位を守りながらきょうだいは同じ保育所に入所するなどのルールにもとづいて申請者の保育所割り当てを行います。①と②の2つの処理のうち、AIが行うのは②の部分です。

 

①の処理が何を意味するかというと、判断の根拠を決めることです。②は①の根拠にもとづいて判断することです。②の判断をAIが代行しているので、一見すると「AIが決めました」と言えそうです。が、判断するにあたって重要なのは判断の根拠です。判断の根拠が決まれば、その後の判断の処理は誰がやっても同じになるはずです。つまり、保育所割り当てを決めたと言えるのは、②の処理ではなく①の処理です。①の処理は人間が行っているので、②をAIが代行したとしても、保育所割り当てを決めたのはAIではなく人間だと言えるはずです。

 

私が違和感を感じたのは、こういうことだったわけです。

 

 

AIと人間を分けるもの

保育所入所選考の事例をもとに一般化して、何かを判断するということのプロセスを整理すると3つの処理プロセスからなります。

 

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         図2:何かを判断するプロセス

 

①何を判断するか?

今おこっている問題を解決するために何を判断しなければいけないかを決める必要があります。

保育所入所選考の事例で言うと、保育所入所希望者の希望をできるだけ叶える形で本当に必要としている人を適切な保育所に入所するための仕組みを考えることにあたります。

 

②何で判断するか?

次に行うのは、何で判断するかを決めることです。

保育所入所選考の事例で言うと、入所申請書に何を書いてもらうかと、入所申請書の内容をもとにどんなルールで入所保育所を判断するかを考えることにあたります。ルールの具体的な例としては、必要性の高い人が高い点数がつくような点数化の仕方やきょうだいはできるだけ同じ保育所に入れるというようなことです。

 

③判断する

そして、最後に、②のルールにそって実際に判断します。

 

これらのプロセスのどこを機械化でき、どこは人間にしかできないかを保育所入所選考の事例で考えてみた結果が以下です。

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    図3:判断プロセスにおけるAIと人間の役割分担

 

①はそもそも解くべき問題の設定なので、ここは人間にしかできません。

 

②は入所申請書の設計、判断ルールの設計と、それらの設計にもとづいて申請内容の点数化という3つのタスクに分けられます。入所申請書の設計も判断ルールの設計も人間にしかできません。もし、入所申請書に自由記述欄があって、その内容を人間が主観で点数化するというのでなければ、申請内容の点数化は判断ルールにもとづいた機械的な処理になるので、機械化できる可能性があります。今、AIと同じく注目を集めているRPA(Robotic Process Automation)が使えるはずです。

 

③はルールにもとづいた申請者の保育所割り当ての処理になるので、すでに実証が行われているようにAIで行うことができます。

 

このように分解してみると、「人間の仕事がAIに奪われるのではなく、仕事の一部のタスクがAIに置き換わる」と言われる言葉の意味がはっきりします。

 

さらに、「設計」というタスクは人間にしかできないということも見えてきます。なぜ、「設計」というタスクが人間にしかできないかというと、設計にはこうしたいという意志が含まれるからです。限られた定員の保育所に本当に必要な人が入れるように、できるだけ申請者の希望が叶うように入所選考を行いたいという人間の意志の表れが「設計」に反映されます。AIは人間が膨大な時間をかけて行っていた判断の実行を瞬時に行うことはできます。けれども、意志をもたないAIには「設計」はできません。

 

あらゆるリーソスには限りがあります。人口減少によって、人間というリソースが減っている今、人間は人間にしかできないタスクに注力して、人間ではなくてもできるタスクは機械化するというのは極めて正しい戦略ではないでしょうか。AIに仕事を奪われるかもと怯えるのではなく、私たち人間は、社会をよりよくしたいという意志をもって、それを設計というカタチにする力こそを磨く必要があるのではないでしょうか。