アートがつくる地域の変化

 

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豊島から見た瀬戸内海

 8月19日と9月2日、瀬戸内海の豊島にある島キッチンにこえび隊としてお手伝いに行ってきました。

 

島キッチンは古民家を改修してつくった瀬戸内国際芸術祭2010の作品のひとつです。豊島の食材を使い、丸の内ホテルのシェフと豊島のおかあさん達が恊働で開発したオリジナルメニューを提供しています。こえび隊は瀬戸内国際芸術祭のボランティアサポーターの名称です。

 

こえび隊として参加することで、瀬戸内国際芸術祭が島に大きな変化をもたらしたことを感じ、瀬戸内国際芸術祭の本質を探求しました。

 

 

瀬戸内国際芸術祭

瀬戸内国際芸術祭は、瀬戸内海に浮かぶ島を会場として3年に1度開催される現代アートの祭典です。2010年に初めて開催され、2019年の開催も決定しています。直近で開催された2016年の総来場者数は104万人にも及びました。

 

日本各地で芸術祭が行われていますが、瀬戸内国際芸術祭の特徴のひとつには島が開催会場になっていることにあります。会場に行くための交通は船です。陸海空の交通手段のうち、船に乗る機会はそうそうないのではないでしょうか。船に乗ること自体がいつもとは違う経験ができる楽しみになります。島内の交通はバス、徒歩、レンタサイクルが主流です。バスの本数も限られているため、徒歩やレンタサイクルで回る方が多くいます。車の往来が少ないため、島にいると聞こえてくるのは鳥のさえずりです。車のエンジン音が生活音という社会に暮らしている者には、島に入ると非日常の世界に来た感じがします。島独特の環境が瀬戸内国際芸術祭を色づけているのだと思います。

 

瀬戸内国際芸術祭は3年に1回の開催ですが、開催会期中以外にも一部の作品は公開されていて、常に誘客できる仕組みになっています。

 

島という環境

私がこえび隊として豊島に渡ったのは会期中以外の期間でしたが、高松港から豊島に渡る定員70人の船はほぼ満席でした。帰りに乗る予定の便では積み残しが発生する可能性があるからと、どうしても予定時刻の船に乗らないと困るかどうかの確認がありました。夏休み期間ということもありますが、会期中以外も島に渡る観光客がコンスタントにいる現実を知りました。

 

船に乗っている客層は、一人、友人、カップル、夫婦、家族連れと様々でしたが、若い女性の割合が高いように思いました。アートへの関心が高いのは女性の方が多いのでしょうか。

 

高松港から豊島までは船で1時間弱かかります。そう短くない時間です。8月19日の行きの船では船内の椅子に座りました。船内ではうつむいてスマホの画面を見ている人を見かけました。人数の違いはありますが、都心の電車の中と同じような光景でした。

 

9月2日の行きの船では甲板に立っていました。甲板にいくつかの椅子があり、豊島に観光で向かう人達が座っていました。その中に20代とおぼしき3人連れの女性がいたのですが、彼女達の船上での過ごし方に驚きました。豊島につくまでの1時間弱の間、3人のうちの誰一人として一度もスマホの画面を見ることがなかったのです。スマホで写真を撮っていましたから、スマホを持っていないわけではありませんでした。

 

都心での電車移動の光景から推測すると驚くことではありましたが、瀬戸内の島に向かう船の移動中のできごととしてはごく自然なことでした。なぜなら、私自身も甲板から見る瀬戸内の風景にみとれて50分という時間がとても短く感じたからです。多島美と呼ばれる瀬戸内の風景は船が進むに連れてその景色を様々に変えていき、決して見飽きることがありません。スマホの画面を見るよりもずっと心を奪われる景色でした。島に渡る船の上から、非日常という旅の醍醐味をたっぷりと味わうことができるのです。

 

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                             豊島に向かう船から見える瀬戸内の風景 

 

豊島の家浦港から島キッチンまでは歩いていける距離ではないので、こえび隊のワゴン車に乗せてもらいました。センターラインのない道を走る車の窓から景色を見ていましたが、「何もない」というのが正直な感想でした。畑と民家以外にお店らしきものはほとんど見かけませんでした。信号もひとつも見かけませんでした。木々や草の緑と民家と道路のグレーが島で見た大部分の色でした。その中で、瀬戸内国際芸術祭の作品案内板のブルーが一際目立っていました。

 

そんな島に芸術祭の開催期間以外でも、自転車や徒歩で島の中をめぐる人を呼び込んでくるのはすごいことです。

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レンタサイクルで島をめぐる人達



 

島の価値観

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島キッチン

私がお手伝いした島キッチンは11:00~14:30までランチを提供し、15:30までドリンクを提供しています。島キッチンにはテーブル席とカウンター席があります。テーブル席は、頭に気をつけてくださいと声かけが必要なくらいに低い天井の下に座卓と座布団が並べられたものです。座卓は不揃いなので、おそらく島で使われなくなったものを集めたのだと思います。暑い時期でしたので、扇風機もいくつか並べてあります。扇風機も不揃いです。テーブル席はすべて窓際に配置されていて、網戸ごしに隣りに広がる円形の屋根を冠したテラスが見渡せます。カウンター席はオープンな調理場を囲むようにつくられています。

 

島キッチンオープンの11:00の前には、すでにお客様がやってきて外で待っていました。ランチの提供時間は途絶えることなくお客様が次々にやってきて、ピーク時には外に並んで待っている状態も続きました。予約してやってくるお客様もいます。島キッチンにやってくる客層も女性の割合が多い印象を受けました。海外からのお客様も複数組いらっしゃいました。

 

島キッチンの中に世界地図が貼られていて、どこから来たかをピンで指していくようになっています。日本全国からお客様がやってきているのはもちろんのこと、ヨーロッパからもたくさんの人がやってきています。もちろんアジアからのお客様も少なくありません。島キッチンにやってきたお客様の多くがこの地図の前で足をとめていきます。

 

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島キッチンに貼られている世界地図

 

テーブル席にお客様をご案内すると、誰もが「わあ」と喜びの声をもらします。テーブルも座布団も洗練されたスタイリッシュなものというわけではありません。都心のレストランであれば、店内の内装やテーブルや椅子などの家具のお洒落さに目を奪われますが、島キッチンでは窓から見える開放的な景色に心を奪われるようです。

 

前菜のサラダとオクラを運んだ時、「わあ、オクラ」と喜ばれるお客様がいました。これにはちょっと驚きました。オクラは豊島で採れたものではあるけれど、普通にスーパーでも見かける野菜です。日常的にあるものに対して喜んでもらえるのは、島キッチンという非日常の空間によって特別な体験の意味を帯びるからでしょうか。

 

ピーク時には席は満席になり、注文の品を運ぶことや、お客様からの追加注文の聞き取りが遅くなってしまうことがあります。「お待たせしてすみません」とようやくお客様の対応ができた時に、お客様から嫌な顔をされることは一度もありませんでした。ゆったりとした島の時間の流れの中で、お客様もゆったりと時間を過ごす価値観になっているように感じました。

 

こえび隊

会期中以外のこえび隊の活動としては、島キッチンのお手伝いの他には、展示作品の受付があります。作品会場の開け閉めを行い、作品の入り口に座って、鑑賞に来られた方から費用を徴収し、時間帯ごとの来場者数をチェックし、最後に一日の集計を行います。受付マニュアル、受付集計用紙、電卓、虫除けスプレーなどがセットになったバッグを渡され、1作品1人体制で受付を行います。受付担当の方の話を聞いていると、来場者の方と言葉を交わすのが楽しみのようです。時には一人も来場者がいないこともあり、そういう時の方がしんどいと言っていました。

 

こえび隊活動をする時は、こえび隊の名札をつけて、事務局からいただいたこえび隊専用の船のチケットで乗船します。他のお客さんが乗船した最後に、船の係員の方が「じゃあ、こえびさんどうぞ」と言われてから乗船します。瀬戸内国際芸術祭の開催会場になっている島では、こえび隊という存在が十分に認知されていることを知りました。

 

特別なスキルがなくても、老若男女誰でもこえび隊活動ができるように仕組み化されているのはすごいことだなと思いました。一方で、紙で集計した来場者数等は事務局の人が電子化のために入力作業をしていると聞いて、その部分はIT化して浮いた労力をもっと本質的な活動に使うとよいのではとも思いました。

 

私はこえび隊としてはまだ2回しか活動していませんが、他のこえび隊の方は何度もリピート活動しているようでした。お互いにすっかり顔馴染みになって、移動の間や集合場所でのおしゃべりを楽しんでいるようでした。年齢層も幅広く、男性も女性もいます。年配の方にとっては、こえび隊の活動が生きる活力を生んでいるのではないかと感じるほどでした。

 

私がこえび隊に参加するきっかけになったのは、「せとうちばなし」という瀬戸内国際芸術祭に関するトークイベントに参加したことでした。そこで瀬戸内国際芸術祭が始まるまでの話を聞いたのですが、最も印象深かったのが、四国本土の香川県に住む県民が島に目を背けていたという話でした。瀬戸内国際芸術祭が始まる前の島の課題は、人口減少や高齢化による活力の低下だけでなく、同じ香川県の中で四国本土と島が分断されていたことにもあったようでした。

 

こえび隊活動に参加してみてわかったのは、瀬戸内国際芸術祭においてこえび隊活動がとても重要な意味をもっているということでした。なぜなら、四国本土の香川県民がこえび隊になることで、四国本土と島の交流が生まれるからです。さらには、こえび隊になることが市民性の創造につながるからです。

 

アートがつくる地域の変化

島キッチンでまかないご飯を食べながら店長と話をしました。瀬戸内国際芸術祭開催による豊島の変化について聞いてみたら、それはもう劇的な変化があったそうです。瀬戸内国際芸術祭が始まる前は、島の外から来るのは釣人や海水浴にくる人がわずかにいただけだったそうです。今どうなっているかというと、それは島キッチンの繁盛ぶりを見れば言わずもがなです。

 

これだけ大きな変化を島にもたらした瀬戸内国際芸術祭のことをもっと知りたくなり、北川フラムさんの「アートの地殻変動」を読みました。やはり瀬戸内国際芸術祭は観光客誘致のためのアートフェスティバルではありませんでした。

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北川フラム氏の書籍

 

この本に書かれている中で、瀬戸内国際芸術祭のポイントになると感じたことを以下に抜き出しました。

・瀬戸内国際芸術祭はそこに暮らす人のために、地域を再生させる目的をもっている。

・アートは何の役にも立たないけれど、周囲の人たちのクリエイティビティを引き上げ、可能性を喚起する

・現在の都市化、グローバル化した生活形態、価値観を変えていくことと瀬戸内が元気になっていくことは同じこと。

・美術には祝祭性と恊働性がある。

・瀬戸内国際芸術祭のアートは、その土地の空間、時間が見えるような仕掛け。

・美術作品は空間感覚なので、その場所に行かないと伝わらない

・瀬戸内国際芸術祭に多くの人が来られる理由は、これだけ広範な地域で、人が海を渡っていることが要因のひとつ。海をわたることによって日常をリセットする。プロジェクトそのものの中に旅が内包されている。

・芸術文化による地域づくりは、最後には、一人ひとりが市民としてどう動くかにかかっている。

 

 

このポイントを踏まえて、瀬戸内の島のひとつである豊島をモデルにアートがつくる地域の変化を図でまとめたものが以下です。

 

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アートがつくる地域の変化


 

こうやってまとめてみると、瀬戸内国際芸術祭が単なるアートフェスティバルでも観光客誘致でもなく、地域のエコシステムをつくっていることがわかります。

 

瀬戸内国際芸術祭の仕組みもそのすごさも、実際にこえび隊として活動してみたからこそ理解できました。真の理解は現場に身を置くことからを今回も痛感しました。