2月にイベント開催したものづくりプロジェクトもようやく一区切りがつきました。このプロジェクトを通じて、テクノロジー時代に新しい価値を生み出すものづくりについて考えたことを綴っておきたいと思います。
ものづくりプロジェクトの概要
今回のものづくりプロジェクトは、高知県の伝統工芸品である土佐和紙を使って幕末維新博(高知県が2017年3月から2年かけて開催する観光キャンペーン)をPRする衣装をつくる企画にしました。2月1日の夜にアイデアソン、2月18日(土)に1日かけてメイカソンというプログラムを工作機械を備えたTechShop Tokyoで開催し、参加者は一般募集しました。
2月1日のアイデアソンは2時間30分と短い時間ながら、各チームともに独創的なアイデアが出されました。2月18日(土)は1日かけてのメイカソンといっても発表や審査の時間も必要だったので、実質的には5時間程度しかありませんでした。そのため、2月2日から2月17日までの期間、イベント参加者はTechShopで制作を進めることもできるようにしました。
ものづくりが好きな人
TechShopを場所として使えるとはいえ、参加者のほとんどが社会人なので、自主制作を進めるには、仕事が終わった夜の時間や休日の自分の時間を提供していただくことになります。作品審査と副賞の用意はしましたが、それほど高価な副賞ではありません。自分の時間を捻出してイベント以外の期間にも自主制作をしてもらえるかはやってみないとわからないというのが正直なところでした。
2月1日に初めて出会ってチームを組んだメンバーがネットで連絡を取り合い、ほとんどの参加者が自分の時間を使ってミーティングや試作を進めてくださいました。事務局の予想をはるかに上回る制作へのモチベーションの高さに、アンケート項目に自主制作活動の動機の項目を追加したほどです。一体、何が動機づけになっていたかというと、副賞目当てなどという人は一人もなく、全員がアイデアを具現化するには2月18日のイベント時間では足りないからというものでした。
2月18日は朝から夕方まで、お昼をはさんで制作するというプログラムでした。この日の会場は、時折笑い声も聞こえたりはしましたが、誰もが自分のタスクに集中してもくもくと制作を進めていました。12時を過ぎた頃から何度かランチをとってくださいとアナウンスをしましたが、ほぼ全員がランチを抜いて制作を進めました。
メイカーとも呼ぶべき、ものづくりが好きな人というのは、アイデアをカタチにすることへの妥協を一切しない人でした。
2月18日の制作終了時刻までに、すべてのチームが作品を完成させて発表を行いました。その独創性と完成度の高さには驚きしかありませんでした。ただし、もうちょと時間をかけて手を入れたいと思っているチームもありそうだったので、最終の作品提出は2月25日まで延長することにしました。2チームがさらに作品をブラッシュアップして、展示しやすいように細部まで気配りした処理を施してくれました。
ものづくりが好きな人は、ものづくりへの妥協をしないだけでなく、心配りもできる人なんだなあと感心しました。ものをつくる際には、それがどう使われるかを考える必然性を含みます。ですから、独りよがりでものをつくるのではなく、使うシーンへの想像力を働かせられるのでしょう。
新しい価値を生み出すものづくり
新しい価値を生み出すものづくりは、
「理解する」→「アイデアを発想する」→「カタチにする」
の3つのプロセスからなります。
「理解する」の部分では、良いインプットを提供できるかはプログラムに依存し、インプットからインサイトを得られるかは参加者に依存します。
「アイデアを発想する」の部分では、良いアイデア創出メソッドを提供できるかはプログラムに依存し、インサイトからアイデアを発想できるかは参加者に依存します。
「カタチにする」の部分では、時間制限がある中で良いアウトプットが出せるような条件設定ができるかはプログラムに依存し、アイデアをカタチにする技術があるかは参加者に依存します。
いずれにせよ、ものづくりの質を決める変数はプログラムと参加者です。良いものづくりをするには、良いプログラムと良い参加者の2つの条件が揃うことが欠かせません。プログラムと参加者のどちらの比重が高いかというと、圧倒的に参加者の比重が高いというのが経験的に感じていることです。良い参加者が集まれば、多少プログラムの質が低くても良いアウトプットが生まれます。新しい価値を生み出すことに慣れていない参加者の場合には、プログラムを十分に練る必要があると言えます。
テクノロジー時代のものづくり
これまではアイデアはあってもカタチにするには職人的な技術や機械へのアクセスができる人に限られていました。レーザーカッターやUVプリンタ、3Dプリンタといったデジタル工作機械やArduinoやRaspberry Piのような安価な電子工作部品を使えば、簡単に色々なものがつくれるようになりました。こういったテクノロジー時代になると、カタチにする部分の多くは機械でできます。
デジタル工作機械は高額なので個人で購入するのは難しいですが、そういった機械を備えていて個人がものづくりができるファブ施設は今、全国に120ヶ所まで増えているそうです。個人で所有しなくても、ファブ施設に行けば、デジタル工作機械を使って個人でのものづくりができる時代になっています。
例えば、レーザーカッターを使えば精巧なカッティングも可能になります。人間が行うのは、デザインを考え、レーザーカッターにつながったPCのソフトにデザインをインプットして、レーザーカッターの調整を行うことです。PCソフトの操作やレーザーカッターの調整の部分はそれほど難しいものではないので、学習すればできるようになります。テクノロジー時代のものづくりには、圧倒的にアイデアの部分が重要になります。
今回のプロジェクトで独創的なアウトプットが生まれたのは、幕末維新のインプットからインサイトを得たしっかりとしたアイデアがベースにあったからこそです。
作品タイトル「龍馬が兄に宛てた幕末の桃色手紙!現代LINEで語ればこうなる!」
半身別に今昔を表現し、正面に主文、背面に追伸文とする。
作品タイトル「文明開花」
コンセプトは明るい華やかな未来の訪れ。動乱の幕末、維新志士たちの活躍により、新しい文明の花が開いていくことを表現。
作品タイトル「時を動かすもの」
光の点滅と熱伝導による和紙の色変化で、維新(時代の動いた時)を表す。
作品タイトル「おりょうへ贈る現代のウエディングスタイル」
日本に新しい風を巻き起こした龍馬夫妻に贈る婚礼衣装。高知の大地のやさしさで花嫁を包み込んで輝かせる、そんな想いを、ハリとしなやかさを併せ持つ和紙の特徴をいかして表現しました。
先に、新しい価値を生み出すものづくりは、「理解する」→「アイデアを発想する」→「カタチにする」の3つのプロセスからなると書きました。アイデアが先にあってそれをカタチにすることには違いがありませんが、カタチにできる術を知っていることがアイデアを生む側面もあります。例えば、今回、和紙の色を変えるというアイデアをカタチにしたチームがありました。これは、こんなことならできそうだという技術的な勘がはたらいたからこそできた発想だったと思います。
ものづくりの価値
アイデアさえあればほとんど何でもつくれる時代になりました。一方で、100円ショップに行けば、ほとんどのものが100円で手に入る時代でもあります。自分でものづくりをするのと安価な既製品を買うのとを比べた場合、価格面で比較すると、既製品を購入する方に軍配が上がります。
わざわざ自分でものづくりをする価値はつくるという過程にあります。つくる過程でこそものをつくる喜びを得られます。今回のものづくりプロジェクトの参加者も、つくる喜びがあるからこそ、ランチも抜きで自分の時間も使って制作にうちこんでくれたのでしょう。
見る側からしても、できあがった完成品を見るだけでなく、つくる過程を見る方が圧倒的に面白く価値があります。つくる過程を見ると、できあがった作品の見えない部分にこめられた創意工夫や思いがわかって、完成品を見る目も変わります。
私がつくる過程を見ることに価値があることを知ったのはとある経験からです。娘が中学2年生の夏休みに映画を作るワークショップに参加しました。プロの映画監督に指導してもらいながら、合宿も含めて約1ヶ月をかけて子どもたちがつくった映画を完成試写会で見ました。中学生がつくったとは思えないクオリティの映画でした。けれども、子ども達がつくった映画よりも、そのメイキング映像の方がはるかに心を揺さぶられたのです。できあがった映画だけを見たとしたら「へえ、すごいなあ。中学生でもここまでつくれるのか」で終わっていたと思います。メイキング映像では、そのワンシーンを撮るためにどれほどの紆余曲折があったのか、つくる過程でどんな感情が渦巻いていたのか、どんな成長のストーリーがあったのかを知ることができました。
この経験から、ものづくりにはつくる過程にこそ面白さと価値があり、ものづくりの価値を伝えるにはつくる過程を伝える必要があると知りました。
私が、ものづくりプロジェクトの記録動画を作ったのは、つくる過程を伝えることに価値があると確信していたからです。記録動画をつくりながら、記録動画はものづくりプロジェクトの参加者にとっても価値があることに気づきました。参加者はチームに分かれて制作を行いました。また、チーム内でもかなり分業して制作を行いました。それぞれが自分のタスクに無我夢中で取り組んでいたので、他のチームはおろか自チームでも他の人の制作過程はほとんどわからない状況だったのです。ですから、記録動画は、他のチームはこうやってつくっていたのか、他の人はこうやってつくっていたのかということを参加者にも伝える役割を果たせたと思います。
今回のプロジェクトの記録動画はこちらからご覧いただけます。↓
https://www.facebook.com/techshopjapan/videos/642611509255711/
テクノロジー時代のものづくりプロジェクトの価値
今回のものづくりプロジェクトでは、アウトプット作品で土佐和紙と幕末維新博をPRすることを出口として設計し、幕末維新博の開幕日にあわせて高知空港での作品展示を行いました。いずれの作品も負けず劣らずの素晴らしい作品で、4作品が並ぶと人目をひく展示になりました。
ものづくりプロジェクトの価値は、果たしてアウトプット作品の展示によるPRだけでしょうか?
土佐和紙は薄くて丈夫で、しかも美しいことは確かでした。それをPRして知ってもらうことは大事ですが、それだけで新しい需要を喚起できるでしょうか?今回のプロジェクトでは、土佐和紙にレーザーカッターで精巧なカッティングを施したり、そこに薄い色の土佐和紙を重ねて光らせたり、特殊なペインティングで和紙の色を変えたりといった、テクノロジーを活用した和紙を使った新しい表現アイデアが出され、実際にカタチにできることが実証されました。
レーザーカッターでの和紙のカッティング
カッティングされた和紙
カッティングした和紙に色和紙を重ね合わせ
色和紙を重ね合わせて光らせたもの
ペインティングした和紙の色変化
テクノロジーを活用することで今までにない新しい発想が生まれたことを参加者の一人がこんな言葉で表現しています。
「和紙単体だと民芸的なものをイメージするけど、そこに電気や機械が入ってくると和紙だけではイメージできないカタチが取り込みやすかったので、機械と和紙のような伝統的なものを組み合せることで今までになかったものを創れた」
このものづくりイベントを高知県内で開催していたとしたら、残念ながら今回のようなアイデアは出てこなかったと思います。なぜなら、こういったテクノロジー活用のナレッジをもった人は今は都市部に集中しているからです。
けれども、ここで出されたアイデアをヒントとして、土佐和紙を使った新しい商品開発を高知県内で行うことはできるのではないでしょうか。
また、今回のプロジェクトの参加者は、作品をつくる過程を通して高知県への理解を深め、高知県への愛着を感じてくれるようになりました。つまり、高知県はテクノロジー時代のものづくりができる人達とつながることができたのです。
この2つの価値はアウトプット作品の展示よりもはるかに大きな価値ではないでしょうか。これらの価値が地域と都市をつなぐ活動の価値に他ならないと思えるのです。これからの時代には、こういったカタチのない価値に気づけるか、気づいたとしてその価値を活かせるかがプロジェクトの成果の明暗を分けるのだと思います。