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単身赴任生活が浮かび上がらせるもの

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東京から高松に転勤する、つまりは単身赴任をすることが確定したのはちょうど去年の今頃でした。新しい生活への不安と期待の入り交じった複雑な気持ちで桜の季節を迎えたことを覚えています。

 

実は、私は2種類の単身赴任生活の経験者で、なかなか珍しい生活経歴の持ち主です。

家族で一緒に暮らす

夫が単身赴任して私と子ども達だけで暮らす

私が転勤になって再び家族で一緒に暮らす

私が単身赴任をする

 

夫の単身赴任も、その後に再び家族で暮らすことも、私が単身赴任することもすべて想定外の出来事でした。人生は何がおこるかわからない面白いものです。何事もやってみてわかることがあるもので、単身赴任生活をする中で浮かび上がってきたものがあります。

 

決断する覚悟

荷物を送り出して、いよいよ夫が単身赴任先に向かった日、当時小学3年生だった娘が「パパのお引っ越し」という題名の学校日記を書いて先生に提出しました。先生から「いつまで単身赴任するのですか?」という赤字のコメントが返ってきたそうです。それに答えようと、私に「いつまで?」と聞いてきたので「ずーっと」と答えました。単身赴任が終わる予定は全く見えなかったからです。

 

単身赴任後、はじめて週末に夫が帰ってきたのを見た娘が放った一言は「何しに帰ってきたの?」でした。単身赴任という概念やその実態が小学生の娘には理解できていなかったことが判明した瞬間でした。

 

私と子ども達だけの生活が始まって、それまで夫と2人で分担していた家事はすべて私にふりかかってきました。簡単なことは子ども達にも分担してもらいましたが、やはり物理的な負担は大きくなりました。

 

毎日に追われるように生活していたはずですが、時が経つと大変なことは忘れてしまうようで、思い出すのは子ども達との楽しい夕食のひとときです。子ども達から差し出される学校での出来事や私が仕事をする中で得た社会の動きなどを話しながらの一コマがこの頃の生活シーンとして甦ってきます。週末に夫が加わると、いつものように会話していると話が通じないことがありました。毎日一緒に生活する中で私と子ども達との間で共有されていた文脈をすっとばして話をすると、夫には話がわからなかったのです。一緒に生活することは文脈を共有することというのは、夫が単身赴任をして気づいたことでした。

 

もちろん、こんな楽しい時間ばかりだったわけではなく、小さな事件は頻繁におこり、親子のけんかもありました。なんだかんだはありましたが、日常の生活はなんとかやっていけるものでした。

 

夫の単身赴任で決定的に大きく変わったのは、何かがおこった時に自分で決断する覚悟が必要になったことです。一緒に暮らしていれば相談したり意見を求めたりが簡単にできたのに、離れているとそれが難しくなりました。子育てに関しては、わざわざ電話するほどのことでもないけど、できれば自分とは違う視点もほしいという思うことは山ほどありました。特に、長男の受験の時には、親として初めて迎える受験だったので、私自身もどうしたらいいのかと判断に迷うことがありました。相談できる相手がそばにいなければ、自分で決断して対応するしかありませんでした。

 

夫が単身赴任中に、私の所属部署がこぞって転勤することになりました。同僚の男性から単身赴任をするか家族を連れて転勤するかで迷っていると相談を受けました。「単身赴任をした場合、奥さんは子どものことをはじめとして日常の小さなことも含めて自分で決断することを迫られることなる。それは覚悟しておいた方がいい」と伝えました。夫が単身赴任をして何がおこるか一つだけ伝えるとしたら、私の経験からはこれでした。

 

余白の時間

予期せぬ私の転勤で、再び家族そろって暮らすことになりました。それからさらなる時を経て、今度は私が単身赴任をすることになったのです。

 

単身赴任生活を始めてしばらくしてから、単身赴任をしている男性社員の会話から「単身赴任だから大変」というフレーズが聞こえてきてびっくりしました。なぜなら、私が単身赴任生活を始めての感想は「単身赴任って楽!」だったからです。食事の後片付けも1人分なのであっという間に終わってしまいます。部屋を汚すとしたら自分だけなので掃除もささっとすませられます。洗濯を干すのもこれだけなのというくらいに少ないです。家事の量が圧倒的に少なくなって驚くほどに楽になりました。

 

東京で家族と一緒に暮らしていた時にも、夜や休日に出かけることはありましたが、事前調整は必要でした。事前に夫に話をして、そこは出かけるので食事の用意はお願いできるかを確認してから出かけていました。受験生がいたりもしたので、出張はともかく、プライベートで泊まりがけで出かけるのは気がひけて行けませんでした。

 

よく、既婚の男性社員がその日の夕方になって「今日は飲みに行こうか」と突発的に出かけるのを見て、あれは私にはできないと思っていました。単身赴任になってから、同じように結婚していても男性と女性の精神状態の違いがどこにあるのかがよくわかりました。私も単身赴任をしてからは、自分の行動に何の制約も感じなくなって、プライベートでの広島への週末遠征も誰にも気兼ねすることなくするりと参加できました。なんて身軽になったんでしょう。

 

もちろんいいことばかりではありません。気持ちが落ち込むようなことがあっても、家に帰って話してスッキリするというようなことはできなくなりました。それは仕方のないこととあきらめています。

 

単身赴任を始めての一番の変化は余白の時間ができたことです。自分一人の身の回りのことだけですむので、追われるように一日が過ぎていくということはなくなりました。夕陽が海に沈むのを飽きもせずに眺めたり、図書館に行っていつもとは違うジャンルの本を物色してみたりと、無駄とも思える時間を過ごせるようになりました。これが無駄かというと案外そうでもなく、単身赴任生活を始めてから「あれはこういうことか」と全く別のところで得た知識がつながったり、「これをやってみるといいかも」と新しいアイデアを思いつくことが多くなった気がします。特に子どもが小さかった頃のひたすらに時間に追われていた生活を思い出すと、余白の時間をもてることはとても贅沢なことだと感じています。

 

生きてるけど生活してない

家族が住む東京へは時々帰っています。帰った時には、部屋に積もったほこりを掃除機で吸い取り、布団を干し、季節の変化にあわせて装いを変え、消耗品の補充をして、と家事にいそしむ時間が待っています。いつ帰っても、真っ先に思うのは「掃除をせねば」です。

 

東京で生活している夫と子どもの暮らしを一言で表現するならば「生きてるけど生活してない」という感じです。生活している本人達がそれで良しとしていることなので口出しはしませんが。

 

家族ことを思っているのに・・・

東京に帰った時に、めくられていないままのカレンダーを見ると、家族と一緒に過ごせなかった時間と共有できなかった文脈を意識させられます。埋められない文脈の溝ができない間隔で東京に帰らなくちゃなと思います。

 

単身赴任先の高松にもどるために東京の家を出る時には毎回、胸の奥がほんの少しちくりとするような何とも言えない感覚が身体に走ります。大きな被害を受けなかったとはいえ、阪神淡路大震災東日本大震災の揺れを体験した身としては、もしかしてこれが家族と会った最後の機会になるかもしれないと無意識の覚悟をしているからかもしれません。

 

家族との関係についても、今日と同じように明日も一緒にいることが当たり前ではないと、毎日一緒に暮らしていたらわからなかったことを単身赴任生活は浮かび上がらせました。

 

実は、先日、こんなことがありました。仕事が終わってから最終便で東京に帰ろうと小さなスーツケースを持って出社した時のことです。エレベーターで乗り合わせた同じオフィスで働いている方から「出張ですか?」と聞かれたので「東京に帰省です」と答えました。「ご両親が東京に住んでるんですか?」と再び質問されたので「夫と子どもが東京に住んでます」と答えたら、ひどく驚いた表情になりました。その後で言われたのが「独身かと思ってました。生活のにおいがしなかったので」でした。

 

離れて暮らしてはいても家族のことはいつも気にしています。なのですが、他の人からは私が一人の生活を謳歌しているだけに見えてたんですねえ(笑)。