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まだ見ぬ景色を求めて

仕事

山を登る

瀬戸内国際芸術祭の会場のひとつである本島(HONJIMA)で、笠島町並み保存地区を歩いていると「遠見山展望台まで20分」の看板がありました。展望台からは瀬戸内の島がきれいに見えるに違いないと思い、行ってみることにしました。

町並み保存地区から看板の指し示す方向にしばらく歩くと、けもの道の様相を呈してきました。高く伸びた木々が太陽の光を遮って薄暗く、薄気味悪さを感じずにはいられませんでした。瀬戸芸の作品をめぐるコースからはずれているからか私の他に歩く人はなく、やっぱり引き返そうかと思いましたが、もう少しだけと足を前に進めました。もしこれが曇りや雨の日だったら、引き返していたに違いありません。

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ある箇所では道をふさぐほどに草が生い茂り、本当にこの先に何かあるのかという疑念がわきあがってきて、やっぱり引き返そうかと何度も思いました。

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つい先日、高松市の街中にイノシシが出没したというニュースを聞いたばかりだったので、イノシシにでも遭遇したらどうしようという不安にもかられました。風で草木が揺れてかさかさと音がするたびにビクっとしました。イノシシには遭遇しませんでしたが、へびには遭遇しました。木の枝と間違わずに見つけたので踏まずにすみました。知らずに踏んでいたらと思うとぞっとします。

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この道は本当に展望台に続くのか、どこまで行けばたどり着くのかと不安が渦巻く中を歩き続きけて、ようやくゴールが見えた時には、たどりついた安堵感と果たしてどんな景色が見えるのかという期待の入り混じった気持ちでした。

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登りきって見えた景色

 山を登りきって見えた景色は期待を裏切らない美しさでした。晴れた空の下にくっきりと見える瀬戸大橋とその向こうに見える瀬戸内海に浮かぶ島々。高みにまで登ってきたからこそ見える景色です。

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方向を変えて見ると、さきほどフェリーが到着した港が一望できました。こちらも重なり合って見える島々が瀬戸内の独特の美しさを創り出しています。

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高みから見渡せる景色を見ていると、さっきまでの不安もどこかに吹き飛んでしまって、充実感に満たされました。

 

まだ見ぬ景色を見たい

しばらく景色に見とれた後、再び、来た道をもどりながら、遠見山展望台に登ることは新しいことにチャレンジする仕事と一緒だなあと感じました。

新しいことへのチャレンジは、進めていく中で何がおこるかわからない予測不能性があり、時に不安を感じることもあります。実際、スムーズにことが進むことは少なく、道をふさがれてでしまうような大きな石が目の前に現れて、もう先に進めないからと引き返したくなることも少なくありません。山に登っている時のように、途中の過程では基本的にしんどいことばかりです。

では、なぜ、引き返さずに進もうとするのかと言えば、山を登りきった先、つまりやりきった先に見えるはずのまだ見ぬ景色を見たいからです。この先に何があるのか、どうしてもそれをこの目で見てみたい一心で山を登ります。

 

新しいことにチャレンジするかどうかは、スキルを持っているかどうかの違いではありません。まだ見ぬ景色を見たいという強烈な願望をもっているかどうか。これが新しいことにチャレンジをする人かどうかの分かれ目だと思います。一度、高みからの景色を見た経験をもつと、山を登った先には今までと違う景色が見えることを知って、再び、高みを目指そうとします。

 

未知なるものへの好奇心。それが人をチャレンジへと駆り立てるのです。だから、教育において最も重要なものは好奇心を育むことなのです。

 

ほとんど成りゆきで行くことにした展望台コースでしたが、見えた景色も最高でしたが、人がチャレンジすることのメカニズムも自分なりに解き明かすことができました。