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育児経験は仕事の役に立つ

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購入したものの積ん読状態になっていた「育児は仕事の役に立つ」を読了しました。この本の対象とされているのは、子どもが保育園児や小学生くらいの育児が中心なので、子どもがまだ小さかった頃の育児生活を懐かしく思い出しながら読みました。本文中に出てきた「経験ベースの学び」という言葉を深めたいと思って、ジョン・デューイの「経験と教育」にも手を伸ばしました。この2冊をあわせて、自己教育力の観点から育児経験が仕事の役に立つこと紐解いてみたいと思います。

 

チーム育児がもたらすもの

「育児は仕事の役に立つ」では、育児をプロジェクトと捉え、夫婦を中心とするチームが恊働して達成するプロセスで、育児以外にももたらされるものがあるとしています。

 

「育児の実行」と「育児の体制づくり」の両方を含む育児をチームで行うことは、「リーダーシップ能力」の向上に効果があることが調査分析の結果で明らかになったことが説明されています。

 

また、育児をチームで行うことは、「マネジメント的役割を担うことは魅力的である」との認識を向上させる分析結果も示されています。

 

さらに、育児をチームで行うことは、親の人格的発達にも促すこともデータで示されています。

 

育児の経験は育児以外にも様々な効果をもたらすという説明の中で、私が最も関心をもったのは、親の人格的発達を促すという点です。子どもが生まれた瞬間に突然に親に変わるのではなく、子どもが育つにつれて親としても育っていきます。親という新しい視点で世界を見ることで、人間的にも成長していく実感をもっている人は多いのではないでしょうか。

 

経験と教育

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ジョン・デューイ著の「経験と教育」はとても薄い本で、出てくる単語は難しくないのですが、その思考をたどるのはやや難解な本でした。思い切り要約すると下記になります。

 

  • 真実の教育はすべて経験を通して生じる。
  • 経験は連続性と相互作用の原理をもつ。
  • 経験は連続的におこるものであるため、経験の効果はそれ単独の快/不快ではなく、その経験が未来による望ましい経験をもたらすかで判断される。
  • 経験は個人の内部だけで進行するものではなく、客観的条件と内的条件の相互作用によって成り立っている。
  • 経験の中に教材を発見する。

 

教育は経験を通じてなされるけど、 教育的な経験と非教育的な経験があり、教育低な経験は連続性と相互作用の原理をもっていると書かれています。被教育者の経験の中に教材を発見していくことについても触れられています。

 

育児経験という教材と自己教育力

育児は、親が子どもを育てると同時に親が親として育っていくプロセスを含みます。人が育つ、つまり教育がおこる際には、教育者と被教育者が存在します。学校では、教育者は教師であり被教育者は子どもです。家庭では、教育者は親であり被教育者は子どもです。会社では、実態はともかくとして、教育者は上司であり被教育者は部下です。

 

親が親として育っていく場合には、誰が教育者に相当するのでしょうか?この場合は、親が教育者でもあり被教育者でもあると言えるのではないでしょうか。育児を行う経験の中に教材を発見し、経験を通じて自己教育を行っていると見ることができます。

 

育児経験の中でおこる教育の代表的なものを表にまとめたものが下記です。

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私自身が育児経験を通して、様々な教材をもとに育てられた事例を挙げてみましょう。

 

(1)教材が子どもの事例

育児経験を通して親が自己教育を行う教材としての最たるものが子どもです。

 

「育児は仕事の役に立つ」の中に中原先生が書かれていたように、子育てを通して、子どもと一緒に子ども時代をもう一度生き直している感覚があります。その中で、いかに自分が固定観念にしばられているのか、新鮮な目で世の中を見る目を失っていたかに気づかされます。

 

育児を通して最も磨かれたと感じるのは観察力です。子どもが保育園に通っていた時に、保育園の先生と保護者の間で子どもの様子を情報共有する仕組みとして連絡帳がありました。体調の変化や気になることなどを記入して、子どもに適切な対応をするのが目的のものでしたので、子どもがいつも通りに元気にしている場合は記入しなくてもよいものでした。私は、忙しさにまぎれて、目覚ましく成長していく幼少期の変化を見逃さないために、毎日必ず何がしかの子どもの変化を連絡帳に記載することを自分に課していました。そのおかげで、子どもを観察することが必要になり、観察を通じて変化を察知する能力が磨かれたと感じます。

 

人は一人一人が個性をもった存在であり、個々に向き合うしかないということも子育てを通じて理解しました。同じ親から生まれても、生まれた瞬間から違う個性をもち、同じ環境で育てても、まるで正反対とも言える人物に育つということはちょっとした衝撃でもありました。

 

PDCAなど全く通用しないくらいに突発的なことが次々おこるのが子育てです。初めての子どもの時は親としても初体験のことばかりでしたが、3人目になると、自分の経験値もあがっているので新しい状況に遭遇することはそうそうないだろうと高をくくっていましたが見事に裏切られました。自分の想像を超えたことが次々におこって、何が正しいのかわからなくても親として何らかの対処をせざるを得ない状況に常にさらされて、精神的に鍛えられました。

 

こんな行動をとるのはこういう心理が働いているのか、こういう言い方をするとこういうことがおこるのかなど、人間に対する理解が深まったのも子育てを通じてでした。

 

働きながら1人目の子育てをしている時、もうこれ以上何かを増やすのは無理だなと感じていました。2人目が生まれて、1人の子育てで限界と思っていたことが限界ではなかったと悟りました。2人目の時も2人の子育てが限界と思っていましたが、3人目が生まれた時も同様に、2人の子育てが限界ではなかったと悟りました。これが限界と思うのは、自分がそう規定しているだけなんだなということも育児経験から学んだことでした。

 

(2)教材が子どもの先生の事例

子どもが学校に通うようになると、子どもの先生から教わることもたくさんありました。

 

ある時期、子どもがブックオフに入り浸って、マンガの立ち読みに明け暮れていたことがありました。何時になっても帰って来ず、様子を見に行くと逃げてしまいました。この件で学校の先生に相談した時、先生から言われたのは「行き先がわかっているのだから安心じゃないですか」でした。そういう見方もあるのかと自分の視点の狭さに気づかされました。

 

高校の先生には、長期の視野で子どもの成長を考えることの大切さを教わりました。大学受験に役に立つかどうかでなく、成長する機会になるかどうかを考えて、子どもを見守るように教わりました。今考えると、デューイの言うところの経験の連続性を意識されていたのだとわかります。

 

(3)教材が子どもに関わるコミュニティの事例

子どもができると、学校のPTAや子ども会、学童保育、少年サッカー団など、子どもに関わるコミュニティに親も関わるようになります。「育児は仕事の役に立つ」にも書かれていましたが、職場とは異なるコミュニティには、様々な価値観や家庭環境の人がいることを知ることになりました。PTAの役員をしていた時には、パソコンを使えるだけで驚かれて、そのこと自身に私が驚きました。自分が普段属しているコミュニティを見ているだけでは、社会のほんの一面しか見えていないことを痛感しました。

 

(4)教材が子どもの環境の事例

子どもが保育園や学校に通うようになると、家庭で準備しないといけないものが色々とあります。保育園の時はお昼寝用の布団を持参する必要がありましたが、布団を入れて持ち運ぶ用の入れ物が必要でした。赤ちゃん用の布団とはいえ、布団が入るような袋はどこにも売っていなかったので自分で作る以外ありませんでした。裁縫が苦手だったので、自分で何かをつくるなどという発想はなく、ミシンも持っていませんでした。が、必要にかられてミシンを購入し、すっかり忘れてしまっていたミシンの使い方を自力で勉強して、悪戦苦闘しながら布団袋をつくりました。子育てで必要になっていなかったら、きっと苦手だったことに取り組むことはなかったと思います。

 

子どもが学校から持ち帰る学年便りも学びの扉になりました。学年便りに掲載された子ども達の作文から、今の子どもがどんなことを感じ、考えているのかを知ることができました。

 

育児経験は仕事の役に立つ

育児経験は様々な教材を通じて、自己を教育し、人間的成長を促すことを事例を挙げて述べました。

 

野村克也氏の「弱者の兵法」に、「人間的成長なくして技術的進歩なし」というフレーズが書かれています。ここで言う技術的進歩とは野球の技術的進歩のことであり、仕事上のスキル向上を指します。

 

育児経験は人間的成長を促す

人間的成長なくして仕事上のスキル向上なし

この2つを合わせると、「育児経験は仕事の役に立つ」と言えます。

 

子どもの人数を聞かれて3人と答えると、「大変ですね」と言われることがよくありますが、私は「大変ですね」と言われることにいつも違和感を感じていました。なぜなら、育児を通して得られることは大変さをはるかに超えるものだと感じていたからです。

 

育児を通して、確実に人間的に成長したという実感があります。3人の子どもに恵まれて、自分の人生と合わせて4人分の人生を味わうことができています。こんな幸せなことはありません。

 

今日は母の日です。この記事を書きながら、育児経験を振り返って、私を母親にしてくれてありがとうという気持ちで1日を過ごしました。

AIといかに向き合うか

現在は第3AIブームと言われます。AIでこんなことができるようになったというニュースには枚挙にいとまがありません。それと同時に、AIに仕事が奪われるという煽りが付け加えられているのをよく見かけます。

 

そんな中で「コンピュータが小説を書く日」というセンセーショナルなタイトルの本に出会いました。この本を読んでいるタイミングで発売されたHarvard Business Reviewの5月号のテーマが「知性を問う AI時代の『価値』とは何か」だったのは偶然とは思えない巡り合わせでした。

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これらの2冊から、AIといかに向き合うかについて考えてみたいと思います。

 

AIでできるようになったことは何か

「コンピュータが小説を書く日」に書かれているのは、コンピュータを使って作成した小説を星新一賞に応募したことの裏側でおきていた事実が書かれたものです。タイトルだけを見れば、コンピュータがついに小説まで書くようになったのかと、またもやAI vs 人間の対立図を強調されるようなネタのように思えますが、この本の内容はノンフィクションであり、正確な事実と研究者としての鋭い指摘が述べられています。

 

星新一賞に応募した小説をコンピュータがどうやって作成したかをざっくり言うと下記になります。

最初に完成版の小説を人間がつくる

小説を置き換え可能な部品(語、句、節)にばらす

  噛み砕いて言えば、穴埋め部分を埋めれば小説ができるような形にすることです。  

全体の内容の辻褄をあわせるようなパラメータを導入する

  例えば、登場人物に女性が選ばれれば、代名詞には「彼女」が選ばれるなど

穴埋め部分に置き換え可能な部品を適度に用意する

 

乱暴な言い方であることを承知で言うと、実はたったこれだけのことです。穴埋め部分に置き換え可能な部品の組み合わせのバリエーションだけ、新しい小説が書けるという仕組みになっています。

 

コンピュータプログラムが小説を書く様子を画面で見たら、次々に新しい小説を瞬時に書いているように見えます。

 

www.youtube.com

 

これを見れば誰しもが驚くと思います。が、実際のところは、もともとは人間が書いた小説のある部分をあらかじめ用意した部品で置き換えているだけという言い方もできます。

 

もちろん、この方針を思いつくまでに試行錯誤があり、これをコンピュータプログラムとして実装するのには相当なスキルが要求されることは言うまでもありません。が、この事実を知って、作家という職業がAIに奪われるという危機感を抱くでしょうか?

 

この本の著者はこう言っています。

もし「コンピュータが小説を書けた」のであれば、それは「小説を機械的に作る方法(アルゴリズム)がわかった」ということです。賢くなったのは人類であり、機械ではありません。

 

このことは、小説を書いたという分野にとどまらず、「AIで◯◯ができるようになった」と言われているすべての分野について言えることです。AI技術の進歩は機械の進歩ではなく、人類の進歩に他ならないのです。

 

 

AIにはない人間の能力

Harvard Business Reviewの5月号では、4人がAIにはない人間の能力を論じています。極限まで要約してしまえば、それぞれが言っていることはこうなります。

安宅和人さん 知覚(意味を理解すること)

朝井リョウさん 意志(書きたいと思うこと)

前野隆司先生 意識(モノやコトに注意を向ける働きと自己意識)

石黒浩先生 情動(未知のものにどれだけ興味をもてるか)

 

表現は少しずつ違いますが、実はこれらは2つに集約できるように思います。

  1. 知覚 ≒ 意識(モノやコトに注意を向ける働き)
  2. 意志 ≒ 意識(自己意識)≒ 情動

  

さらに、「情動」という言葉はもっと身近な言葉では「好奇心」に置き換えられます。

 

人間もコンピュータも何らかの入力から情報処理を行って出力する装置とみなした場合の違いは、下記の図のように説明ができます。人間の場合の図は、安宅さんの知覚の全体観の図をベースにしています。

 

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          コンピュータの情報処理の場合

 

コンピュータの場合は、何らかの形で記号列に変換したものを入力し、入力された記号列のままアルゴリズムにしたがって処理して、アルゴリズムに書かれた出力を行います。

 

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              人間の情報処理の場合

 

人間の場合は、入力を感覚に翻訳し、対象の意味を理解して処理します。対象の意味を理解することが知覚であり、記号列のままに処理をするコンピュータとは根本的に処理が異なります。また、何を知覚し、どう知覚できるかは経験によると書かれています。元の図には書かれていませんが、どんな経験をするかは意志や好奇心が決定づけ、経験したことがさらに意志や好奇心に影響を与える関係にあると言えます。従って、知覚は間接的には意志や好奇心に依存すると言えます。さらには、何を出力しようとして知覚するかもまた、意志や好奇心に依存するのが人間の特徴です。

 

安宅さんの論文では「知性の核心は知覚にある」というメッセージになっています。このメッセージを拠り所にしてAIと人間を対比してみれば、コンピュータがいかに複雑な処理を高速に行ったとしても、人間が知的に行っていることにははるかに及ばないことがわかります。

 

もう一歩踏み込んで、Harvard Business Reviewの5月号に掲載されている4本の記事を総合すると「人間の核心は意志、好奇心にある」というのが私の解釈です。この解釈を拠り所にしてAIと人間を対比してみれば、コンピュータがいかに複雑な処理を高速に行ったとしても、人間のように知的に新しいものを生み出すことはできないことがわかります。

 

まとめると、今人間が知的に行っていることが完全にAIに置き換わってしまうわけでもなく、今はまだ人間が行っていない新しいことをAIが勝手に生み出すことはないと結論づけられます。少なくとも当分は。

 

この結論からすると、AIに何ら怯える必要はないという結論のようにも見えますが、それだけにとどまらない意味が含まれています。安宅さんの論文の最後の一文にある「『かわいい子には旅をさせよ』はいまも、そして自分に対しても正しいのである」を読んで、旅に出ようと思えるかどうか、実際に旅に出るかどうかは意志や好奇心が大きく影響します。意志や好奇心をもたない人には厳しい現実が待っている社会になったということも暗示されています

 

AIに関する誤解が生まれる理由

ここまでを読めば、必ずしもAIに脅威を感じる必要はないことは明らかです。にも関わらず、AI脅威論の空気が渦巻いているのはなぜでしょうか。

 

「コンピュータが小説を書く日」で2つの理由が示唆されています。

 

理由の1つは、現状のAIでどこまでのことができて、人間のどんな部分は機械化されない価値があるのかについての事実を正しく認識していないことです。事実は「コンピュータが小説を書く日」のようなAI研究者自身が書いた一次情報にあたればわかります。しかし、メディアのフィルタを通ると世の中がひっくり返らんとばかりの技術革新と社会変化がおこっているかのような情報として伝わってきてしまいます。

 

私自身も、膨大なデータを学習するディープラーニングによって第2次AIブームとは違う変化がおこっているような錯覚に陥っていました。冷静に考えてみれば、AIに何をインプットするかもアウトプットとして何が欲しいかも決めているのは人間なのですから、人間が道具として使うという点では第2次ブームの時と何も変わっていません。

 

もう1つの理由は、「コンピュータが小説を書く日」の中で説明されています。

・日本人は「万物に魂が宿る」と考え、物を擬人化するほどにそれほど抵抗がない。

・「コンピュータが判断する」「コンピュータが理解する」「コンピュータが学習する」といった擬人化表現に日常的に接していると、擬人化の意識が薄れて違和感なく受け入れるようになり、コンピュータがあたかも人間のようなものとして認識されるようになるのではないか。

・ロボットのように体をもつと、もっとやっかいになる。

 

これは確かに言われてみればそうです。他の物に比べて、コンピュータに対しては擬人化表現を使うことが多いような気がします。私たちは自ら、コンピュータが人間の代替になるものであると暗示をかけているようなものです。

 

いずれにしても、事実を正しく認識することの大切さを痛感します。

 

AIといかに向きあうか

第3次AIブームの過熱したAI熱が冷めたとしても、引き続きAIの技術開発は進むことでしょう。AIといかに向き合うかを考えるには、次の3つが前提になるでしょう。

1. AIで何がどこまでできるのかの事実を正しく知る

2. AIは人間に敵対するものとして恐れる必要はない

3. AIは取るに足らないものとして無視するのは得策ではない

 

この3つの前提に立った上で、AIに対してとるべき戦略は、生産性をあげるために、より高い価値を生み出すためにAIをいかに活用するかということに尽きるのではないでしょうか。実際、Harvard Business Reviewの5月号の中で、作家である朝井リョウさんはインタビュー記事の中でこう言っています。

小説のキャラクターの名前は「名前生成ソフト」で決めていて、自分ではほぼ考えていません。キャラクターの名前を決めることに、作家としての僕の独自性や創造性を発揮する必要がないと思っているからです。

 

膨大なデータの中からある条件にマッチしたものを探してくるようなことは、明らかに人間よりもコンピュータの方が得意です。コンピュータが得意なことはコンピュータに任せて、人間にしかできない部分で人間の能力を発揮した方がよくないでしょうか。折しも、働き方改革という名のもとに生産性の向上が叫ばれているのですから、AIも道具として使い、生産性の向上を目指せばいいと思います。ただし、道具は使い方によっては諸刃の剣になります。AIを使うにも人間の知性が試されます。

 

「ひと仕事を成し遂げた人の講演+野中郁次郎先生のコメント」がセットになった講演会を何度か聴講したことがあります。野中先生のコメントの最後はいつも「最後は生き方だ」であり、とりわけその部分に力をこめられていました。その時はぼんやりとしかわかりませんでしたが、そこに何か重要な意味があると直感して「最後は生き方」の言葉はいつもメモ書きしていました。今回、AIといかに向き合うかを考えてみて、ようやくその意味がクリアになりました。

 

大量のデータが蓄積され、AIの技術が進歩し、AIを道具として使うことが前提の社会が目前に迫っています。社会を前に進めるためにAIを道具としてうまく使えるかどうかは人間の知性に依存します。人間がAIと共存しながら知的なふるまいができるかどうかは人間の意志や好奇心にかかっています。AIと共存する社会とは、人間の意志や好奇心がクローズアップされる社会だと言えるでしょう。

 

AIといかに向き合うかを問うことは、自分の意志や好奇心を問うこと、言い換えれば自分の生き方を問うことに他ならないというのが私の結論です。

セレンディピティと知性

長男におこったセレンディピティ的出来事

私が子ども達に是非とも伝えたいと思っていた概念のひとつに「セレンディピティ」があります。言葉で説明するよりも事例で説明した方が圧倒的に理解が進むと思っていたところ、この春から大学院に進学して一人暮らしを始める長男にセレンディピティとも言える出来事がおこりました。

 

冷たい雨の降った3月の最終日、新生活に必要なものを揃えるために、会社を休んで長男の下宿先に向かいました。あれこれと買い物をして、2人で両手いっぱいの荷物になり、お昼も過ぎておなかもすいてきたので、いったん荷物を置きに部屋にもどることにしました。

 

これから始まる新生活のことを二人で話しながら歩きました。大学院での研究は学校外に出かけることが多いので電車代がかさむこと、電車代を補うために飲食店でのバイトを見つけたいと思っていること、下宿の近くでバイト募集中のお店を何軒か見つけたこと、次の日にでも電話してみようと思っていることなどなど。

 

話題の中心がバイトの話になり、学部生時代の友人の多くは家庭教師や塾講師のバイトをしていたと長男は言いました。それを聞いた私は、家庭教師や塾講師は比較的時給が高いことが理由に挙げられるけれど、アルバイト、もっと言えば労働は、時間とお金を交換するだけのものではないことを長男に伝えました。時間と体力や知力を差し出して得られるのはお金の他に経験という価値があること、自分の成長につながる経験ができるかも働く場所を選ぶ重要なポイントになることを話しました。

 

長男も学生時代の飲食店でのバイト経験から時給以外の選択基準を自分の中にもったようで、チェーン店ではなく個人経営の飲食店でのバイトを希望していました。その理由は、チェーン店では行動がマニュアル化されていて面白くないこと、個人経営のお店ではまかないご飯が出るからだそうでした。それを聞きながら、我が子ながら色々考えているんだと感心して、ちょっとは成長したかなと心の中でつぶやいているうちに下宿につきました。

 

両手いっぱいに買い物をした荷物を下宿に置いて、午後からの買い出しに備えて腹ごしらえに行くことになりました。雨も降っているし、午後もまだ買い物に行かなければならないしということで、近場のお店に行くことで合意し、歩いて5分程度の場所にある焼肉屋さんに行くことになりました。引っ越したばかりのことなので、当然のことながら長男も初めて行くお店です。

 

ランチタイムをとうに過ぎた遅めの時間でしたが、店内には常連さんらしきお客さんが何人かいました。あいた席に座ってランチメニューから選んで注文をして食事が出てくるのを待ちました。待ちながら、見るともなく店の様子に目をやると、お店は年配のご主人とその奥さんらしき2人で切り盛りしていました。

 

席にお茶とコップを持ってきてくれた愛想の良いおかみさんが、息子に話しかけました。

 

おかみさん 「A大の学生さん?」

長男 「そうです。4月から大学院1年生になります」

おかみさん 「A大の工学部の学生さんがうちでバイトすることになってるのよ」

長男 「大学時代の3年間、僕も焼肉屋でバイトしてたんです」

おかみさん 「あら、そうなの」

長男 「バイト募集中の貼り紙がないから、この店ではもうバイトの募集はしてないですよね?」

おかみさん 「もう募集はしてないのよ。うちは、結構すぐにバイトが埋まるのよ。ご飯がおいしいからね」

おかみさん 「またご縁があったらね」

 

長男は店に入る前にバイト募集の貼り紙があるかをチェックしていたようです。初対面の人から話しかけられて、聞かれたことに答えるだけでない会話ができるようになったのは学部生時代のバイト経験からだろうなあと思いながら2人の会話を聞いていました。

 

なかなかに美味しい焼肉を食べ終えて、お勘定をしようとしたら、厨房からご主人が出てきて代金受け取りの対応をしてくれました。そして、驚くべきことに、お金を支払った私ではなく、長男に話しかけたのです。

 

ご主人 「焼肉屋でアルバイトしてたの?」

長男 「はい」

ご主人 「アルバイトが4人いるんだけど、土日の人手が足りないんだよね」

長男 「土日なら入れます」

ご主人 「一度、面接に来てくれる?」

長男 「明日、面接に来てもいいですか?」

ご主人 「じゃあ、2時くらいに来て」

 

どうやら、焼肉屋でのバイト経験があるA大学の大学院生がバイトを探しているようだという話をおかみさんがご主人にして、それを聞いたご主人がアルバイト候補として長男に話しかけたようでした。バイト募集の貼り紙は出していませんでしたが、人手が不足しがちな土日に入れるいいバイトがいたら雇いたいと思っていたという事情があったようです。

 

長男と二人でお店を出た後は、たった今おこった出来事についての話題に花が咲きました。私は期せずしてバイト先が見つかるという幸運が訪れた場に立ち会ったことへの興奮を感じながら、「こういうのをセレンディピティって言うのよ。たまたま入ったお店でしたバイトの会話のどれかひとつでも欠けていたらこんな展開にはならなかった。いくつもの偶然が重なっての結果だね」と長男に言いました。「明日の面接でバイトが決まればラッキーだね」とも付け加えて。

 

飲食店では慢性的に人手不足であること、飲食店で新しくバイトを始めた人はすぐに辞めてしまう人が多いこと、新しくバイトを始めた人が接客等の色々な仕事を覚えるのには時間がかかること、あのお店の規模なら4人のバイトで回すのは厳しいことなどから総合的に判断して、バイトが決まる確度は100%に近いと踏んでいるというのが長男の見方でした。さらには、常連客がいるお店はお店としても悪くないという経験値も働いたようでした。

 

午後からは、また入用なものの買い出しに出かけ、買ってきたものを部屋にしまってなどをしていると、あっという間に時間が過ぎていきました。一通りの入用なものの買い出しは終えたので、後は長男に任せて私は高松へと帰ってきました。

 

次の日の夜、長男にバイトの面接がどうだったかを聞いたところ、基本的に土日にバイトに入れるかだけの確認で他には何も聞かれずに4月からバイトをすることがあっさり決まったとの返信でした。こうして長男のバイト探しはあっけないくらいに簡単に、理想的なバイト先が見つかるという結末を迎えました。これをセレンディピティと言わずして何と言えばいいのでしょうか。

 

バイトで身につけた意外な力

バイト先になる焼肉屋さんで昼食を食べた日、夕食を食べながらの話題もバイトのことになりました。「学部生の時のバイトで一番難しかったことは何?」という私からの質問に対して返ってきた長男の答えは「予測すること」でした。私はお客さんとの接し方というようなコミュニケーションに関するものを予想していたので、意外な答えに驚きました。

 

詳しく聞いてみると、飲食店ではいかに空いた席をつくらないかが重要であり、来店客をどこに座らせるかというのが非常に大きなキーファクターになるそうです。

 

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例えば、図のような空き席の状況で、待っているお客さんが1番目がお二人様、2番目が4人様だった場合、1番目に待っているお二人様を案内する可能性はB席とC席の2通りがあります。何も考えずにB席に案内してしまった場合、A席があいて合計の空き席数が4つになっても、A席とC席は離れているので、4人様のお客様を案内できずに席をあけておくことになってしまうというわけです。したがって、単に空いている席を確認するだけでなく、常に全体を観察して、注文の状況等から、A席とD席のどちらのお客さんが先に帰りそうかの予測のもとに1番目のお二人様の席を決定しなければならないそうです。

 

バイトとはいえ、飲食店では、予測という非常に高度な思考が要求され、予測をするためには観察する力が磨かれることをこの話を聞いて初めて知りました。この話を聞いて、長男が学部生時代のバイト経験でいかに成長したかも知りました。

 

セレンディピティの要素

セレンディピティとは「偶然の幸運に出会う能力」と言われます。単なる運というよりは、個人に備わった能力という側面があることを意味します。

 

セレンディピティに何よりも必要なこととして言われるのが、行動することです。動かないことには幸運に出会うこともないですから。しかし、闇雲に動いていればいつか幸運に出会うというのはあまりにも芸がなさ過ぎます。セレンディピティは行動すること以外にもうひとつの要素があると思えるのです。もうひとつの要素は予測する能力だと思うのです。闇雲に行動するのではなく、自分の期待することがおこる可能性があるというある程度の予測のもとに行動するからこそ、実際に幸運に出会うことができるのではないでしょうか。

 

長男は学部生時代のバイトで予測する力を身につけていたからこそ、焼肉屋さんでのおかみさんとの会話で自分のバイト経験の話をし、ご主人との会話で人手の足りない土日に自分が入れることを話し、面接の日時をその場で翌日に設定して決めるという行動ができたのだと思います。これらの行動は、おそらくは無意識のうちに直感的に行ったものだと思います。その結果が幸運な出会いにつながったのです。

 

セレンディピティと知性

私が偶然にも読んでいた「日本の反知性主義」という本の中にこんな一説が書かれていました。

 

まだわからないはずのことが先駆的・直感的にわかる。それが知性の発動の本質的様態だろうと思う。

 

つまり、予測する能力とは知性とも言い換えられるわけです。このことから、セレンディピティには知性をもって行動することが必要だと結論づけられます。

 

「予測できるようになるために、お店の人はどんなことを教えてくれたのか?」と長男に聞いてみました。答えは「考え方」でした。

 

考え方を聞けばすぐに予測ができるようになるわけではありません。うまく予測できなくて失敗してしまうことも当然あるわけです。そんな時、その具体的な事象に対して、どう考えればうまく予測できるかの指導がなされたそうです。決して、思考をすっとばして、こういうパターンの時にはこうするというパターン化した行動を教えられたわけではなかったそうです。「状況は無限に存在する。だからマニュアル化はできない。自分で考える他にない」と長男は言いました。

 

久しぶりにじっくり向き合って話をした長男の受け答えに知性を感じたのは言うまでもありません。新しく始まる大学院生活も一人暮らしも、何があってもセレンディピティを存分に発揮して進んでいくであろう長男の姿が想像できました。そんな長男の姿を見ると、パターン化やマニュアル化という言葉とはおさらばして、知性を磨いて偶然の幸運に出会うワクワクな人生を歩んでいきたいと思わざるを得ませんでした。

単身赴任生活が浮かび上がらせるもの

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東京から高松に転勤する、つまりは単身赴任をすることが確定したのはちょうど去年の今頃でした。新しい生活への不安と期待の入り交じった複雑な気持ちで桜の季節を迎えたことを覚えています。

 

実は、私は2種類の単身赴任生活の経験者で、なかなか珍しい生活経歴の持ち主です。

家族で一緒に暮らす

夫が単身赴任して私と子ども達だけで暮らす

私が転勤になって再び家族で一緒に暮らす

私が単身赴任をする

 

夫の単身赴任も、その後に再び家族で暮らすことも、私が単身赴任することもすべて想定外の出来事でした。人生は何がおこるかわからない面白いものです。何事もやってみてわかることがあるもので、単身赴任生活をする中で浮かび上がってきたものがあります。

 

決断する覚悟

荷物を送り出して、いよいよ夫が単身赴任先に向かった日、当時小学3年生だった娘が「パパのお引っ越し」という題名の学校日記を書いて先生に提出しました。先生から「いつまで単身赴任するのですか?」という赤字のコメントが返ってきたそうです。それに答えようと、私に「いつまで?」と聞いてきたので「ずーっと」と答えました。単身赴任が終わる予定は全く見えなかったからです。

 

単身赴任後、はじめて週末に夫が帰ってきたのを見た娘が放った一言は「何しに帰ってきたの?」でした。単身赴任という概念やその実態が小学生の娘には理解できていなかったことが判明した瞬間でした。

 

私と子ども達だけの生活が始まって、それまで夫と2人で分担していた家事はすべて私にふりかかってきました。簡単なことは子ども達にも分担してもらいましたが、やはり物理的な負担は大きくなりました。

 

毎日に追われるように生活していたはずですが、時が経つと大変なことは忘れてしまうようで、思い出すのは子ども達との楽しい夕食のひとときです。子ども達から差し出される学校での出来事や私が仕事をする中で得た社会の動きなどを話しながらの一コマがこの頃の生活シーンとして甦ってきます。週末に夫が加わると、いつものように会話していると話が通じないことがありました。毎日一緒に生活する中で私と子ども達との間で共有されていた文脈をすっとばして話をすると、夫には話がわからなかったのです。一緒に生活することは文脈を共有することというのは、夫が単身赴任をして気づいたことでした。

 

もちろん、こんな楽しい時間ばかりだったわけではなく、小さな事件は頻繁におこり、親子のけんかもありました。なんだかんだはありましたが、日常の生活はなんとかやっていけるものでした。

 

夫の単身赴任で決定的に大きく変わったのは、何かがおこった時に自分で決断する覚悟が必要になったことです。一緒に暮らしていれば相談したり意見を求めたりが簡単にできたのに、離れているとそれが難しくなりました。子育てに関しては、わざわざ電話するほどのことでもないけど、できれば自分とは違う視点もほしいという思うことは山ほどありました。特に、長男の受験の時には、親として初めて迎える受験だったので、私自身もどうしたらいいのかと判断に迷うことがありました。相談できる相手がそばにいなければ、自分で決断して対応するしかありませんでした。

 

夫が単身赴任中に、私の所属部署がこぞって転勤することになりました。同僚の男性から単身赴任をするか家族を連れて転勤するかで迷っていると相談を受けました。「単身赴任をした場合、奥さんは子どものことをはじめとして日常の小さなことも含めて自分で決断することを迫られることなる。それは覚悟しておいた方がいい」と伝えました。夫が単身赴任をして何がおこるか一つだけ伝えるとしたら、私の経験からはこれでした。

 

余白の時間

予期せぬ私の転勤で、再び家族そろって暮らすことになりました。それからさらなる時を経て、今度は私が単身赴任をすることになったのです。

 

単身赴任生活を始めてしばらくしてから、単身赴任をしている男性社員の会話から「単身赴任だから大変」というフレーズが聞こえてきてびっくりしました。なぜなら、私が単身赴任生活を始めての感想は「単身赴任って楽!」だったからです。食事の後片付けも1人分なのであっという間に終わってしまいます。部屋を汚すとしたら自分だけなので掃除もささっとすませられます。洗濯を干すのもこれだけなのというくらいに少ないです。家事の量が圧倒的に少なくなって驚くほどに楽になりました。

 

東京で家族と一緒に暮らしていた時にも、夜や休日に出かけることはありましたが、事前調整は必要でした。事前に夫に話をして、そこは出かけるので食事の用意はお願いできるかを確認してから出かけていました。受験生がいたりもしたので、出張はともかく、プライベートで泊まりがけで出かけるのは気がひけて行けませんでした。

 

よく、既婚の男性社員がその日の夕方になって「今日は飲みに行こうか」と突発的に出かけるのを見て、あれは私にはできないと思っていました。単身赴任になってから、同じように結婚していても男性と女性の精神状態の違いがどこにあるのかがよくわかりました。私も単身赴任をしてからは、自分の行動に何の制約も感じなくなって、プライベートでの広島への週末遠征も誰にも気兼ねすることなくするりと参加できました。なんて身軽になったんでしょう。

 

もちろんいいことばかりではありません。気持ちが落ち込むようなことがあっても、家に帰って話してスッキリするというようなことはできなくなりました。それは仕方のないこととあきらめています。

 

単身赴任を始めての一番の変化は余白の時間ができたことです。自分一人の身の回りのことだけですむので、追われるように一日が過ぎていくということはなくなりました。夕陽が海に沈むのを飽きもせずに眺めたり、図書館に行っていつもとは違うジャンルの本を物色してみたりと、無駄とも思える時間を過ごせるようになりました。これが無駄かというと案外そうでもなく、単身赴任生活を始めてから「あれはこういうことか」と全く別のところで得た知識がつながったり、「これをやってみるといいかも」と新しいアイデアを思いつくことが多くなった気がします。特に子どもが小さかった頃のひたすらに時間に追われていた生活を思い出すと、余白の時間をもてることはとても贅沢なことだと感じています。

 

生きてるけど生活してない

家族が住む東京へは時々帰っています。帰った時には、部屋に積もったほこりを掃除機で吸い取り、布団を干し、季節の変化にあわせて装いを変え、消耗品の補充をして、と家事にいそしむ時間が待っています。いつ帰っても、真っ先に思うのは「掃除をせねば」です。

 

東京で生活している夫と子どもの暮らしを一言で表現するならば「生きてるけど生活してない」という感じです。生活している本人達がそれで良しとしていることなので口出しはしませんが。

 

家族ことを思っているのに・・・

東京に帰った時に、めくられていないままのカレンダーを見ると、家族と一緒に過ごせなかった時間と共有できなかった文脈を意識させられます。埋められない文脈の溝ができない間隔で東京に帰らなくちゃなと思います。

 

単身赴任先の高松にもどるために東京の家を出る時には毎回、胸の奥がほんの少しちくりとするような何とも言えない感覚が身体に走ります。大きな被害を受けなかったとはいえ、阪神淡路大震災東日本大震災の揺れを体験した身としては、もしかしてこれが家族と会った最後の機会になるかもしれないと無意識の覚悟をしているからかもしれません。

 

家族との関係についても、今日と同じように明日も一緒にいることが当たり前ではないと、毎日一緒に暮らしていたらわからなかったことを単身赴任生活は浮かび上がらせました。

 

実は、先日、こんなことがありました。仕事が終わってから最終便で東京に帰ろうと小さなスーツケースを持って出社した時のことです。エレベーターで乗り合わせた同じオフィスで働いている方から「出張ですか?」と聞かれたので「東京に帰省です」と答えました。「ご両親が東京に住んでるんですか?」と再び質問されたので「夫と子どもが東京に住んでます」と答えたら、ひどく驚いた表情になりました。その後で言われたのが「独身かと思ってました。生活のにおいがしなかったので」でした。

 

離れて暮らしてはいても家族のことはいつも気にしています。なのですが、他の人からは私が一人の生活を謳歌しているだけに見えてたんですねえ(笑)。

変われる人、変われない人

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2017年第3回目の孫子女子勉強会は3月17日(金)の夜に開催されました。1日分の休暇をとれば参加できる金曜開催とあれば参加しない手はないと、16日の最終便の東京行きの飛行機に乗りました。

 

この勉強会では、今日はこのテーマについて勉強しましょうとキッチリ決まったものがあるわけではなく、講師の田中先生から呼び水となるテーマが投げかけられた後、参加者が自由に発言をする中で一度限りのカオスな場が動いていきます。ひとつの結論に向かって進んでいくわけでもなく、かといって言いたいことを発散的に言っておしまいというわけでもない不思議な場です。

 

貸し会議室の予約時間のお知らせを告げる呼び出し音が鳴り響いて、「あー、今日も2時間あっという間だったなあ」と感じて勉強会は終了しました。その後のさらにエキサイティングな懇親会を経て帰路についた後、私の中にはモヤモヤが残ったままでした。この勉強会に参加して私の中にどんな変化が起こったのかを言語化したいと思いながら、なかなか言葉にする道筋が見えてこなかったからです。誰に言われたわけでもないけれど、言葉に残しておくことが自分のミッションであるかのように感じて、なんとも言えない気持ち悪さが残りました。今回は諦めるかなとも思ったりもしましたが、ようやく言葉にできました。

 

人が変わること

田中先生からの話題提供のひとつに「変化すること、変化できること」がありました。人口減少、AIなどのテクノロジーの進歩、第四次産業革命、働き方改革と、社会の変化を表す言葉には枚挙にいとまがありません。そんな社会で生きる私たち自身にも変化が求められるのは必然のなりゆきです。「ほとんどの人は変わらなければと言っているけれど、8割くらいの人は変われない」というのが田中先生が感じていることだそうです。

 

人が変わるというのは、その人の価値観が変わるということです。人の価値観が変わるには次の2つのケースがあります。

  • 違う価値観と出会う
  • 体験する

 

違う価値観と出会う

価値観が変わるケースの一つに違う価値観と出会うことがあります。

 

私たちは一人の個人であると同時に、家庭と職場というコミュニティに属しています。それぞれのコミュニティにはコミュニティに共通的な価値観があり、知らず知らずのうちにその共通的な価値観を受け入れてしまっています。

 

ですから、違う価値観と出会うためには、家庭でもない職場でもない第三の場への参加が必要になります。そこでの人との出会いを通して、新しい価値観と出会い、自分が変わっていくことができるわけです。

 

第三の場に参加すればよいのかというと、単に参加すればよいという単純なものではないということが懇親会で判明しました。この日の勉強会には、講師の田中先生以外にもう一人、越後屋さんと呼ばれている男性が参加していました。越後屋さんは、勉強会にお菓子の差し入れを持ってきてくれただけでなく、お菓子を載せる敷紙までご用意くださって、全員に配ってくれるというような気配りの達人です。

 

田中先生は、男性中心の孫子勉強会も開催していると聞いたことがあったので、懇親会で越後屋さんに聞いてみました。

 

: 「孫子男子勉強会と孫子女子勉強会は違いがあるんですか?」

越後屋さん: 「もう全然違います」

 

: 「どんなところが違うんですか?」

越後屋さん: 「男子勉強会の方は自分の知識をひけらかすような発言がありますね。その会の中で自分のポジション取りをするような」

 

: 「へえ、なんだか面白くなさそうですね」

越後屋さん: 「そうなんです。ですから、勉強会も楽しくなくて続かなくなってしまいました」

 

: 「学生の時は変なグループ化があって女子って面倒くさいって言われますけど、社会人になると男子の方が面倒くさそうですね(笑)」

 

越後屋さんから孫子男子勉強会の話を聞いて、その勉強会では第三の場の意味はないなと思いました。会社の価値観をそのまま勉強会にも持ち込んで、閉じたせまい枠内の中でのポジション取りが関心の中心だとすると、違う価値観に触れることもできず、例え触れたとしてもそれを受け入れることもできないでしょうから。

 

それに比べて孫子女子勉強会は、誰もがオープンマインドで語り、自分とは違う価値観が提示されたら、そういう考え方もあることを受け止める度量があります。ですから、孫子女子勉強会は新しい価値観に触れる場として機能しています。孫子女子勉強会は、新しい価値観に触れて、毎回ちょっとずつ自分を変えていく場になっていたことに、これを書きながら気がつきました。

 

体験する

価値観が変わるもう一つのケースが体験することです。

 

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人間の想像力には限界がある。実際に体験して骨身に沁みてわからないと考え方を変えられないと実感したのは、2年前に左手の指を骨折した時でした。片手が使えない不自由さはこういうことだろうという想像はある程度つきました。いざ、実際、その身になると、両手が使えていれば何の問題もなくできていたことも、片手になった途端におそろしく時間がかかったり難しくなりました。その難しさは想像をはるかに超えていました。

 

3週間ほどしてギプスをはずす日も想像を覆される体験をしました。ギプスをはずすことを待ち望んでいたはずなのに、実際にはずした後にやってきたのは、骨折した指を守られていたものがなくなった頼りなさからくる恐怖心でした。そして、3週間、固定された手に何がおこるのかも想像を絶する体験でした。握力が全くなくなり、ハンカチ1枚をもつことすらできなくなっていました。傘が持てるようになるには相当な時間がかかりました。

 

この体験は身体的にはつらいものでしたが、体験から得られたものは大きいものでした。私たちはわざわざ体験しなくてもわかると思いがちですが、それは体験の価値をあまりにも低く見積もっていると言わざるを得ません。

 

変われる人、変われない人

人が変わるメカニズムはわかりました。次に「なぜ変われない人がいるのか?」を考えてみようかなと思いましたが、これを論じることに意味はないことに気づきました。孫子女子勉強会は上にも述べたように、違う価値観に触れる場であり、参加者は勉強会への参加を通じて多かれ少なかれ変化している人達です。

 

私たちは、変わらないといけないという脅迫観念に追われているわけでもなく、変わった方が得という損得勘定で考えているわけでもなく、変わることを純粋に楽しんでいるメンバーです。違う価値観と出会うと驚きと面白さを感じるメンバーです。何かを体験することの価値に疑いをもっていないメンバーです。だからみんなで広島まで遠征に行っちゃったりするわけです。

 

こんなメンバーが、「なぜ変われない人がいるのか?」と問うことは、私たちはプリンが美味しいと思って食べているのに、なぜ美味しいと思わない人がいるのかと問うようなものです。変われない人は変わる楽しさを味わえなくて残念ねという以上に何かを言うことに意味はないと思います。

 

特定のテーマをもたないカオスな会話の中から、自分でこれは面白かったというテーマを見つけて学んでいくのが孫子女子勉強会の醍醐味です。

センスの正体

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イデアソン、ハッカソン、メイカソンなど、言葉や写真だけではなかなか伝わりにくいイベントの記録動画の作成を撮影から編集までを一貫して行ってきました。

 

3月4日に伊予銀行本店で開催された「いよぎんアイデアソンChallenge2017」には、参加者として参加しました。そのため、初のチャレンジとして、撮影は他の方にお願いして、編集のみ担当するという分業制で動画を作成しました。何を撮影すればよいかを教えてほしいというリクエストには、以前に書いた動画制作に関するブログでお応えしました。

 

編集作業のスタートは、いつものように撮影した動画を一通り確認することから始めました。確かにブログに書いたようなシーンが撮影されていましたが、何かが違うと感じました。違和感を感じたことを友人に話したら、「撮影にはセンスがいるからねえ」という反応が返ってきました。

 

センスの違いと片づけてしまうこともできたのですが、「センスって実際のところ何なの?」と勝手に頭が考え始めてしまったので、考えたことを書きとめておきます。

 

センスの違いとは何か

まずは、具体的な事例でセンスの違いを説明したいと思います。

私ならこんなシーンを撮影したと思うけれど、今回は撮影されていなかったシーンとして挙げられるものが下記です。

(1)伊予銀行の建物

(2)紙に書き出すワークの際にペンが止まっている人物

(3)プレゼンターの話に聞き入る人のアップの表情

(4)プレゼンターが話し終わった後の拍手のシーン

 

私が自分で撮影を担当していたら、これらのシーンは撮影していたはずです。なぜなら、何度か動画作成を繰り返すうちに、これらのシーンがイベント記録動画に有効だというノウハウがたまっていたからです。センスの違いとはノウハウの有無の違いとも言えます。

 

センスはどうやって身につけられるか

私も動画を作り始めたのは約1年半前からです。それまでは動画作成のノウハウは持っていませんでしたし、特にノウハウ集的なものを読んだりしたこともありませんでした。(1)~(4)のシーンを撮影した方がいいというノウハウが身についたのはなぜかと考えてみたら、「良い事例」と「実践」から学ぶことを繰り返したおかげだったと思います。

 

初めて動画を作成する前には、お手本となるような良い事例の動画を選んで、同様なイベントの記録動画をまず見ました。その中から、あるといいなと思ったシーンや、どれくらいアップで撮るといいのかや、単調にならないようにどんなアクセントをつければ良いのかなど、何を撮影すれば良いのかを感覚として理解しました。初めてトライする時に良い事例から学ぶことはとても重要だったと思います。

 

とにもかくにもまずは1回作ってみました。初めての編集は大変でしたが、学びが大きかったです。編集する時になって初めて、このシーンはいらなかった、このシーンを撮影しておけばよかった、このシーンはこんな風に撮影すればよかったということに気づかされ、気づきのオンパレードでした。撮り損なった撮影の失敗経験はノウハウに変換されて自分の中に残りました。その後も編集をする際には、編集と撮影についてのリフレクションが同時進行で行われて、撮影のノウハウが蓄積されていきました。

 

こういった経験を経て、(1)~(4)のシーンを撮影するセンスが身につき、そのシーンを撮影すべき理由も説明できるようになりました。

 

(1)伊予銀行の建物

イベントが行われた建物や入り口は動画のオープニングに使えます。今回は、自分が伊予銀行に着いた際にiPadで建物を撮影していたのでそれを使うことができました。

 

(2)紙に書き出すワークの際にペンが止まっている人物

紙に書き出すワークでは誰もがスラスラとペンが動くわけではありません。ちょっと考え込んでペンが止まっていることもあります。そういった様子も動画に含めると、ペンが動いている様子との緩急がついて面白みが出ます。ペンが止まっている人物を撮影する時も、どこかしら動いている部分はあるのでその部分を含めて撮影します。

 

(3)プレゼンターの話に聞き入る人のアップの表情

誰かがプレゼンをしているシーンは、聴衆の表情も撮影して、プレゼンターと聴衆の様子をつなげて編集するとプレゼンのシーンの臨場感が伝わります。聴衆の表情を撮影する時もうなづいている時やクスリと笑った時などの表情を撮影した方が場の雰囲気が伝わりやすくなります。

 

(4)プレゼンターが話し終わった後の拍手のシーン

プレゼンターが話をしている時は聴衆は静かに聴いています。一人だけが話しているシーンに対して、話し終わって大勢が拍手するシーンはアクセントになります。

 

センスの正体

先にも書いたように、撮影のノウハウについてはブログに書いていました。(1)~(4)のシーンについてはブログに書かなかったのではなくて書けなかったのです。どういうことかと言うと、具体的な事例に対して自分とはここが違うと言うことはできますが、自分がもっているありとあらゆる身体知を言語化することは不可能だったのです。

 

センスの正体は言語化しつくせないノウハウであるというのが私の結論です。

 

撮影に限らず、ノウハウをどんなにマニュアル化したところでセンスのある人と同じようにはいかないわけです。じゃあセンスがないと思っている人はどうすればよいのでしょうか?センスがないと嘆く前にやってみるに限るというのが答えです。実践すれば何かしら新しいノウハウがたまっていくものですから。ただし、やりっぱなしにするのではなく、リフレクションすることがノウハウをためる必要条件です。

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テクノロジー時代に新しい価値を生み出すものづくり

2月にイベント開催したものづくりプロジェクトもようやく一区切りがつきました。このプロジェクトを通じて、テクノロジー時代に新しい価値を生み出すものづくりについて考えたことを綴っておきたいと思います。

 

ものづくりプロジェクトの概要 

今回のものづくりプロジェクトは、高知県の伝統工芸品である土佐和紙を使って幕末維新博(高知県が2017年3月から2年かけて開催する観光キャンペーン)をPRする衣装をつくる企画にしました。2月1日の夜にアイデアソン、2月18日(土)に1日かけてメイカソンというプログラムを工作機械を備えたTechShop Tokyoで開催し、参加者は一般募集しました。

 

2月1日のアイデアソンは2時間30分と短い時間ながら、各チームともに独創的なアイデアが出されました。2月18日(土)は1日かけてのメイカソンといっても発表や審査の時間も必要だったので、実質的には5時間程度しかありませんでした。そのため、2月2日から2月17日までの期間、イベント参加者はTechShopで制作を進めることもできるようにしました。

 

ものづくりが好きな人 

TechShopを場所として使えるとはいえ、参加者のほとんどが社会人なので、自主制作を進めるには、仕事が終わった夜の時間や休日の自分の時間を提供していただくことになります。作品審査と副賞の用意はしましたが、それほど高価な副賞ではありません。自分の時間を捻出してイベント以外の期間にも自主制作をしてもらえるかはやってみないとわからないというのが正直なところでした。

 

2月1日に初めて出会ってチームを組んだメンバーがネットで連絡を取り合い、ほとんどの参加者が自分の時間を使ってミーティングや試作を進めてくださいました。事務局の予想をはるかに上回る制作へのモチベーションの高さに、アンケート項目に自主制作活動の動機の項目を追加したほどです。一体、何が動機づけになっていたかというと、副賞目当てなどという人は一人もなく、全員がアイデアを具現化するには2月18日のイベント時間では足りないからというものでした。

 

2月18日は朝から夕方まで、お昼をはさんで制作するというプログラムでした。この日の会場は、時折笑い声も聞こえたりはしましたが、誰もが自分のタスクに集中してもくもくと制作を進めていました。12時を過ぎた頃から何度かランチをとってくださいとアナウンスをしましたが、ほぼ全員がランチを抜いて制作を進めました。

 

メイカーとも呼ぶべき、ものづくりが好きな人というのは、アイデアをカタチにすることへの妥協を一切しない人でした。

 

2月18日の制作終了時刻までに、すべてのチームが作品を完成させて発表を行いました。その独創性と完成度の高さには驚きしかありませんでした。ただし、もうちょと時間をかけて手を入れたいと思っているチームもありそうだったので、最終の作品提出は2月25日まで延長することにしました。2チームがさらに作品をブラッシュアップして、展示しやすいように細部まで気配りした処理を施してくれました。

 

ものづくりが好きな人は、ものづくりへの妥協をしないだけでなく、心配りもできる人なんだなあと感心しました。ものをつくる際には、それがどう使われるかを考える必然性を含みます。ですから、独りよがりでものをつくるのではなく、使うシーンへの想像力を働かせられるのでしょう。

 

新しい価値を生み出すものづくり

新しい価値を生み出すものづくりは、

「理解する」→「アイデアを発想する」→「カタチにする」

の3つのプロセスからなります。

 

「理解する」の部分では、良いインプットを提供できるかはプログラムに依存し、インプットからインサイトを得られるかは参加者に依存します。

 

「アイデアを発想する」の部分では、良いアイデア創出メソッドを提供できるかはプログラムに依存し、インサイトからアイデアを発想できるかは参加者に依存します。

 

「カタチにする」の部分では、時間制限がある中で良いアウトプットが出せるような条件設定ができるかはプログラムに依存し、アイデアをカタチにする技術があるかは参加者に依存します。

 

いずれにせよ、ものづくりの質を決める変数はプログラムと参加者です。良いものづくりをするには、良いプログラムと良い参加者の2つの条件が揃うことが欠かせません。プログラムと参加者のどちらの比重が高いかというと、圧倒的に参加者の比重が高いというのが経験的に感じていることです。良い参加者が集まれば、多少プログラムの質が低くても良いアウトプットが生まれます。新しい価値を生み出すことに慣れていない参加者の場合には、プログラムを十分に練る必要があると言えます。

 

テクノロジー時代のものづくり

これまではアイデアはあってもカタチにするには職人的な技術や機械へのアクセスができる人に限られていました。レーザーカッターやUVプリンタ、3Dプリンタといったデジタル工作機械やArduinoRaspberry Piのような安価な電子工作部品を使えば、簡単に色々なものがつくれるようになりました。こういったテクノロジー時代になると、カタチにする部分の多くは機械でできます。

 

デジタル工作機械は高額なので個人で購入するのは難しいですが、そういった機械を備えていて個人がものづくりができるファブ施設は今、全国に120ヶ所まで増えているそうです。個人で所有しなくても、ファブ施設に行けば、デジタル工作機械を使って個人でのものづくりができる時代になっています。

 

例えば、レーザーカッターを使えば精巧なカッティングも可能になります。人間が行うのは、デザインを考え、レーザーカッターにつながったPCのソフトにデザインをインプットして、レーザーカッターの調整を行うことです。PCソフトの操作やレーザーカッターの調整の部分はそれほど難しいものではないので、学習すればできるようになります。テクノロジー時代のものづくりには、圧倒的にアイデアの部分が重要になります。

 

今回のプロジェクトで独創的なアウトプットが生まれたのは、幕末維新のインプットからインサイトを得たしっかりとしたアイデアがベースにあったからこそです。

作品タイトル「龍馬が兄に宛てた幕末の桃色手紙!現代LINEで語ればこうなる!」
半身別に今昔を表現し、正面に主文、背面に追伸文とする。

作品タイトル「文明開花」
コンセプトは明るい華やかな未来の訪れ。動乱の幕末、維新志士たちの活躍により、新しい文明の花が開いていくことを表現。

作品タイトル「時を動かすもの」
光の点滅と熱伝導による和紙の色変化で、維新(時代の動いた時)を表す。

作品タイトルおりょうへ贈る現代のウエディングスタイル」
日本に新しい風を巻き起こした龍馬夫妻に贈る婚礼衣装。高知の大地のやさしさで花嫁を包み込んで輝かせる、そんな想いを、ハリとしなやかさを併せ持つ和紙の特徴をいかして表現しました。

 

先に、新しい価値を生み出すものづくりは、「理解する」→「アイデアを発想する」→「カタチにする」の3つのプロセスからなると書きました。アイデアが先にあってそれをカタチにすることには違いがありませんが、カタチにできる術を知っていることがアイデアを生む側面もあります。例えば、今回、和紙の色を変えるというアイデアをカタチにしたチームがありました。これは、こんなことならできそうだという技術的な勘がはたらいたからこそできた発想だったと思います。

 

ものづくりの価値

イデアさえあればほとんど何でもつくれる時代になりました。一方で、100円ショップに行けば、ほとんどのものが100円で手に入る時代でもあります。自分でものづくりをするのと安価な既製品を買うのとを比べた場合、価格面で比較すると、既製品を購入する方に軍配が上がります。

 

わざわざ自分でものづくりをする価値はつくるという過程にあります。つくる過程でこそものをつくる喜びを得られます。今回のものづくりプロジェクトの参加者も、つくる喜びがあるからこそ、ランチも抜きで自分の時間も使って制作にうちこんでくれたのでしょう。

 

見る側からしても、できあがった完成品を見るだけでなく、つくる過程を見る方が圧倒的に面白く価値があります。つくる過程を見ると、できあがった作品の見えない部分にこめられた創意工夫や思いがわかって、完成品を見る目も変わります。

 

私がつくる過程を見ることに価値があることを知ったのはとある経験からです。娘が中学2年生の夏休みに映画を作るワークショップに参加しました。プロの映画監督に指導してもらいながら、合宿も含めて約1ヶ月をかけて子どもたちがつくった映画を完成試写会で見ました。中学生がつくったとは思えないクオリティの映画でした。けれども、子ども達がつくった映画よりも、そのメイキング映像の方がはるかに心を揺さぶられたのです。できあがった映画だけを見たとしたら「へえ、すごいなあ。中学生でもここまでつくれるのか」で終わっていたと思います。メイキング映像では、そのワンシーンを撮るためにどれほどの紆余曲折があったのか、つくる過程でどんな感情が渦巻いていたのか、どんな成長のストーリーがあったのかを知ることができました。

 

この経験から、ものづくりにはつくる過程にこそ面白さと価値があり、ものづくりの価値を伝えるにはつくる過程を伝える必要があると知りました。

 

私が、ものづくりプロジェクトの記録動画を作ったのは、つくる過程を伝えることに価値があると確信していたからです。記録動画をつくりながら、記録動画はものづくりプロジェクトの参加者にとっても価値があることに気づきました。参加者はチームに分かれて制作を行いました。また、チーム内でもかなり分業して制作を行いました。それぞれが自分のタスクに無我夢中で取り組んでいたので、他のチームはおろか自チームでも他の人の制作過程はほとんどわからない状況だったのです。ですから、記録動画は、他のチームはこうやってつくっていたのか、他の人はこうやってつくっていたのかということを参加者にも伝える役割を果たせたと思います。

今回のプロジェクトの記録動画はこちらからご覧いただけます。↓

https://www.facebook.com/techshopjapan/videos/642611509255711/

 

テクノロジー時代のものづくりプロジェクトの価値

今回のものづくりプロジェクトでは、アウトプット作品で土佐和紙と幕末維新博をPRすることを出口として設計し、幕末維新博の開幕日にあわせて高知空港での作品展示を行いました。いずれの作品も負けず劣らずの素晴らしい作品で、4作品が並ぶと人目をひく展示になりました。

 

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ものづくりプロジェクトの価値は、果たしてアウトプット作品の展示によるPRだけでしょうか?

 

土佐和紙は薄くて丈夫で、しかも美しいことは確かでした。それをPRして知ってもらうことは大事ですが、それだけで新しい需要を喚起できるでしょうか?今回のプロジェクトでは、土佐和紙にレーザーカッターで精巧なカッティングを施したり、そこに薄い色の土佐和紙を重ねて光らせたり、特殊なペインティングで和紙の色を変えたりといった、テクノロジーを活用した和紙を使った新しい表現アイデアが出され、実際にカタチにできることが実証されました。

 

レーザーカッターでの和紙のカッティング

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カッティングされた和紙

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カッティングした和紙に色和紙を重ね合わせ

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色和紙を重ね合わせて光らせたもの

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ペインティングした和紙の色変化

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テクノロジーを活用することで今までにない新しい発想が生まれたことを参加者の一人がこんな言葉で表現しています。

 

「和紙単体だと民芸的なものをイメージするけど、そこに電気や機械が入ってくると和紙だけではイメージできないカタチが取り込みやすかったので、機械と和紙のような伝統的なものを組み合せることで今までになかったものを創れた」

 

このものづくりイベントを高知県内で開催していたとしたら、残念ながら今回のようなアイデアは出てこなかったと思います。なぜなら、こういったテクノロジー活用のナレッジをもった人は今は都市部に集中しているからです。

 

けれども、ここで出されたアイデアをヒントとして、土佐和紙を使った新しい商品開発を高知県内で行うことはできるのではないでしょうか。

 

また、今回のプロジェクトの参加者は、作品をつくる過程を通して高知県への理解を深め、高知県への愛着を感じてくれるようになりました。つまり、高知県はテクノロジー時代のものづくりができる人達とつながることができたのです。

 

この2つの価値はアウトプット作品の展示よりもはるかに大きな価値ではないでしょうか。これらの価値が地域と都市をつなぐ活動の価値に他ならないと思えるのです。これからの時代には、こういったカタチのない価値に気づけるか、気づいたとしてその価値を活かせるかがプロジェクトの成果の明暗を分けるのだと思います。