アドラー心理学のライフスタイルから学ぶ点と線の生き方

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デパ地下がいつもと違う客層でにぎわった3月14日の孫子女子勉強会は、再び熊野さんを講師に迎えてアドラー心理学について学びました。年度末がせまっていることもあって欠席者がちらほらいて、こじんまりとした人数での開催となりました。私は、前回、不覚にも電車の乗り間違えによる遅刻という失態をやらかしてしまったため、今回は遅刻してなるものかと気合を入れて貸し会議室に向かったところ、なんと1番のりでした。

 

 

アドラー心理学とライフスタイル

孫子女子勉強会でアドラー心理学を学ぶのは2回目となり、アドラー心理学の基本的な考えは知った上で、今回は「ライフスタイル」という切り口から、幸せに生きることについて学びを深めました。

 

熊野さんは、ともにオーストリア出身のユダヤ人であり心理学者であるフロイトアドラーを対比して、アドラーの立ち位置を解説してくれました。

 

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アドラーフロイトは二人とも第一次世界大戦を経験し、その経験からそれぞれの問いを生み出しました。フロイトは「なぜ人は戦うのか?」と問い、アドラーは「どうすれば人は仲間になれるのか?」との問いを立てました。フロイトは過去から現在を見ようとし、アドラーは現在から未来を見ようとしたとも言えます。

 

アドラーは、立てた問いを探求するために、自分自身と他者の心のクセや行動パターン、すなわちライフスタイルを理解する必要があると考えました。アドラー心理学の根幹をなすライフスタイルがこの日のテーマでした。

 

ライフスタイルは、その人特有の思考、感情、行動の特性のことを指します。別の言い方をすれば、パーソナリティであり、性格のことです。アドラー心理学では、ライフスタイルは自己の世界の現状と理想に関する本人の信念の体系とされ、次の3つの要素からなるとされています。

  • 自己概念
  • 世界像
  • 自己理想

 

「自己概念」は、「私って~」と思っているセルフイメージのことです。「世界像」は、「世の中って~」と思っている人生の現状のことです。「自己理想」は、「私は~でありたい」と思っている自分のありたい姿のことです。

 

この3つの要素のうち、ライフスタイルに一番影響を与えるのは「自己理想」であり、自己理想という妄想に突き動かされて性格が形成されると、熊野さんは付け加えました。

 

私は、新しい概念を学んだ時には、その概念を構成する要素間の関係を考えます。たいていの場合、単純に並列されるものではなく何らかの関係があり、その関係を考えることで理解が深まるからです。ライフスタイルの3つの要素の関係は、次のような関係であると私は理解しました。

 

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         アドラー心理学のライフスタイル

 

自己概念と自己理想は現在と未来の関係で、現在の自分が未来の自分を見据えて進んでいくイメージです。どのように進んでいけるかを象徴するのが世界像です。私達は一人の世界に生きているのではなく、社会という世界の中で生き、その社会環境の影響を受けているからです。

 

ライフスタイル診断

ライフスタイルとは何であるとの説明を受けるよりも具体的に自分のライフスタイルを知る方が、関心も理解もぐんと深まります。そのことを熟知している熊野さんがこの日の勉強会に用意してくださっていたのはアドラーバージョンのライフスタイル診断でした。30問の設問に○△で答え、答えを点数化します。さらに、ライフスタイルの分類でグループ化された設問ごとに点数を合計すると、自分がどのライフスタイルタイプの要素が高く、どのタイプの要素が低いかがわかるという仕組みです。田中先生も含めて参加者全員でこのライフスタイル診断を行いました。

 

アドラーバージョンのライフスタイルタイプは6つに分類され、それぞれのタイプに特徴解説がつけられています。解説は良い面と悪い面が両論併記されています。例えば、ライフスタイルのタイプには「エキサイトメント・シーカー」タイプがあります。このタイプは、好奇心旺盛なのが特徴で、元気で勢いもあるけれども自分自身でも訳がわからなくなったりすることもありそうというような解説が書かれています。

 

血液型や星座をはじめとして、世の中には人をいくつかのタイプに分類するシステムがありますが、数個のタイプに分類できるほど人は単純でないことは、孫子の教えをテーマにもう何年も勉強会を続けている私達は十分に承知していました。それでも、ライフスタイル診断にはおおいに盛り上がりました。

 

ライフスタイル診断で、いつもとはまた一味違った盛り上がりを見せている最中に遅れて勉強会に参加したメンバーがいました。そのメンバーが席につくと、熊野さんはライフスタイル診断の用紙を差し出して設問への答え方を説明しました。点数計算の段階になると、「俺がやってやる」と、隣に座っていた田中先生が診断用紙を自分の手元に引き寄せて計算を始めました。熊野さんの心配りと田中先生のタスク分担のおかげで、遅れて参加したメンバーも含めて全員がライフスタイル診断を行うことができました。

 

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ライフスタイル診断の計算をする田中先生

 

各自の診断結果にひとしきりわいた後で、熊野さんはこうおっしゃいました。

「ライフスタイルに優劣はありません。100人いれば100通りのライフスタイルがあるほどに人間は多様性にとんでいます。でも、面白いことに、コミュニティにはライフスタイルの特徴が同じ人が集まる傾向にあるんですね

 

そういう話を聞けば、もちろん孫子女子勉強会メンバーの特徴は何か?と知りたくなるのが人情というものです。そうしたらやっぱりありました。全員が「エキサイトメント・シーカー」タイプの要素が高かったのです。まあ、言われてみれば当たり前です。仕事が終わってから貸し会議室に集まって、孫子をテーマにした勉強会に参加しようというメンバーですから、好奇心が旺盛に決まっています。

 

早期回想

ライフスタイルについて体感的に理解した後で、熊野さんは、私達に質問を投げかけながら、ライフスタイルについての学びを進めていきました。

 

はじめの質問は

「ライフスタイルが形成されるのは何歳だと思いますか?」

でした。私は「12歳」と答えました。ドンピシャではなくてもかなりいい線を言っているはずという確信をもって。なぜなら、3人の子ども達のことを思い浮かべると、小学生の間にはっきりとそれぞれのライフスタイルが確立されていたと思えたからです。

 

私の他には、「25歳」や「40歳」と答えた人がいました。きっと、そう答えた背景には、そう答えるに至った何がしかの経験をもっていたのだと思います。

 

アドラー心理学では、はじめのライフスタイルが形成されるのは10歳と考えられているそうです。生まれてからライフスタイルが形成されるまでの10年を長いとみるか短いとみるかは捉え方次第ではありますが、人生100年と考えると、かなり早い段階でライフスタイルが形成されることになります。

 

熊野さんからの次の質問は、

10歳くらいまでのエピソードで強烈に覚えていることは何ですか?

というものでした。

 

これに答えたのが、孫子女子勉強会の誰もが大好きな板谷さんでした。

私、すごく覚えていることがあるの。ピアノを習いたくて習いたくて。それもお友達が習いに行っていた同じ先生に習いたかったの。だけど、うちにはオルガンしかなかったから、その先生に「オルガンしかないからあなたはダメ」と言われて、すごく悲しかったの。

 

大人になった私達にとっては、「そうそう世の中ってそういう不条理なことがあるのよねえ」ですませるかもしれませんが、この世に生を受けてから10年に満たない時の経験としては、人生の生きづらさがどれほど深く心に刻まれることでしょう。ああ、いつ見ても満面の笑顔でいる印象の板谷さんでもそんな経験があったんだなあと思ったのですが、このエピソードには続きがありました。

それからしばらくしてから、家にピアノが届いたの。その嬉しかったことは今でもはっきり覚えているわ。

 

いつものように華が咲いたように明るい笑顔で板谷さんは言いました。板谷さんの身におこったドラマチックな展開に、その場にいた誰もの口元が思わずほころびました。願いが叶わない深い悲しみから一転して、願いを叶えてくれるピアノが届いた時の喜びはどれほどだったか。

 

この10歳くらいまでの、ある日あの時の強烈な思い出のことは「早期回想」と呼ばれて、ライフスタイルの世界像の形成に影響を与えるのだそうです。ある出来事をどう捉えるか、どうストーリーに組み立てるかの語りから、その人の世界像がわかると熊野さんから解説がありました。

 

その解説を聞いた板谷さんが再び言葉を発しました。

あー、私がなぜ私なのかがわかったわ!私、「人生って面白いわー」と思っているけれど、この経験があったからなのねー。

 

きっと誰にでも早期回想があるはずです。私にもあります。私の早期回想はこんなエピソードです。

 

確か夏休みの最終日だったと思います。どういういきさつだったのかの記憶は定かではありませんが、宿題の絵画ができていなかった私を見かねた母が、床の間に生けてあった花の絵を描いてくれました。絵を描き終わった母が出かけた後、私は一人、床の間の前に立って母が描いた絵を見つめていました。

 

その時の私の気持ちはどうだったかというと、「ラッキー、これで宿題ができなかったと言わずにすむわー」などというものでは全くなく、ただひたすらに悲しい気持ちでいっぱいでした。

 

それから大急ぎで新しい画用紙を取り出し、自分の手で絵を描きました。うまくは描けませんでした。けれども、その絵に自分の名前を書くことには微塵の後ろめたさも感じることはありませんでした。

 

このエピソードから、私は、自分の手を動かしていないものに自分の名前をつけることは自分のアイデンティティを放棄することだと深く心に刻みました。

 

10歳までの強烈な体験がライフスタイル形成に影響し、10歳頃にはライフスタイルが決まっている。10歳までがライフスタイル形成のひとつの大きな区切りであることが明らかになりました。

 

「何歳までならライフスタイルは変えられるか?」

という弟子の問いかけに対して、

「死ぬ直前まで変えられる」

アドラーは答えたそうです。

 

アドラーは、自分の人生の脚本家は自分であり、ライフスタイルは固定化されたものではなくいつでも自己決定できると説きました。不完全な自分を知って、変わりたいという思いを誰しもが持っています。ライフスタイルは死ぬ直前まで変えられるとするアドラー心理学は、変わりたいと願う人にとって希望を与えてくれるはずです。

 

ライフスタイルの自己決定性

いつもは明るく笑っている田中先生が、この日の勉強会では途中から神妙な面持ちで何か考え込んでいることに気づきました。その理由は田中先生のこの一言に凝縮されていました。

「今日の内容は親としたらドキッとしますね」

 

確かに、10歳までにはじめのライフスタイルが形成され、その形成への親の影響の大きさは計り知れません。それは板谷さんの早期回想エピソードからもわかります。私も子をもつ親として、親が子に与える影響の大きさを思うと、その責任の大きさに立ちすくんでしまいそうになります。

 

その一方で、たとえ子どもが小さくとも親が子どもに与える影響力はそんなにないのではないかとも思っていました。もし、親の影響が大きいのなら、同じ家庭に育った子どもは似通ったライフスタイルが形成されてもおかしくありません。けれども実際には、同じ親から生まれ、同じ家庭環境で育っても、こんなにも違いが出るのかと思うほどに、3人の子ども達は3者3様に個性あふれるライフスタイルが形成されました。

 

この勉強会でライフスタイル形成という重要なキーワードを得たのですが、あと一歩、つかみきれないモヤモヤを抱えてしまったのです。その日から、私は無意識下のうちに、いつもライフスタイル形成のことを考えていました。少しずつ言語化できる見通しが立って、ようやく書けるようになりました。

 

早期回想は、自分が経験したある出来事からライフスタイルが形成されることを教えてくれます。このことを紐解いてみると、まず始めに動くのは感情です。その後で意識的/無意識的に考え、行動にいたります。感情から行動までの一連の流れは経験と呼ばれるものです。そして、ライフスタイルとはその人特有の思考、感情、行動であるという定義を思い出してみると、経験とはライフスタイルそのものです。さらに、私達は経験をするだけでなく、遭遇した出来事に意味づけを行います。板谷さんの早期回想の例で言えば、「人生って何がおこるかわからない面白いものなんだ」というような意味づけがされるようなイメージです。

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         出来事と経験

 

経験する時にはまず感情が動くとすると、この感情はどうやっておこってくるのかという疑問が次にわいてきます。例えば、嬉しいという感情は、嬉しいと思おうと思っておこってくるものではありません。思考はコントロールできても感情はコントロールできません。私は、感情はその人のライフスタイルからおこるのだと思います。同じ出来事に遭遇しても、人によって異なる感情を抱くのはそれぞれがもつライフスタイルの違いからくると考えられます。

 

経験の後に行う意味づけが、ライフスタイルをカタチづくる元となってその人に還元されます。こうやって、私たちは様々な出来事を経験し、意味づけを行い、それによってライフスタイルを少しずつ更新しながら生きているのではないでしょうか。

 

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    意味付けとライフスタイル

 

だとすれば、子どもが遭遇する出来事に対して親は影響力をもち得ますが、意味づけには影響力をもち得ないのではないでしょうか。反面教師という言葉があるように、客観的には望ましくない出来事に遭遇したとしても、その出来事をプラスの経験として意味づけすることはできます。アドラーが言うように、自分のライフスタイルは自分で決めているのです。それはたとえ年齢がどんなに小さくてもです。

 

強烈に覚えているエピソードが早期回想でしたが、板谷さんのエピソードにしても私のエピソードにしても、出来事そのものは特殊なものではなく、ごくありふれた日常の出来事です。おそらく、私達は日々の出来事を経験する積み重ねによって、意識的であれ無意識的であれ意味づけを行い、日々、ライフスタイルを更新し続けているのだと思います。板谷さんにしても、早期回想されたエピソードだけが板谷さんたらしめているのではなく、これまで生きてきたすべての経験が板谷さんのライフスタイルをつくりあげたのであって、どんなに真似ようとしても板谷さん以外の誰も板谷さんのライフスタイルに近づくことはできないのです。板谷さんに限らず、私もあなたも誰もが自分にしかないライフスタイルをもっていて、そのライフスタイルは自分で決めたものなのです。

 

時間的展望という点と線の生き方

ここまで書いて、アドラーのライフスタイルについてのモヤモヤは晴れたのですが、もう少し探求できそうな気がしたので、もうしばらく自分の中でこのテーマを抱えることにしました。そして、アドラーのライフスタイルの理論は、ユダヤ系心理学者であるクルト・レヴィンが築いた時間的展望理論と根幹は同じであることに気づきました。時間的展望とは、現在から再構成された過去や現在から予期された未来を含んで統合した「今」を指します。私達は点としての今を生きているのではなく、過去と現在と未来をつないだ線としての今を生きているという考え方です。

 

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     時間的展望

 

ライフスタイルが過去の出来事の意味づけによって形成され、ライフスタイルには未来の自分である自己理想を含むということは、ライフスタイルもまた、現在の点としてあるのではなく、現在と過去と未来をつなぐ線としてあることを意味しています。これは、時間的展望の考え方と同じです。

 

時間的展望は、現在の行動に深く関わっています。意味ある過去と未来の目標という視点で今を見つめることで、困難な状況にあってもそれを乗り越える行動をとることができると考えられています。つまりは時間的展望の考え方をもつことは、行動への後押しになるということです。どんな状況であっても、その状況の捉え方は自分の考え方次第であり、それが行動に反映されるということです。

 

私達は、今という点を精一杯に生きながら、過去と未来をつなぐ線としての今をも生きることで、自分の行動もライフスタイルも変えることができるのです。

 

アドラー心理学のライフスタイルを学んだことで、自分の行動がどうやって生み出されているのか、自分の過去の経験を今にどういかしていけるのか、目標をもつことがなぜ大切なのかがわかりました。

 

今回は自分の中でアドラー心理学のライフスタイルを消化するのに時間がかかって、なかなか言語化できませんでしたが、あきらめずにテーマを抱え続けてよかったと思います。思うようにはならない事情は色々あっても、先人が残してくれた考え方を学ぶことで、すべてのことには意味があると希望をもって生きていけます。いくつになっても学び続けて、考え方をアップデートしていこうと決意をあらたにしました。

発見と学びの旅は死ぬ直前まで続けようと思います。

大人の学びは役に立ってしまう

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大人になると全く新しいことを学ぶ機会というのは、なかなかないものです。やったことがなくても、少しくらいは聞きかじったことがあることがあるものだからです。フラッシュモブダンスを全くのゼロから学ぶという貴重な機会に恵まれたので、それを通じて感じた大人の学びが今回のテーマです。

 

 

はじまりはシアターモールの秘密企画

私はこれまでダンスを習ったこともやったこともありませんでした。それが、フラッシュモブダンスを踊ることになった経緯はこういうことです。

 

一般社団法人経営学習研究所(MALL)主催の「音楽を素材にしたチームづくり」をテーマにしたイベントが2月24日(日)に行われるとの告知があり、その参加者募集が行われました。それとほぼ同時に、そのイベントで行う秘密企画の参加者募集が行われました。秘密企画の参加者募集では、2月24日(日)のイベント当日に参加することと、2月16日(土)に2時間の企画準備に参加することだけが書かれており、企画内容については書かれていませんでした。企画者が一度お会いしたことがある三原さんで人となりを多少でも知っていたことと、未知のことにチャレンジすることを今年のモットーにしていた私は、日程の都合が合うことを確認して、秘密企画の参加者に手を挙げました。そして、企画内容がイベント当日にフラッシュモブダンスを踊ることだと知ったのです。

 

私はフラッシュモブダンスはおろか、これまでにダンスを習ったことも踊ったこともありません。企画内容を知った時、「えっ、ダンス?」という驚きが一瞬立ち上がりましたがそれはすぐに消えて、ダンス経験ゼロの私がたった2時間の練習でフラッシュモブを踊るようになるというプロセスでどんなことが起こるのだろうという興味に占領されてしまいました。

 

フラッシュモブダンス企画者の三原さんは、5歳からバレエを、大学時代からダンスを続けていて、今回の企画で振付・指導を担当してくれました。これまでにも結婚式等でダンス未経験者と一緒に踊ったことがあるそうです。

 

フラッシュモブダンス参加メンバーは、最終的に三原さんを入れて7名になり、そのメンバーでのFacebookグループが作成されました。グループ内で、フラッシュモブの振付の事前イメージをもつために、三原さんが踊っている動画が共有されました。ダンス歴の長い三原さんのダンスはまさにダンサーらしい動作で、これが自分にできるようになるとはとても思えないと思うと同時に、経験ゼロの状態と三原さんのダンスとのギャップがどこまでどうやって埋まっていくのかということにまたしても興味を掻き立てられたのでした。

 

できるための学び

企画準備に用意されていた2月16日はダンス練習をするためで、三原さんが借りてくれたスタジオで行いました。待ち合わせ場所で待っている間に、今までにフラッシュモブダンスをやった時の練習時間を三原さんに尋ねてみました。今までは複数日練習していて、2時間の練習というのは今回が初めてとのことでした。2時間の練習でできる想定での振付になっていたのだと思いますが、どんなスキルを持った人が参加するかわからない状況で練習時間の見積もりをしないといけないのは相当難しいだろうなと思いました。

 

練習日当日、体調不良で1名が欠席になりました。即席で結成されたMALLダンサーズは6名になり、ほとんどが初対面、三原さん以外全員がダンス未経験者というメンバーでした。私と同様に何をやるかわからない企画に応募するという好奇心あふれるメンバーだけあって、初対面のメンバーではありましたが和気あいあいとした雰囲気の中でダンス練習ができました。

 

ダンススタジオに入ると、自己紹介から始まり、簡単なストレッチをした後は、三原さんの教えてくれるがままに身体を動かしていきました。その時は、とにかく言われたままに身体を動かすのに精一杯でしたが、後から振り返ってみると、ダンスはモジュールの組み合わせでできていて、三原さんはモジュールごとに区切って身体の動きを教えてくれていたことがわかりました。しかも、モジュールの中でも足の動きだけを先に行い、次に手だけの動きを行い、最後に手と足を組み合わせて行うといった風に段階的に難易度を上げていくように練習が組み立てられていたので、初心者でもなんとかついていけました。足だけ、手だけの動きならできても、手足を同時に動かすとなると、途端に難しくなるものでした。

 

見ると単純な動きが、いざ自分でやってみようとすると、どうすれば望みの動きができるのかがわからないということがおこりました。そうかと思うと、見ると難しそうと思ったターンやヒゲダンスと呼ばれる動きが、やってみると意外とすんなりできることに驚きました。難しそうに見えるものがそうでもなかったり、簡単そうに見えるものが難しかったりと、難しさというのは実際にやってみないとわからないものでした。

 

また、身体の動きを真似るというのは、見ただけで真似るというのはとても難しいものでした。どこに重心を置くのかなど、外からでは見えないことが身体の動きを成り立たせているからです。指導してくれる三原さんと、あるいは一緒にレッスンしている人と、実際に身体を動かしながら、「こう?」「こんな感じ?」などと自然にコミュニケーションがおこりました。

 

モジュールの動きを一通りさらった後は、全体を通しての練習をしましたが、一連の動きというのはわずか1分程度のものでもなかなか覚えられないものです。三原さんの「1、2、3、4」や「右にまわりまーす」などの掛け声が、あの動きだと記憶を呼び覚ましてくれて、なんとか動けるという感じでした。

 

わずか1分程度のダンスを2時間かけて練習したわけです。つまり、かなりの部分は、同じことの繰り返しを行ったことになります。飽きてしまったりしんどくなったりしてもおかしくない状況ですが、そうはならなかったのは、1人ではなくみんなで一緒に練習したからだったと思います。もくもくと練習したのではなく、時には談笑も交えてコミュニケーションをとりながら行ったことが、2時間の練習を楽しい時間にしてくれました。

 

この日は、ゼロから何とかカタチになってできるというところまでもっていくための学びの機会でした。それに必要だったのは、指導してくれる人と一緒に学ぶ仲間だったと言えます。全員が初心者だったわけですから、他のダンサーメンバーも私と同様に本当に踊れるようになるだろうかと不安な気持ちを抱えていたと思います。2時間の練習で得られたものは、ダンスが間違いなくできるようになったことというよりは、仲間としての信頼と、当日たとえ間違ったとしてもこのメンバーと一緒になら最後まで踊りきれるという自信だったように思います。最後に通して踊った時に、ダンサーメンバーが自然と発した言葉がそれを象徴していました。

「できるような気がする~」

「いけるいける」

「いける~」

 

 

わかるための学び

2月16日の練習後は、時々、イメージトレーニングはしていましたが、実際に体を動かすことはできないままに時間が過ぎました。2月24日本番の前日、覚えているかなあと思って、みんなで練習した時の動画を見ながら、通して踊ってみようとしたところ、もうすっかり身体の動きを忘れていることにあせりました。これはまずいと思って、そこから動画を見ながら、一人で練習をはじめました。

 

みんなで練習した時と同じようにモジュールごとにおさらいをしました。身体を動かし始めると、モジュール単位では身体が覚えた記憶が蘇ってきましたが、モジュールとモジュールのつなぎの部分がどうもスムーズにいきません。モジュールのつなぎの部分が重要なんだなということに、この時初めて気づきました。モジュールのはじめで右に動くのか左に動くのか、右足から出すのか左足から出すのかがわからなくなりがちでした。が、頭で右、左と考えるよりも、前のモジュールの終わりからのつなぎを考えると、どちらに動いた方がスムーズか、どちらの足を先に出した方がスムーズかは自然とわかるということにも気づきました。ダンスの振り付けは、つながりが合理的になるようにできているものでした。

 

動画を見ながら、一人で何度も何度も繰り返して練習して、ようやく全体を通してスムーズに動けるようになってきました。この時に見ていた動画は、みんなで一緒に踊った時の動画です。三原さん一人が踊っている動画よりもみんなで一緒に踊った時の動画の方がやりやすいと感じたのは、ところどころで三原さんの掛け声が入っていて、その声を頼りにしていたからでした。

 

一通りの動きができるようになると、色々な感覚が変わってきます。自分でも驚いたのが、量的な感じ方が変わったことです。具体的には、ダンスを踊る一連のタスクを結構長いと思っていたのが、「なんだ、たったこれだけか」と短く感じるようになったことです。

 

次に変わったのは、視点です。はじめはどう動くのかという大きなくくりのことに気が向いていましたが、それらができるようになると、もっと細かいところが気になり出しました。例えば、右周りに大きく回転するように動くモジュールでは、手はどう動かせばいいんだろうといったようなことです。そうすると、三原さん一人で踊っている動画を見た方がわかりやすくなりました。この動きの時は手を大きく動かした方が格好良く見えるだなとか、手の位置はもっと上なんだなとか、同じ動画を見ても見る視点が変わっていきました

 

また、自分が踊らなければいけないタスクとしてのダンスから、ダンスとはどういうものかというダンスそのものへと興味が広がりました。そして、ダンスはいったん止まる静と動の組み合わせからなることや、左右への動きと回転の組み合わせからなることなどにも気づくようになりました。ひとつひとつの動きは単純な動きでも組み合わせることでダンスらしくなることもわかりました。初めて三原さんのダンス動画を見た時は、ただダンスを見たというだけに過ぎませんでしたが、この時点では、2時間の練習でも十分にできるようになるものでありながらダンスとして成立するよく考えられた振り付けであることものだということも見えてきました。

 

自分が納得いくまでとダンス練習を続けていると、動画の再生・停止を何度も繰り返しながら、一人でひたすら踊る練習をして1時間ほどが経過していました。この時間は、ひとつひとつの動きや組み合わせの意味を考え、単にできるようになるにとどまらず、ダンスそのものをわかろうとする学びの時間でもありました。

 

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こうなってくると、身体の動きを通じてダンスをわかるだけでなく、そもそもダンスとは何かということを知識としても知りたくなってきます。この気持のおもむくままに図書館に向かってダンスに関する本を借りてきました。ダンスの起源は、心臓の鼓動や自然界から聞こえる音などにリズムを感じて本能のままに身体を動かすことから始まったと知りました。一通りダンスを踊ることをやってみた後で、こういった知識を知ると、正しく踊ることよりも音楽のリズムに乗ることの方が大事だという意識に変わって、身体の動かし方がまた少し違ってきます。

 

より夢中になれたのは本番よりもプロセス

そんなこんなでゼロから始めたダンスを披露するシアターモール当日がやってきました。MALLダンサーズは、シアターモールのイベントが始まる前に集合して会場リハーサルを行いました。実際にダンスを踊る位置を確認し、みんなであわせて踊る練習をしました。

 

シアターモールのイベント自体は、参加者として存分に楽しみました。ペッカー橋田さんのファシリテーションのもと参加者全員でパーカッションを演奏したり、ミュージカル劇団「音楽座」の劇団員が独自の創作メソッドでミュージカル作品をつくりあげていく一端を垣間みたり、参加者全員で声高らかにミュージカル音楽を歌ったり、心も身体も楽しんで解き放ちました。

 

そういう場の空気ができあがっていた最後に全員で集合写真を撮った後、突然証明が消えて音楽が鳴り出し、そこから私たちMALLダンサーズのフラッシュモブが始まるという流れになっていました。

 

実際の本番がどうなったかというと、全くの予想外の展開になりました。突然証明が消えて音楽が鳴り出し、私たちが音楽にあわせてフラッシュモブを楽しく踊るというところまでは計画通りでした。ダンスを踊っている後半からは音楽座の劇団員の方もダンスに加わって、踊っている方も見ている方もテンションは異常なほどまでにあがりました。さらに、劇団員の方が見ていた人の手をとって、次々に踊る側に呼び込み、結局は全員で踊るというちょっと信じられないような状況になりました。会場にいた60人以上のいい大人が、しかも大学教授だったり会社の取締役だったりといった肩書をもった方も残らず含めてその場にいた全員が音楽にあわせて踊ったのです。踊り狂ったという表現の方が適切かもしれません。1分半ほどの予定だったフラッシュモブダンスは、全員の血湧き肉躍る8分弱の大イベントになるという結末で終えました。

 

当日、本番で踊り終わった後、どんな気持ちがするんだろうと思っていました。企画としてはとんでもなく成功したと言っていいと思います。やっぱり本番が一番楽しかったかというと、意外とそうでもなかったりします。

 

本番が楽しくなかったというわけではありません。楽しかったのは間違いありません。ただ、それよりも本番に向かって練習している時の方がより夢中になれた気がします。本番で踊ることに向かって練習していたのですが、本番そのものよりもそこに向かおうとする過程にいる時の方が印象に残っているのです。

 

大人の学びは役に立ってしまう

今回、ひょんなことから全く未知の領域であったダンスを学ぶことになりました。しかもダンスを学ぶ目的は、何かの役に立つからという理由では全くありませんでした。これが何の役に立つのかと問われがちな世の中にあって、役に立つか立たないかと問うことなしに、純粋に企画として楽しんでもらうため、また自らも楽しむためにダンスを学びました。役に立てようという肩肘をはる必要がなかっただけに楽しく学べました。

 

ダンスの練習を始めるにあたって、三原さんは、「間違えずに踊ることを目指すのではなく、間違えたとしても楽しく踊りましょう」と言いました。所詮は2時間練習しただけの素人ダンサーズです。踊りのテクノックで観客を魅了できるはずもありません。ですから、ダンサーズが楽しく踊ることで、見る側の人に楽しんでもえらえばよいので、とにかく一通り踊れればよかったのです。とすると、それなりにダンスを学べば十分であったとも言えます。けれども、2時間の練習で私たちは楽しみながらも真剣に取り組みました。

 

私はさらに1時間の自主練を追加しました。誰に言われたわけではありません。ダンスの学びが何かの役に立つという情報をキャッチしたからでもありません。やると言ったからには、自分が納得できるところまでもっていきたかったからです。そして、練習し始めると、ダンスに関して次々に新しい気付きが得られるようになり、それが面白くてさらに練習を続けるというスパイラルが回り始めました

 

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     できるための学びとわかるための学びの構造

 

ダンスに関しての気づきを得たにとどまらず、学ぶことそのものに関しての気づきも得ました。何かの目的に向かって学んでも、学ぶことの醍醐味は学んでいるプロセスにあると体験したこともそのひとつです。また、できるための学びでも、わかるための学びでも、何度も踊ってみることの繰り返しが必要でした。繰り返すことをドライブしてくれたのは、できるための学びでは仲間の存在であり、わかるための学びではもっと知りたいという好奇心であり、どちらの学びも同じ構造をしていることがわかりました。

 

ダンスを学ぶことで何か役に立つことを得たいなどとはこれっぽちも思っていませんでした。けれども、結果的には学びの構造が明らかになるという副産物を得ることができて、ダンスを学んだことが役に立ってしまいました

 

それなりの時間を生きていると、色々なことが自分の中に蓄積されていきます。新しい学びを得ると、それをそのまま吸収するだけでなく、すでに蓄積されていたものと自然と結びついて、副産物的な学びも得ることができてしまうのです。だから大人になってからの学びは楽しいのです。何かの役に立てようと思って学ばなくても、結果的に大人の学びは何かの役に立ってしまうものなのです。

 

年齢を重ねるほどに自分の中に蓄積が増え、蓄積が増えるほどに学びが楽しくなるのなら、学び続ける限り年をとることを悲観する必要なんか全くないわけです。人生100年時代の到来には期待しかありません。

 

発見と学びの旅はこれからもずっと続けようと思います。

本の読み方を選ぶ時代へ

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孫子女子勉強会仲間の柏原さんがファシリテーターデビューしたABD読書会に参加しました。この日の読書会の対象書籍は仲山進也さん著作の「組織にいながら自由に働く」でした。ABDは私にとって新しい読書体験でした。ABDを体験して得られた本を読むことに関する新たな気づきを記します。

 

 

ABDとは

ABDとは、アクティブ・ブック・ダイアログ®の略称で、1冊の本を複数人で分担して短時間で読む読書法です。

 

ABDが開催される会場に着くと、4人ずつのグループに席が分かれていてました。グループ分けはカードをひいて決まるくじ引き方式でした。

 

ABDの流れはこんな感じでした。

(1)ABDの紹介

(2)自己紹介(グループ)

(3)「はじめに」のパートでABD体験(グループ)

(4)担当パート決め(全体)

(5)担当パートを読み、指定枚数以内でA4白紙にKP法でまとめる(各自)

(6)各自のパートをKP法でまとめた用紙を使ってプレゼン(全体)

(7)読後の感想等シェアタイム(グループ)

 

(1)のABDの紹介で、ABDの特徴はKP法とジグソー法の組み合わせからなるとわかりました。

 

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   KP法とジグソー法をKP法で説明したもの 

 

KP法とは「紙芝居プレゼン」の略で、読んだ内容を思い切り削ぎ落し、A4白紙の用紙に要約する方法で、図やイラストもOKと説明がありました。白紙にイラストOKの表現と聞いた瞬間、私にはグラレコの4文字が浮かびました。 

 

ジグソー法は、協同学習を促すために編み出された方法で、1つの長い文を3分割して、3人がそれぞれに担当部分を学び、学びをもちよって紹介するものです。分担したものをもちよることによって、ジグソーパズルを解くように全体像を浮かび上がらせる方法です。これを応用して、ABDでは、1冊の本を参加者人数分に分割したパートをそれぞれが読み、それぞれの要約を全員でシェアすることで本の全体像がわかるという仕掛けになっています。 

 

ABD体験

ABDの紹介を聞いて、ABDの手法はだいたいわかりました。が、実際に体験してみると、色々な気づきを得られるのが体験することの面白さです。

 

 (3)のABD体験では、本の「はじめに」のパートを4分割した原稿がテーブルに置かれていて、4人それぞれが各自のパートを読んで1枚の白紙に要約をまとめます。私のグループには3人しかいませんでした。あらかじめ想定した人数分に分割されているので、人数が足りない場合は成立しないのがABDの難しいところです。そこは、運営スタッフが参加することで人数あわせを行うように調整されていました。

 

 2ページという短い文章を読んで1枚の白紙に要約するのですが、3分という短い時間制限の中で行うので、いつにない集中力を要しました。私は、読みながら要点部分に線をひき、自分のパートを読み終えた時点で線を引いた部分からさらに厳選した内容をA4用紙に書き出しました。その際、イメージしやすくなるように、下手ながらにもイラストを加えました。文字だけで書かれたパワポがいかに興味をそがれるかを実感していたからです。 

 

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             はじめの部分をKP法で要約した例 

 

本の「はじめに」の部分には、その本が書かれることになった背景が記されています。この部分をABD体験で全員で共有すると、その後の本文をジグソー法で読む下準備になります。 

 

「はじめに」の部分を除いた本文の原稿が、参加者人数分の担当パートごとに原稿が分割されていました。書籍をコピーして分割するのは準備が大変です。参加者に書籍購入や持参を要請すると、興味はあるけど購入には至っていない参加者への門戸が開かれません。そこで、「組織にいながら自由に働く」の出版社は、ABD開催向けにゲラを無償提供しています。こういう出版社の後押しがABD読書会の広がりを後押ししていくことになると思います。

 

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  目次と担当パートごとに分割されたゲラ

 

 (5)の各自の担当パートを読む際に、私が担当したページは13ページでした。13ページを読んで5枚以内に要約する制限時間は20分でした。仲山さんの文章は読みやすいとはいえ、かなりハードなワークです。時間が制限されていたので、まるでセンター試験の問題を解くかのような集中力で読みました。さらに、アウトプットする前提で読むので、短時間でも読み飛ばしでなく理解しようという意識が働きます。この部分は個人ワークなので、自宅で読む時にも使えそうな気がしますが、みんなでやるからできるという集団のパワーがあってこそだと感じました。

 

 (6)のプレゼンタイムは、本の内容順に各自のパートを全員の前で90秒ずつで紹介します。これによって、自分が読むのは一部のパートだけでも全体像がわかるようになります。

 

 (7)の読後のシェアタイムでは、みんなで1冊の本を読んで終わりというだけでなく、気になったことや感想をシェアします。これはみんなで集まったからできる読書会の大きな利点です。

 

 ABDはワークショップ型の読書会で、個人ワーク、グループワーク、全体ワークがバランスよく混在していて、限られた時間の中で1冊の本を読むことと本を読んだ個人の感想をシェアすることまでができるようになっています。 今回の対象書籍は「組織にいながら自由に働く」で、この本はどこから読んでもわかるようになっていました。が、本によっては、前から順番に読んでいけば理解できるけれど、途中から読むとなんだかわからないというものもあります。例えば、小説などがそうでしょう。ですから、ABDに向く本とそうでない本があるように思います。ABD読書会がうまく機能するかは、そのプログラムの組み立てのみならず、どの本を対象にするかも大きな要因だと考えられます。ここは、ABDファシリテーターの力量が試されるところでしょう。

 

 広がる読書法

 

自己紹介をした時、同じグループになった人から読書に関して下記のような話を聞きました。 

・本を読むのが遅いので時間がかかってしまう

・最後まで読めずに途中でやめてしまう

  

読書が嫌いなわけではないけれど、なかなか本が読めない理由としてよく聞く話です。

 

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        様々に広がる読書法

 

読むのが遅いという課題に関しては、速読法やオーディオブックという読み方が開発されています。最後まで読み切れないという課題に関しては、みんなで分担して読む輪読や読書会という読み方が開発されています。 「1人読み」という読書法から、速く読むという方向性とみんなで読むという方向性の2つの方向に読書法が広がっているように思います。この中で、ABDは両方向への広がりをもった読書法と位置づけられます。最近、ワークショップ型の様々な読書会の開催案内を見かけますが、細かい手法の違いはあれ、おそらくはそれらも速くとみんなでの方向性に位置づけられるものと推測されます。 

 

本というメディア自体は変わらないのに(電子書籍という形態の変化はありますが)、その読み方のバリエーションがこれほどまでに広がっているのは、本には大きな価値があると認めているからでしょう。そして、その価値を様々な方法で引き出そうとしているからでしょう。本に変わる新しいメディアが次々に誕生しても、本というメディアの価値は他には置き換えられないものであることの証左であるとも言えます。 

 

本の読み方を選ぶ時代へ

ABDは1人読みに比べて、速くみんなで読めるという特徴があります。1人読みよりもいいことづくめのように見えますが、果たしてそう単純に片づけられるものでしょうか。ABDで確かに全体像はつかめますが、一言で言うと「目次以上全文未満」です。私達が本を読むことを通して吸収するのは本の内容だけではありません。文章の中に現れる珠玉の言葉や文体といったものも本を通して自分の中に取り入れていきます。ABDでは、自分が担当したパート以外は、要約はつかめても著者が魂をこめて精選した言葉や文章に触れることはできません。また、本を通してひとりでじっくりと自己と対話することもABD読書会の短時間の中ではできません。 

 

ABDを含んだ読書会は、他者を必要とします。そうなると複数人が集まる読書会の場所が必要になります。読む時間を自由に決められず、複数人の予定があう日程の調整が必要になります。一方、1人読みはひとりでじっくりと読む時間を要します。本を通じて徹底的に自分に向き合うことが必要になります。つまりは、ABDと1人読みはどちらが読書法として優れているかではなく、トレードオフなのです。だとすれば、どちらかをあきらめるというのではなく、まずはABDでざっくりと全体像をつかんでから、気に入った本はさらにじっくりと1人読みするという組み合わせもありです。 

 

新しい読書法が開発されたおかげで、私達は本を読むことに関して更なる自由を手に入れました。これからは、どの本を読むかだけでなく、どのように読むかも選べる時代になったのです。 

 

発見と学びの旅はこれからも続きます。

アドラー心理学に学ぶ人間理解

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2019年初回の孫子女子勉強会は、特別講師として熊野英一さんをお迎えしての勉強会でした。熊野さんは、田中先生の教え子であり、かつ、アドラー心理学にもとづくコミュニケーションを伝えるプロフェッショナルということで、この日のテーマは「アドラー心理学に学ぶ勇気づけコミュニケーション」でした。

 

このテーマへの関心が高い人が多く、参加者はいつもにも増して多く集まりました。私もこの日は何としてでも参加したいと積み上がる仕事を投げ打って、開始時刻に間に合うようにと会社を出たにも関わらず、こともあろうに反対方向の電車に乗ってしまい、結局は30分も遅刻してしまうという失態をやらかしてしまいました。あーやってしまったという何とも残念な気持ちを抱えたまま、いつもの貸し会議室に入りました。急いで席について、話に耳を傾け始めるやいなや、電車の乗り間違えなどはすっかり忘れてしまうほどに熊野さんの提供する話題に夢中になりました。

 

 

アドラー心理学とは

アドラー心理学オーストリア精神科医であるアルフレッド・アドラーが打ち立てた心理学の理論です。「勇気づけ(encouragement)」がキーワードになっています。

勇気づけとは、

・困難を克服するチカラを与えること

・自分の課題に向き合えるように援助すること

とされています。

 

親子関係で言うと、ほめない、叱らない、教えすぎないことを推奨し、子どもを操作できる対象とみなさないという立場をとります。

 

放任と見守る

私が大部分を聞き逃した前半のお話が一段落したところで、質問タイムがもうけられました。孫子女子勉強会では、聞きたいことがまとまっていなくても自分の思うがままの質問を発することができる心理的安全性が保たれています。この日は、それぞれに日頃から抱いていた疑問が場に提供されました。

 

興味深かったのは、「◯◯は英語では何と言われていますか?」という質問が複数出たことです。日本語は多義性に富んだ言葉が多くあります。外国からもたらされた新しい概念は、訳された日本語の言葉だけではどうも意味がつかみづらい時があります。そんな時は、訳される前の言葉を知ることで、概念を正しく理解できるようになります。アドラー心理学をより理解したいという知的欲求に満ちた空気が感じられる勉強会でした。

 

私も積年の疑問が解けそうな気がして、質問しました。

子どもがお世話になった高校は本当に素晴らしい高校でした。入学式の日、生徒が担任の先生に連れられて教室にもどった後、保護者は体育館に残って学年主任の先生からのお話を聞きました。その時に、言われました。

「これからは、お子様の自立に向けて保護者の皆様は3Mを実践してください。3Mは『待つ、任せる、見守る』です。もし、子どもが成績表を親に見せなかったとしたら、『見せなさい」と言って無理矢理見ようとせずに、見せたくないんだなと思ってそっとしておいてください。お子様の学習については私たちが責任をもちますから」

 

私たち保護者は先生がおっしゃったことを忠実に守って、子どもが見せなかった成績表を見ることもなく卒業を迎えました。3年生になるまでは子ども達は、部活や遊びにあらん限りのエネルギーと時間を注ぎ込んでいました。3年生になると、クラスの中から1人、2人と勉強に向かい始める生徒が現れ、その影響が波紋のように広がって、最終的にはクラスが集団となって受験に向かう態勢ができていました。

 

先生がおっしゃった3Mを保護者が実践したことが、子どもの自立を支えたのだと思います。入学式で3Mのお話を聞いた時、確かにそれが保護者としてとるべき姿勢だと感じました。が、一方で、3Mは放任ではないかということがずっと引っかかっていました。この違いは何でしょうか?

 

熊野さんは、ホワイトボードに「待つ、任せる、見守る」と「放任」と書いて、まるで私の質問を事前に知っていたかのように、「この2つの間には明確な違いがあります」と即答しました。結論としては、関心を持っているか、もっというと、相手の関心に関心を持っているかどうかの違いとのことでした。

 

放任と3M、付け加えて過保護との関係を図で表すとこんな感じです。

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放任と3Mは違うことは理解していましたが、その違いを明確に言語化できないモヤモヤをずっと抱えていました。熊野さんの解説で積年の疑問がスカッと晴れました。

 

信用と信頼

放任と3Mと同様に似て非なるものに、信用と信頼があります。信用と信頼についても、熊野さんはその違いをすっきりと説明してくれました。信用と信頼の違いは条件の有無にあると。

 

信用と信頼の違いを図に表すと、こんな感じです。

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その話を受けて、勉強会仲間がすかさずに補足のコメントをしました。

「相手を信頼していることは説明できない。根拠がないんです。説明できるとしたら、その説明ができなくなったら信頼しなくなるということですから。それは信頼じゃないんです」

さらに続けて、田中先生が「信頼」について非常に深い示唆的なコメントをくれました。

「英英辞典で信頼を調べたことがあるのですが、信頼というのは、される側のことを指すのではなく、信頼する側の腹のすわり具合のことを指すと書かれてあるんですね」

 

私が孫子女子勉強会が大好きなのは、こんな風に、講師からの話をただみんなで聞くだけでなく、それぞれが自分の考えや関連した内容ををその場に差し出すことによって学びの深度がぐんと深まるからです。それは自分一人だけでは決して得られない学びの感覚です。

 

この話を聞きながら、私は自分が子育てのまっただ中にいた時の気持ちを思い出していました。子どもは色んなことをやらかします。時には子どもらしいことを、時には全く理解不能なことを。そのたびに私の脳裏には「私は今、親として試されている。この状況でもこの子を信じられるかを」という言葉が浮かんでいました。子どもが何をしでかそうと子どもを信頼できるかを何度も試され、そのたびに私は信頼するということを体得していったのです。

 

勇気づけ

アドラー心理学のキーワードは勇気づけです。人間は自己理想に向かって伸びていこうとするチカラを本質的にもっているのだから、他者は手を貸すのではなく、勇気づけによって自走することを後押しするというのがアドラー心理学の立場です。

 

アドラー心理学では、勇気づけは「困難を克服するチカラを与えること」とされています。このお話を聞いた時、熊野さんも書籍で書かれているように、アドラー心理学は子育ての心理でもあるとわかりました。私が子育てでぶつかったエピソードを思い出したからです。

 

子どもがいよいよ高校受験の志望校を確定させなければいけない時期にさしかかった頃でした。塾には通っていませんでしたが、せめて冬期講習ぐらいは行ってもいいのではと、冬期講習の説明会に子どもと参加しました。参加者アンケートで志望校を書く欄で、子どもの手がとまっています。子どもの志望校はかなり前から1校にしぼられていたので、おかしいなと思って尋ねました。

私「志望校、書かないの?」

子「もうあの学校には行けない」

私「どうして?」

子「内申点が悪かったから、もう無理」

私「・・・」

 

そんなことならもっと早く言えばいいものを、なぜこのタイミングまで黙ってたのかと言いたい気持ちをぐっとこらえました。私もショックを受けましたが、それ以上に子どもはショックを受けていたであろうことが想像できたからです。

 

子どもの前に立ちはだかった試練に対して、親としてどう向き合うべきかに悩みました。「内申点が悪くても志望校を受験するよう励ましても合格する確率は低い。不合格のつらさを味あわせるよりは、無難に合格できる高校へと進路変更を促した方がいいのだろうか。そうやって困難から逃げて、志望ではない高校への合格を果たしたとしても、それが子どもにとって果たして良いことなのだろうか」そんなことが頭の中をぐるぐるかけ巡る日々でした。

 

そうやって私が悩んでいた時にある言葉に出会いました。その言葉はまさに「勇気づけ」のことを指していました。そして、私の腹は決まりました。

「教育とは子どもに困難をさせないことではなく、子どもに困難を乗り越えさせることだ」

 

また、勇気とは不完全な自分を認めることとされています。つまり、不完全な自分を認める勇気をもつからこそ、その不完全さを埋めるべく伸びていこうとすることができるのです。

 

自分が完璧な人間だと思っていたら、もうそこから先の成長はありません。人間は決して到達し得ない理想に向かって永遠に成長し続ける存在であり、だからこそ生涯学び続けようとするのです。自分が不完全であることを恥じる必要など全くなく、むしろ、不完全であるからこそ成長しようとするのです。不完全であるからこそ、お互いに助け合おうとするのです。

 

アドラー心理学に学ぶ人間理解

勇気づけによって精神的に自立した人間になることができるとアドラー心理学は説きます。子育ては子どもの自立に向けた営みです。つまりは、言葉で言ってしまうならば、「親から子どもへ勇気づけのコミュニケーションを行うこと」というたった27文字で表せることです。けれども実際には、これほど難しいことはないと思います。なぜならば、子育ては、この世で最も愛おしい存在である子どもが自分から離れていくことを目指す矛盾をはらんだ営みだからです。子育ては親育てであると言われるのは、この子育ての矛盾を昇華させるプロセスで親自身が人間として成長していくからです。

 

アドラー心理学は人間への絶大なるリスペクトをベースにしているというのが私の理解です。手を差しのべなくても、自分のチカラで自立していくのが人間であるという信念をベースにしているのがアドラー心理学です。たとえ今がどうであろうと、信頼することによって信頼にたる存在になっていくのが人間であるという信念をベースにしています。

 

アドラー心理学に関心をもつ人が多いのは、人間の悩みの大部分を占める人間関係にダイレクトにきくコミュニケーションを扱うものだからでしょう。今回の勉強会でコミュニケーションへの理解が進みましたが、わかるとできるの間には大きな隔たりがあります。アドラー心理学で学んだ勇気づけのコミュニケーションを実践できるように精進しようと思います。

 

発見と学びの旅はまだまだ続きます。 

パフォーマンスを上げる最強の方法

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慶應SDMの前野先生のFacebook投稿で、フローに入るメソッドを体験できる「フロー体験ワークショップ」が開催されると知って、直感的にピンときました。直感は大当たりで、想定外含めて多くの気づきが得られました。

 

 

フローの概念

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       フローについて説明する前野先生

 

はじめに、前野先生から、チクセントミハイ教授が提唱したフローの概念の紹介がありました。フローとは「タスクに集中し、時間や身体感覚がなくなるほど没入している状態」を言います。スポーツの分野ではゾーンと呼ばれたり、働き方の分野ではワークエンゲージメントと呼ばれたりします。

 

フローといってもその没入感には濃淡があり、集中力が増している小さなフロー状態から、完全没入の大きなフローまで色々あります。

 

チクセントミハイ教授はフローになる条件として下記3つをあげました。

(1)目標が明確である

(2)迅速なフィードバックがある

(3)スキルとタスクの難易度のバランスがとれている

 

特に(3)の条件の調整が重要であり、スキルに比べてタスクの難易度が低ければ退屈になり、反対にタスクの難易度が高ければストレスになります。退屈ゾーンにいるならば、難易度の高いタスクにチャレンジすることでフロー状態になれるし、不安ゾーンにいるならば、スキルをあげてタスクに取り組むことでフロー状態になれるとしています。

 

フロー体験エクササイズ

ここからは前野先生のもとでフローへの入り方を研究している針谷さんにバトンタッチになりました。針谷さんはこれまでに3回、フロー体験をしたことがあるそうです。

1回目のフロー体験は7歳の時。小学校の運動会のリレーで、2位でバトンを受け取った針谷さんは、あるコーナーを回ったところでそれまで聞こえていた応援の歓声が全く聞こえなくなったそうです。それから、自分の前にいる1位の選手が動きがスローモーションで見えて、自分はそれまでと同じスピードで走っているので追い越せると確信して実際に追い越したそうです。追い越した後は、聞こえなくなっていた歓声がまた聞こえるようになったそうです。

 

音が聞こえなくなるとか、スローモーションで見えるとか、7歳にして完全没入のフロー体験をされたことが針谷さんをフローの研究に導いたのでしょう。

 

f:id:n-iwayama:20181202231804j:plain        エクササイズについて説明する針谷さん

 

針谷さんのフロー体験の紹介の後は、今日のワークショップの流れの説明に移りました。7つのフローに入るエクササイズを行い、それぞれのエクササイズの後で2桁の足し算20問を時間を測って解き、答え合わせをするというのが大まかな流れでした。

 

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    フローへの入り方について書かれた本

 

7つのフロー体験エクササイズ

① 呼吸法 by 石川善樹さん

② シンクロジャンプ by 松葉健司さん

③ レジェンドブレス by 葛西紀明さん

④ 雑談 by 茂木健一郎さん

⑤ 呼吸法 by 室伏広治さん

⑥ 呼吸法 by パトリック・マキューンさん

⑦ コピー&シンクロ法 by 針谷さん

 

①~③、⑤~⑥は個人エクササイズで、指示通りに呼吸法等をやってみましたが、特にフロー的感覚の変化を感じることはありませんでした。

 

④と⑦は近くの人とペアを組んで行うエクササイズ。④の雑談エクササイズは、ペアを組んだ人と5分間何でもいいので雑談をするというもの。⑦のエクササイズは、はじめの1分は一方の身体の動きをコピーして同じ動きをし、次の1分は立場を交代、最後の1分はどちらがリードするわけでもないけれどもお互いにシンクロして同じ動きをするというもの。

 

たまたま私の前に座っていたのが、なんとあのオリンピックメダリストの田中ウルヴェ京さん!ということで、私は京さんとペアを組んでエクササイズを行うという幸運に恵まれたのです

 

⑦のエクササイズは身体を使ったもので、こんなポーズ、あんなポーズとお互い笑いながら楽しく取り組みました。最後の1分のシンクロエクササイズは、シンクロナイズドスイミングのプロフェッショナルである京さんとシンクロな動きをするというこの上ない光栄な機会でした。どちらがリードするというわけでもなく、なんとなくシンクロした動きになるのが不思議な感覚でした。身体を使うということもあって、フローとまではいかなくてもかなり夢中になって楽しめました。

 

⑦のエクササイズにも増して、夢中になったのが④の雑談エクササイズでした。お互いに挨拶をしてから、「何について話しましょうか?」と京さんが言ったので、私は間髪をいれずに「今日のテーマであるフローについて話しましょう」と提案しました。そこから、京さんのフローのお話を独り占めして聞くことになったわけです。

 

あえてフローに入らない

京さんの話しはじめの一言が衝撃的でした。

私はあえてフローに入らないようにしています

と京さんは言いました。

 

えっ、フローに入らないようにしている?この時、何の疑いもなく、フローに入ることはいいことで誰もがそれを望んでいるという前提をおいてしまっている自分に気がつきました。誰もそんなことは言っていなかったのに。この瞬間から、著名人とお話できてラッキーなどという気持ちはすっとんで、京さんが語る言葉にぐいぐいと引き込まれていきました。

 

18歳のオリンピック競技中にフローを体験しました。自分で身体を動かしているのではなく、身体が自然と動いている感覚でした。その時の評価は高かったです。でも、22歳のオリンピックの時にはあえてフローに入らないようにしました。ひとつひとつの演技を自分で丁寧に行いたかったからです。

 

私は

「フロー状態になると無意識的になると言ってましたよね。それは自分でコントロールしているという感覚とは違ってきますよね」

と相づちをうちました。

 

フロー状態でパフォーマンスが上がることよりも、自分の意識下で自分の納得のいく演技を行うことに価値をおく。超一流の思考は私達の想像を超えたところにありました。

 

その後は、フローへの入り方は画一的ではなくその人にあったものがあるのではないかなどと、フローに関するお話をあれこれしていたら、あっという間に5分が経ってしまいました。

 

パフォーマンス向上体験

そして、雑談を終えた後に、さらに京さんの驚異的な能力を知ることになったのでした。

 

ワークショップでは、フロー体験の効果測定のために、エクササイズ直後に20問からなる2桁の足し算の課題に取り組む必要がありました。私は与えられた課題として淡々とこなしました。①~④のエクササイズ後の計算に要した時間はどれも約50秒でした。

 

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        課題となった計算問題

 

久しぶりにこういう計算をやると計算の感覚忘れてるなあとか、計算遅くなったなあとか、使わないスキルは衰えるんだなあという、フロー体験とは全く関係のない感想が自分の中にわきあがりました。

 

そして、そもそもこの計算課題でフロー状態に入るということに無理があるのではないかという疑問がよぎりました。京さんとの雑談エクササイズ後の計算課題を終えた時、同じく課題を終えていた京さんに

「このタスクでフローに入るというのも難しいですよね」

と話しかけました。それに対して返ってきた答えが、

「私、この計算問題に楽しんで取り組んでいるの。1回目のタイムは1分28秒だったんだけど、今のタイムは39秒まで短縮したの♪」

だったのです。満面の笑みを浮かべながら。

 

ええっ!!!たった数回でタイムが6割以上も短縮された?!京さんの驚異的なパフォーマンス向上に、あえてフローに入らないと聞いたこと以上に衝撃を受けました。超一流のアスリートはその競技種目に対してのスキルが高いだけでなく、どんなことにも取り組む姿勢そのものが優れているのだと感動しました。

 

京さんの驚異的なパフォーマンス向上の話を聞いて、私の好奇心はおおいに刺激されました。5回目の計算課題に取り組む時、せっかくのこの時間を単にやらされ課題として取り組むのはもったいないと思考を転換し、課題に取り組む時間を楽しむことにしたら何がおこるかを試してみたくなりました。試してみることで何がおこるかと思うと、計算問題に取り組むことにワクワクした気持ちになり、実際、それ以前よりも明らかに夢中になって取り組めました。その結果、なんと28秒というタイムが出ました。京さんほどではありませんが、50秒から28秒ですから、約4割もタイムが縮まるという結果になったのです。これには私自身が驚きました。

 

4回目まで計算課題に取り組んだ際、決して、手を抜いていたわけではありません。でも、自分の全力は出し切っていなかったのでした。5回目はおそらく全力を出し切れたのだと思います。手抜きしているわけでなくても全力を出し切れない時があり、全力を出し切れる時とではこんなにもパフォーマンスは違ってくるものなのです。

 

パフォーマンスを上げる最強の方法

これほどのパフォーマンスの違いが出たからには、何が理由だったのかを明らかにしないわけにはいきません。そもそものフロー理論とあわせて、パフォーマンス向上へのアプローチを整理してみました。

 

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    タスクのパフォーマンス向上へのアプローチ

 

もともとのフロー理論では、タスクの難易度とスキルのバランスがとれているとタスクに没入するフロー状態になるというものです。ここでは、タスクに没入するとタスクのパフォーマンスは上がる前提で考えます。したがって、タスクのパフォーマンスを上げる問題は、いかにしてフロー状態に入るかという問題に置き換えられます。

 

フロー状態はタスクの難易度とスキルのバランスによるものなので、タスクの難易度かスキルを調整するとフロー状態に入れることになります。ところが、私たちが日々向き合う仕事や生活上のタスクでは、その難易度を調整するのはなかなか難しかったりします。また、スキルも一朝一夕には向上するものではありません。そうすると、現実問題としてフロー状態に入ることは難しくなります。

 

そこで、タスクやスキルとは関係なくフロー状態に入る方法を使うことが考えられます。今回のフロー体験ワークショップでは、針谷さんが編み出したメソッドを含めて、フローに入るメソッドを体験するものでした。が、体験してみた実感としては、どのメソッドでもフロー状態に入ることはなかなかに難しいということでした。京さんとペアワークを行った④と⑦は、そのエクササイズそのものに夢中になれた感覚はありました。これをフローと呼べなくもありません。けれども、その状態がその後に行う計算問題を解くというタスクを行う時にも続いているかというと、決してそんなことはありませんでした。異なるタスクに切り替わった途端に、夢中になれた感覚は消えていました。

 

京さんの驚異的なパフォーマンス向上のお話を聞いた後、計算問題のタスクの難易度も私のスキルも全く調整していないにも関わらず、私もパフォーマンスが明らかに上がる体験をしたということは、私がフロー状態になったからと仮定をおくことができます。では、なぜフロー状態になったかと言うと、取り組むタスクにお試しの要素を自分で追加したからです。私の場合は、京さんに触発されて、課題を楽しんでみるというお試し要素を追加しました。人間は試したことの結果を知りたくなるものです。結果に関心が向くということは、そのプロセスに夢中になる、つまりはフロー状態になるということです。

 

このことから言えるのは、取り組むべきタスクが例えルーチン的なものでも、何かを試すような要素を追加してみることで、小さくてもフロー状態をつくり出し、パフォーマンスを上げられるということです。お試し要素を追加することは、タスクに意味を見出すこととも言い換えられます。タスク自体にも自分のスキルにも変わりがなくても、自分の思考をほんの少し転換するだけでフロー状態に入れるのですから、最小コストでパフォーマンスを上げられる最強の方法と言えます。

 

仕事にも日常生活のタスクにもこの考え方を取り入れれば、パフォーマンスをあげられるだけでなく、楽しく取り組めそうです。早速、色々と試してみたいと思います。そう思っただけで、ワクワクする気持ちがわいてきます。ああ、直感に従って、ワークショップに参加して本当に良かった。これからも直感に従うことを大事にしようと思います。

面白くなければ伝わらない

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孫子女子勉強会の講師である田中先生の最新刊「会計の世界史」の出版を記念した講演会があると聞いて、仕事が終わった後にいそいそと出かけて行ったのは11月20日のことでした。単なる出版記念講演会と思いきや、そこかしこに散りばめられた仕掛けと学びにあふれたエンターテインメントでした。

 

 

出版記念講演会

出版記念講演会なるものに参加するのは、実は、今回が初めてでした。ですから、出版記念講演会とはどういう感じで行われるのか、本の一部を紹介するのか、はたまた本ができるまでのエピソードを紹介するのか、一体どんな話をするのだろうと、高まる好奇心とともに会場に向かいました。高松に住んでいた期間は孫子女子勉強会にもすっかりご無沙汰しており、田中先生にお会いするのはお久しぶりのことに加えて、スペシャルゲストの講談師神田京子さんにも久しぶりにお会いできるとあって、会場に向かう足取りは自然と軽くなったものでした。

 

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出版記念講演会場となった八重洲ブックセンター8階奥のイベントスペースには、真っ赤な毛氈が敷かれた高座が用意されていました。さらに、珍しく田中先生がパワーポイントを使った講演をするとのことで、パソコンと大きなスクリーンも用意されていました。パソコンの横には守屋先生ご夫妻から届けられたお祝いのお花が飾られていました。よくある会議机の上に置かれたこれまたよくある黒いPCという味気ない小道具の横に、お花がおかれることでこんなにも雰囲気が変わるのかと驚きました。ご自身も書籍を出版されている守屋先生だけあって、出版記念講演会に花を添える演出をよくご存知です。

 

会場に並べられた椅子の数はざっと見たところ5~60脚。私が会場に着いた頃には半分くらいの席が埋まっている状態でした。今回は出版記念講演会初参加だったので、色々観察したいという欲求もあって、運良くあいていた最前列の席をゲットしました。その後、続々と人が集まり、講演が始まる頃には満席になりました。ビジネス関係の講演会によくあるように参加者は圧倒的男性多数という状況とは違って、聴衆の男女比は6:4くらいでした。男性だらけの聴衆が集まる会では、ダーク系のスーツのおかげで会場が黒いイメージになるのですが、今回は女性参加者が多かったため、華やかな雰囲気になりました。華やかさの演出には、会場にかけつけた孫子女子勉強会仲間もおおいに貢献しました。

 

講演会が始まる前に、注意事項として撮影・録音は禁止の旨が告げられました。なので、残念ながら、京子さんの講談中のナイスなショットも田中先生の講演中のショットも撮影することはできませんでした。

 

講演会開始の時刻になると、紫のストライプが目を惹く着物に身を包みいつものようにおだんごに結い上げた京子さんとスカーフをおしゃれに首に巻いた田中先生が舞台裏から登場しました。田中先生が今日の講演会のトピックスについて軽く解説をしました。

 

田中先生の横に立った京子さんは、ニコニコ笑いながら、時折、深く大きくうなずいて田中先生の話を聞いていました。聴衆の中にこういう風にうなづいてくれる人がいるとどれだけ話しやすいことかと思うモデルのような傾聴ぶりでした。田中先生は聴衆の方を見て、隣りの京子さんを見ていないにも関わらずです。講談師は話のプロですが、話し上手は聞き上手でもありました。

 

新刊は、会計を500年の歴史から紐解く壮大な物語ですが、この日は16世紀に焦点をあててのお話になるとの紹介がありました。16世紀といえば、日本では戦国時代。ということで、京子さんの「山内一豊の妻」のお話から講演会は始まりました。

  

講談という伝え方

高座にあがった京子さんは、講談は講談師によって話がデフォルメされていますよという前置きをして、張り扇で釈台を小気味よくポンポンと叩きながら、はりのある声で話し始めました。

 

話している言葉はまぎれもなく日本語なのですが、日本語とは別の言語のようにも聞こえます。話しているというより歌っているように聞こえるという方が適切かもしれません。リズミカルにテンポよく、言葉がよどみなく流れていきます。物語を頭で理解しているというより、身体に沁みてくるような感覚でした。聞こうと意識せずとも自然と聞き入ってしまうのです。

 

京子さんの講談は「山内一豊の妻」と「レンブラント」の2席。2席を聞いて分かったのは、話の筋書き以前に、講談という伝え方に引き込まれてしまうということでした。耳からテンポよく入ってくるだけでなく、京子さんの顔が表情豊かに七変化する様に目も釘付けになりました。耳も目も身体全身が自然と京子さんに集中してしまうのです。かといって、極度に集中してしまうのではなく、ところどころに笑いを誘うところがミソです。笑いの瞬間にふっと緊張がほぐれるので、話を聞き続けられるのです。話の最初から最後まで、筋書きの大事な部分を集中して聞けてしまうが故に、結果としてストーリーがスーっと入ってくるのです。

 

山内一豊の妻の話は、要約すると、こういう話でした。

一豊は市で名馬で見つけて一目惚れし、馬揃え(騎馬を集めて優劣を競いあう行事)のために是非とも手に入れたいと思うが、お金がなく断念した。家に帰って、妻の千代にそのことを話すと、千代は何かあった時のためにと嫁入りの時に渡されていたへそくりを一豊に差し出した。そのおかげで、一豊は名馬を買うことができ、名馬に乗って参加した馬揃えで衆目を集め、信長の目にもとまって出世できた。

 

 

実は、私はこの話は知っていたはずなのです。なぜなら、仕事で何度か訪れた高知県にある高知城に千代と馬の像があり、私はそれを見たことがあるからです。その像の前にある解説文も読みました。でも、記憶に残っていませんでした。山内一豊の名前はもちろん知っていましたし、土佐にゆかりのある人だということまでは理解していました。が、その妻の話はすっかり抜け落ちていたのです。それほど複雑な話ではなく、一度聞けば覚えられる話のはずなのにです。

 

けれども、この先はもう二度と忘れることはないだろうと思います。京子さんの講談で、腹の底に染みわたるように入ってきたからです。講談というのは、伝え方としてすごいフォーマットなんだなと驚嘆しました。

 

画家の人物秘話という構図を用いた伝え方

京子さんの2席が終わった後は、新刊の著者である田中先生にマイクが渡りました。マイクを握った田中先生は、京子さんの講談を褒めちぎりました。

「初めて京子さんと会った時はまだ二つ目だったんですが、その頃から比べると、どこがどうとは言えないのですが、抜群に上手くなりましたね」

と。それを聞いた京子さんは、すかさず

「今は真打ちですから」

と合の手を入れて、会場に笑いがおこりました。

 

前方の大きなスクリーンにはパワーポイントが映し出されています。田中先生がパワーポイントを使ってお話をするのは珍しく、私はどんな内容がパワーポイントに書かれているのか興味津々でした。

 

表紙のスライドには「Gouden Eeuw」のタイトル文字が書かれていました。オランダ語で黄金時代という意味です。1枚目のスライドはヨーロッパの地図。オランダの位置が色づけされていました。

 

その後のスライドには次々と絵画が映し出されました。宗教改革で二分した、カトリック系の画家ルーベンスが描いた教会に飾られる巨大壁画と、プロテスタント系の画家レンブラントフェルメールが描いた市民の肖像画を並べて対比できるように。そして、ここがこう違う、この絵が描かれた背景にはこんなことがあるという話が田中先生から解説されるわけです。「へえ」「なるほど」と聴衆の目はスクリーンに耳は田中先生の声に集中する状態が続きます。集中するということは、京子さんの講談と同じように、その話を理解する結果につながるのです。

 

冷静になって考えてみると、「会計の世界史」という新刊の出版記念講演会のはずが、なぜにオランダ絵画の解説が中心のお話だったのか。もちろん新刊でも第一部は絵画に絡めて構成されていますが、今回の話ほど詳しく絵画について解説されているわけではありません。確かに、この日の田中先生の話は面白く聞き入りましたが、出版記念講演会は書籍の内容の紹介ではないのかという疑問が頭をよぎりました。

 

「以上、オランダ物語外伝でした」

講演の最後を田中先生はこう締めくくりました。なるほど、出版記念講演会のお話は、著作におさめきれなかった内容だったのだと納得しました。

 

さらには、よく考えてみると、話の中に会計に絡んでの先生のメッセージがこめられていました。

「歴史を動かすのは商人です」

と力強く言った後、この時代のオランダでは、市民がまちで絵画を売買・取引するようになり、世界で初めての株式会社と証券取引所がオランダにできたと話されました。絵画は商売につながる話だったわけです。

 

先日、映像制作を職業としている方から、

「どう伝えたいかによって構図が変わってくる」

というお話を聞きました。田中先生は、16~17世紀のオランダにおきた商売にまつわる出来事を好奇心とともに理解するように伝えたいがために、その当時の画家の人物秘話という構図を用いてお話されたということだと私は理解しました。

 

面白くなければ伝わらない

「面白くない話に集中することは、人間としては難しいことです」

とは、国語教育研究者であった大村はま先生の言葉です。

 

誰かに何かを伝えようと思うなら、まずその話に耳を傾けてもらわなければいけません。その話に集中してもらわなければなりません。けれども、面白くない話には集中してもらえないのです。言い換えると、面白くなければ伝わらないのです。

 

京子さんは講談というフォーマットを用いて、田中先生は画家の人物秘話という構図を使って伝えることで、面白さを演出しました。その目論見は見事に当たりました。どちらも人物のストーリーに焦点をあてています。今から何百年も昔の人物のことであっても画家という職業の人物のことであっても、いつの世でも人間ドラマに人は興味をそそられるものなのです。

 

京子さんの2席のお話と田中先生の講演、それぞれが面白いだけでなく、講演会全体の構成としても実によく練られていました。

 

京子さんの2席目のお話は「レンブラント」。講談という日本の伝統芸能の枠組みを用いてオランダの画家であるレンブラントのストーリーを伝えるという試みでした。それにはもちろん理由がありました。その後に続く田中先生の講演がレンブラントにまつわるものでしたから、そこへの伏線として演目が選ばれていました。じゃあ、なぜ、「山内一豊の妻」の演目が選ばれたのかというと、山内一豊レンブラントもともに、妻の内助の功があってこそ偉業を成し遂げられたという共通点があったからだと推測されます。

 

田中先生のお話がオランダ絵画に中心におかれていたことにも理由が考えられます。講演のテーマは、今現実におこっていることにつながっている話の方が面白いのです。ルーベンスフェルメールはどちらも、今、東京の美術館で企画展が開催されています。「是非、実物を見てください」という田中先生の声を受けて、この講演会の翌日に展覧会に足を運んだ人もいました。だからこそ500年を描いた著書の中からこの時代を選んだのだと、これまた講演会の構成の絶妙さにうならされました。

 

懇親会こぼれ話

1時間半の濃厚なエンターテインメントを堪能した後、孫子女子勉強会仲間とともに懇親会に参加しました。懇親会には、田中先生はもちろん、京子さんも、今回の新刊の編集者さんも参加していました。

 

聞いてみたい質問を率直にぶつけられるのが懇親会の醍醐味です。私はまず、京子さんに、田中先生が、どこがとは言えないが京子さんの講談が上手くなったという理由を京子さんご自身はどう分析しているのかを尋ねました。その答えに、思わずなるほどと膝を打ちたくなりました。京子さんの答えはこうでした。

「自分と話の位置関係の違いですね。はじめの頃は、自分より話の方が上にあって、話をするので精一杯でした。今は、話より自分が上にあって、その話を自分の中に完全に落とし込んで、自分を出しています

同じ話をしていてもこの違いは大きいに違いありません。講談というフォーマットの面白さに引き込まれるのは、もちろん後者の場合のはずです。

 

編集者さんには、発売から1ヶ月未満で増刷を重ねた今回の新刊の売れ行きをどうよんでいたのかを聞いてみました。

「本が仕上がった時、面白い本ができたとは思いましたが、正直言ってどれくらい売れるかは予想がつきませんでした」

とのこと。商売とはやってみないとわからない部分が多いのですね。なるほどなるほど。

 

続けて、編集者さんにぶつけた質問は

「今まで手がけた本で最も印象に残っているものは?」

でした。てっきり、今までで一番売れた本かと思いきや、「新しいジャンルを切り開いたと思えるものですね。今回の『会計の世界史』もそれに当てはまります」と。

 

あー、なんと的確な打ち返しをしてくれる編集者さんでしょう。新しいジャンルを切り開く、それは、数が売れることよりもはるかに面白いことでしょう。会計の本といえば、それこそすでに山のように出版されているでしょう。もう掘り尽くされて何も残っていないと思うような分野のようにも思えます。それでも、まだまだ切り口を変えて新しい伝え方ができるのだと「会計の世界史」は勇気づけてくれました。

 

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田中先生にいただいたサインと編集者さんが用意してくれた白い用紙

 

田中先生が近くの席にいらっしゃった時、この機会にと書籍にサインをいただきました。田中先生がおもて表紙の裏にサインを描き終えるのを見計らって、編集者さんは自分の鞄から白い用紙をそっと田中先生に差し出しました。それを受け取った田中先生は、サインを描いたページの間に用紙をはさみました。サインが閉じたページの反対側にうつらないようにするための用紙でした。編集者さんは、そういう用紙を常に持ち歩いているという発見ができた懇親会でした。

 

私が孫子女子勉強会に参加し続ける理由

懇親会で隣りの席になった方に田中先生とのつながりを聞かれました。「孫子女子勉強会のメンバーです」と答えると、「ああ、孫子女子勉強会ね」との応答があり、田中先生周辺での孫子女子勉強会の認知度の高さを実感しました。

 

「あの勉強会、もう10年くらい続いてるんですよね?」と言われましたが、さすがにそこまで長くは続いていません。ちょうど5年が経ったところです。にしても、4~5人から始まった勉強会が5年も続き、その人数も参加者が住む範囲も広がり続けているのはなんともすごいことです。始めることはできても続けることは実に難しいからです。

 

勉強会が続くためには2つの条件が必要です。1つは講師である田中先生が続けたいと思うこと、もう1つは参加者が参加し続けたいと思って参加することです。高松に住んでいた2年半のブランクがありながらも、私が孫子女子勉強会に参加し続けたいと思う理由が、今回の講演会ではっきりしました。

 

田中先生のお話は何よりもまず面白くて聞いてしまうのです。その結果、新たな知識を得ることができるのです。でも、それだけにはとどまりません。勉強会での田中先生からの知識提供や参加者の応答に知的好奇心が刺激されて、勝手に思考が動き始めるのです。今日聞いたことは実はあのことと同じじゃないかとか、あれをもっと突き詰めるとこうも言えるんじゃないかとか。そうやって世界を見る新しい視点を得られることが面白いのです。面白くなければ聞けない。面白くなければ考えられない。学ぶことにおいて「面白い」は正義なのです。

選ばれるプロフェッショナル

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医師は間違いなくプロフェッショナルと呼ばれる人です。かかりつけの歯医者に行った時の体験から、プロフェッショナルも選ばれる側にいると感じました。優れた専門的な知識と技術をもつだけでは選ばれるプロフェッショナルにはなれないとしたら、何が選ばれる決め手になるのでしょうか?

 

 

選ばれるのは組織ではなく人

東京に超してきてから初めて行った歯医者はネットで検索して見つけました。もちろん評判も見ましたが、平日は夜9時まで、土日祝日も診察を受けられる便利さで選びました。その歯医者には複数の歯科医師がいて、はじめに担当してくれた歯科医師A先生が担当医になって、次回以降の予約はA先生の予約をとるシステムになっていました。治療や定期検診でしばらくその歯医者に通っていました。要するに、その歯医者に特に不満はなく、他の歯医者に変えようと思わなかったのです。

 

ある日、いつもの歯医者に検診に行ったら、A先生が歯科医院を独立開業したので、今回から担当医が変わると告げられました。その日は検診を受けて帰りましたが、次回以降、その歯医者に行くかどうかをに迷いがありました。その時、私は、診察の受けやすさというシステムがある歯科医院ではなく、A先生を選んでいたのだとはっきり認識しました。

 

A先生の名前をネットで検索して、開業した歯科医院を見つけました。そして、それ以降の検診はA先生の歯科医院で受けるようになりました。私がA先生の歯科医院に初めて訪れた時は開業してまだ日が浅かったせいか、それほど混んでいませんでしたが、今では検診の予約をとろうとすると1ヶ月先になるほどの繁盛ぶりです。おそらく、以前の歯科医院から流れた患者さんも多いだろうと推測しています。

 

A先生を選んでいたことはわかったのですが、A先生の何を選んでいたのかはあまりはっきりしていませんでした。歯科医師としての技術が優れていたかと言われると、正直言ってわかりませんでした。特に問題を感じなかったので技術的な点でNGではないということはわかりましたが、同じ治療を他の医師が行えばどうなるのかは比べようがないからです。A先生とは話しやすいとは感じていました。

 

専門的な内容をわかりやすく伝える

今回、かぶせもののセラミックの一部が欠けてしまったために歯科医院を受診しました。その時のA先生の対応から、これがA先生を選んだ理由だとわかりました。

 

欠けた部分の補修をしてもらった後で、A先生と私の会話が始まりました。

 

A先生 「マウスピースはしてないんでしたっけ?」

私 「していません」

A先生 「マウスピースをした方がいいかもしれませんね」

A先生 「1日24時間のうち、上の歯と下の歯を噛み合わせる時間はどれくらいだと思いますか?」

私 「食事の時だけですよね?」

A先生 「食事の時だけだと7分くらいです」

A先生 「夜に歯ぎしりを噛む人がいますよね。そうすると噛み合わせる時間が増えて、歯に負荷がかかります。それで人工物であるセラミックがその負荷に耐えきれずに破損することがおこります」

A先生 「デンマークフィンランドで歯ぎしりをやめさせる実験を行い、その結果、歯への負荷が軽減されたという報告が学会でされています」

A先生 「ところが、歯への負荷はかからなくなったのですが、その実験に参加された方はみな精神的な不調をきたしてしまったそうなんです」

私 「へえ。そんなことがあるんですね」

A先生 「日本の学会では、その結果を受けて、歯ぎしりは悪いことではないと考えました。歯ぎしりを無理にやめさせようとするのではなく、歯ぎしりをしても歯に負荷がかからないようにすればよいと考えて、マウスピースを勧めています」

 

「マウスピースをした方がいいですね。どうしますか?」とだけ言われていたら、どうだったでしょう?私はマウスピースを売りつけられるのだろうかと不信感を抱いていたかもしれません。実際には、学会での情報をもとにマウスピースの必要性を難しい専門用語を一切使わず説明してくれたので、私はマウスピースが必要な場合があることを深く理解しました。が、私がその場合にあてはまるのかどうかはまだ確信が持てませんでした。なので、臆することなく質問しました。いつものようにこの日も予約でいっぱいで、A先生が忙しいことはわかっていましたが。

 

私 「マウスピースの必要性はよくわかりました。でも、全員がマウスピースが必要というわけではないですよね?」

私 「マウスピースをした方がいいかどうかの判断はどうやって行うのですか?」

A先生 「ちょっと口の中を見せてください。ああ、ここにぼこっと飛び出ている骨隆起がありますね」

A先生 「砂浜に棒を立てたとします。棒が倒れないようにするためには、棒の根元のところに砂を集めてかためますよね。それと同じように、歯に負荷がかかって支えるのが難しくなると、骨が歯の根元に集まって塊をつくるんです。それが骨隆起とよばれるものです」

私 「へえ、そんなことがおきるんですか」

 

今度はA先生は私の耳の下の顎の骨をおさえながら、

A先生 「ここは痛くないですか?」

私 「少し痛いです」

A先生 「強く噛み合わせる時に、ここの骨に力がかかって痛くなるんです。肩こりと一緒ですね」

A先生 「このように、骨隆起や顎の骨のこり具合をみて、マウスピースをした方が良いかどうかを判断します」

私 「なるほどー」

 

A先生は私の質問に対して、嫌な顔ひとつせずに丁寧に答えてくれました。この時も専門的な内容を噛み砕いてわかりやすく説明してくれたので、A先生の回答を聞いて、私は自分がマウスピースをした方がいいのだということを十分に納得しました。

 

選ばれる決め手はコミュニケーションにあり

今回の受診を経て、私がA先生を歯科のかかりつけ医として選んだのは、この先生とならコミュニケーションをとれると思っているからだとわかりました。A先生と会話しながら、自分の症状を正しくA先生に理解してもらえるように伝えることができると思え、自分がどういう治療を受けるのが良いかを私が十分に理解して納得できると思えるからです。

 

もちろん専門的な知識や技術を持っていることは大前提です。けれども、それ以上にコミュニケーションをとれるかどうかが大事なのです。なぜなら、専門的な知識や技術を発揮してもらうためには、コミュニケーションによって私自身の状態を正しく把握してもらう必要があるからです。

 

と思ったところに、図書館でたまたま見つけて読んでいた本「医者は現場でどう考えるか」にも同じことが書かれていました。

 

医師のすることの大半は、話すことです。コミュニケーションは、優れた医師から切り離すことはできません。診断を得るのに情報が要るし、情報を得る最善の手段は患者との信頼関係です。医師の能力はコミュニケーション能力と不可分のものです。

 

さらにもっと言うと、医師と患者である前に人間と人間なのです。あの人とは話しづらいと感じる人に何かを依頼したいと思うでしょうか?たとえ、その人の専門的な知識や技術が優れていたとしても。プロフェッショナルであることは、時として近寄り難い印象を与えてしまうことがあります。が、選ばれるプロフェッショナルとは、専門性をもちながらも親しみを感じさせる人だと思うのです。